第3話 訓練

その日の訓練は午前にマラソン、格闘訓練。

午後は実戦形式の模擬戦闘である。


おそらく、弥生が言っていたバディ替えの参考になるのは午後の模擬戦闘である。

実際に隊を2チームに分けてどちらかが降参するまで続くその訓練は、RSDF内の訓練では最も実戦に近い訓練として、実施されるのも珍しくない。

使用されるのは使い古した防具と武器である。


かちゃかちゃと音を立てながら防具に袖を通す。

最初は複雑な構造に着るのも一苦労だったが、何度も戦場へ足を運ぶうちにあっというまに着れるようになった。

ちらりと隣を見ると三嵩は音も立てずに防具に袖を通していた。

防具を着ているだけなのにどこか品があり、見入る。

すると視線が合った。


「なんだ」

「いえ、何も」


そう言って視線を外すと三嵩は丹子の顔を覗き込むように見てきた。


「隠すな。お前の嘘はすぐにわかる」

「いや、あの、」

「なんだ」

「綺麗だな、と・・・、思っただけで」


すみませんと小声で呟くと気まずくて三嵩に背を向けた。

見とれたまではまだいい。

他にも誤魔化し方はあったはずだ。

今頃きっと呆れているに違いない。


「・・・そうか」


背中越しに三嵩からはそれだけが返ってきた。

ひやりとした冷たい手が頬を撫でる間隔。

あれを最後に感じたのはもういつだったのか思い出せない。


丹子も急いで防具を装着し、装具を整えて恐る恐る振り返った。

そこにはすでに準備を済ませた三嵩が静かにこちらを見つめて立っていた。

いつもなら早くしろ、と冷たく吐き捨てるのにそうはしない。

ただ丹子を待っているように見えた。


「行くぞ」


手を差し伸べることはない。

私もそれを求めない。


「はい」


そう返事をして歩き出した三嵩の後を追った。





模擬戦闘が始まった。

30組vs30組の勝ち残り方式であり、どちらかのチームが全滅したら終了。

舞台はRSDFが訓練用に買い取った某高等学校跡地である。

マスターの使用する武器は虹油加工の現物を使うと危険なため、訓練ではゴム弾の拳銃とゴム製のナイフ、木刀しか使用されない。


「広い場所は不利だ。移動する」


三嵩はそう言って周囲を確認すると走り始める。

アサルトライフルを抱えた三嵩をフォローするように盾を抱えながら丹子は走った。


模擬戦闘においても実際の抗争であっても、敵の狙う位置はまず関節である。

これは、虹油加工された防具は基本攻撃を通さないため、それぞれの装具の接合部を狙って破壊する目的がある。

接合部を壊し、敵の関節を破壊し動きを止めてから命を絶つ。

これが虹油戦争の常識である。


「右前方に敵確認!」


丹子は声を上げた。

三嵩が視線をそちらにやると同時に敵に狙撃される。

盾で援護している間に三嵩が物陰に隠れ、迎撃態勢を取る。

心の中でスリーカウントを取り、丹子が物陰に飛び込むと入れ替わりに三嵩が敵に発砲した。

三発の銃声の後、敵が白旗を上げた。

これが関節に攻撃が命中し、防具が破壊された合図である。

バディのうちどちらか一方でも防具が破壊され敗戦した組は訓練から離脱する決まりだ。


マスターはそれぞれ最も使用しやすい武器を選ぶ。

三嵩の使用武器は刀である。

虹油加工の刀は白刀と呼ばれ、その名の通り刃が白い。

一太刀振り下ろせば閃光が走り、虹油によるエネルギー波が敵を襲う強力な武器である。

一方で、この模擬訓練では白刀の使用は認められていない。

木刀では衝撃波がないため接近戦に持ち込むしかないが、それでは近づく前に散弾の雨が降るのは確実であるため、模擬訓練では使い勝手が悪い。

そのため、三嵩は模擬訓練ではいつもアサルトライフルを使用していた。


「お見事です」

「今のはお前の目に助けられた」


そう言って手を出してくる三嵩に丹子は弾を差し出した。

リロードする三嵩を待ちながら周囲を警戒する。


丹子は身体能力に突出した才能はない。

足の速い三嵩が走ればいつも遅れそうになるし、毎日訓練を地道にやっているから装具や背嚢を抱えてなんとか戦場を走れる。

そんな丹子が今まで死なずにやってこれたのは目のおかげである。

生まれつき丹子は視力がよかった。

人よりずっと遠くのものが誰よりも早くに見えた。


「行くぞ。もたもたするな」

「はい」


三嵩はすぐに切り替えてそう言うと再び移動を始めた。

訓練開始から30分経ち、敵チーム残り5組との無線が入る。

三嵩とちらりと視線を合わせて一歩踏み出したところで丹子の足もとを銃弾が掠めた。

当たったのは脛である。

反射で物陰に飛び込む。


「どこからでしょう」

「角度的におそらく向かいの校舎の3階」

「少し距離ありますね。打ったのはアサルトライフルみたいです」


弾を確認してそう答える。

2階の渡り廊下を移動していた丹子と三嵩は高さ的に不利である。

加えて成績優秀とはいえガンナーでない三嵩に対して、敵はおそらくガンナーである。

そうでなければこの正確性はおかしい。


「どうしましょうか」


そう尋ねると三嵩は眉間にしわを寄せながら数秒考える。


「移動する。ここは退路がない」


敵の射撃から逃げるために飛び込んだ物陰だ。

後ろは袋小路である。


「行くぞ」

「了解」


丹子は三嵩に盾を渡すと大きく伸びをした。

三嵩が援護射撃している間に丹子がまず飛び出す。

丹子が突破してから三嵩がガードを使用しながら突破する作戦である。


3、2、1

スリーカウントで飛び出した。

その瞬間、身震いするほどの銃撃戦が背後で始まり足がすくみそうになる。

だめだ、すくんだらもう二度と動けなくなる。

走れ。信じろ。

丹子は自分に言い聞かせながら目的の地点まで走ると壁の後ろに転がり込んだ。

すぐさま後ろを確認すると三嵩と目が合う。

互いに頷いたところで、背後に気配を感じて後ろに拳銃を向けた。

アシストの丹子が交戦中携帯するのは小型のハンドガンである。


「あっちゃー。みつかっちった。さっすが鬼子!」


そう言って私に拳銃を突きつけてきたのは、ルームメイト弥生である。


「足止めしてもらってる間にアタシがひとっ走りしてアンタを狙う作戦だったけど、うまくいかないね」

「生憎悪運だけは強いもんで」

「まあ、こっちは引き分けだね。でも、あっちはこっちの勝ちだよ」


あっちこっちと言われても分かりずらいが、弥生が言いたいのはマスター同士の戦いのことだろう。

三嵩が今戦っているのは弥生のバディであることがわかった。

弥生のバディは腕のいいガンナーで、狙撃成績が隊内一である。


「あ、銃声やんだ」


そう弥生が呟いた瞬間、


「お前の負けだ」


一発の銃声が鳴り、弥生の銃を持つ方の肩関節が狙撃された。

目の前に突然現れた三嵩は私が渡したはずの盾を持っていない。


「は!?ちょっと龍樹!作戦と全然違うんだけど!!」


目を見開いた弥生が無線の先に向かって怒鳴る。

無線の向こうから、すまん!と声がしたのが丹子にも聞こえた。


「三嵩さん、突っ込んできたんですか?盾使わずに?」

「そのほうが早かった」


そう言って歩き出す三嵩さん。

相手チームは気づけば最後の一組になっていたようで、これにて丹子たちのチームの勝利である。

おそらく三嵩は銃撃中に相手が誰か気づいた。

そして、弥生だったらマスターのアシストに徹さずに進行してくることに気づいたんだろう。

だからと言って隊内随一のガンナーの浴びせる銃撃の中を突っ切るのは流石というか、無謀というか。


「危なかったですよ、三嵩さん」

「どっちがだ。元はと言えばお前がぼさっとしているのが悪い」


弥生は隊内一の体力お化けである。

午前のマラソンで男女交えて一位の成績を収める猛者であり、マスターが狙撃してきたポイントからさほど時間をかけずに丹子のいるところまでやってこれたのも納得である。


「それにあいつの弾は俺には当たらん」

「いや、そんなわけ、」


そう言いかけたところで睨まれたのでやめた。

額に滲む汗を見て、必死に助けに来たんだなぁなんて他人事のように思ってから丹子はタオルを渡す。

それを三嵩は何も言わずに受け取った。


「いやー、流石だな二人とも!」


そんな大声が聞こえて丹子が振り返ると後ろに困り顔で笑った男がいた。

隣にはぶすくれた表情の弥生が立っている。


「まさか、三嵩が突っ込んでくるとはな」

「私も想定外でした」


丹子がそう答えると、男はにこりと笑った。

弥生のバディ、瀧本龍樹≪タキモトタツキ≫である。


「瀧本さんの銃撃、本当にお見事で。足元をかすめたときはひやっとしました」

「当たらなきゃ意味はないよ。まだまだ訓練しないとなぁ」


この笑顔、この人のよさ、この謙虚さ。

三嵩に爪の垢でも煎じて飲ませたいが、そんなこと言ったら殺されるので口が裂けても言えない。

くるりと三嵩の方を振り返ると遥か遠いところまで言っていた。

おそらく、瀧本が来ても振り返らず無視して行ってしまったのだろう。


「相変わらず三嵩は手厳しいな。挨拶くらいしてくれてもいいのに」

「すいません」

「新生が謝ることじゃないさ」


そう言って三嵩の後姿を見つめる瀧本は少しさびしそうだった。

前はこんなに仲は悪くなかった。

しょっちゅう喧嘩腰だったが、三嵩は瀧本と話していたし、おそらく一番仲のいい男友達だったように思う。

変わってしまったのはあの事件以来だ。


「失礼します」


ぶすっとして一言もしゃべらない弥生も気になったが、弥生の機嫌取りは瀧本に任せて丹子は三嵩を追った。

こっちの方が引きずると長い。


「三嵩さん」


追いついて声をかけると三嵩は何かが憑りついたかのようにタオルで手を拭いていた。


「汚れてないですよ。今日は血はついてませんから」

「わかっている。だが、落ちない」


そう言って誰も視界に入っていないかのように三嵩は手をこすり続けた。

この潔癖症が始まったのもあの事件が起こった後からだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る