メグと雷の夜

 ドンッ

 ゴロゴロゴロゴロ……


「ひぅっ⁉」


 窓が一瞬光ったかと思うと、轟音が部屋に響き渡る。

 カーテンをめくって外を覗いてみると、雨風強い嵐が吹き荒れていた。時折、遠くの雲の隙間から雷の光が見える。

 ピカッと光ると、ワンテンポ遅れて体に響く音が届いてくる。

 あ、また光った。


「ぅあぅあぅあぁ……」


 振り返ると、ソファーには毛布の塊がプルプルと震えていた。

 雷の音に合わせてビクッと驚く毛布の正体は、我が家のイヌ耳メイドのメグだ。

 彼女は雷が大の苦手らしい。

 天気が悪くなってからそわそわしだしたのだが、空が光りだしてからは毛布の中に避難してしまった。


「メグ、大丈夫か?」

「ダイジョブじゃないです!」

「音が怖いなら耳をふさいでおけばいいんじゃないか?」

「耳をふさいだら尻尾守れないです! 尻尾に雷落ちたらどうするんですか!」

「おぉう。そうだな……」


 毛布をめくってみると涙目気味に吠えるメグがいた。

 ……尻尾に雷って落ちるものなのか?

 それともあれか。雷が落ちるとおへそを取られるみたいなやつか? ケモミミ人たちの独特な迷信みたいなものか。

 お風呂にはすでに入ったパジャマ姿のメグは、ドライヤーもせずに毛布にくるまってテレビの天気予報を見ている。


「雷は今晩いっぱい続きそうだね」

「そんなぁ」


 泣きそうなメグは耳をぺたんと寝かせてしまう。

 これから朝まで雷におびえなければいけないと、メグの顔は絶望に染まる。

 ゴロゴロゴロ……


「うー! うー!」

「うなっても雷には聞かないぞ」

「そんなのわかっています!」


 怖さが有り余って、変な方向に振り切れたみたいだ。

 猫を噛む直前の窮鼠のような。怖がり過ぎてケモノ返りしているみたいだ。

 小動物が必死に威嚇している姿はなんだかかわいらしいが、ここで笑うとメグのヒンシュクを買うだけなので我慢だ。


「ほら、いつまでも噛み濡らしたままじゃダメだろ。ドライヤーしてきな」

「イヤです!」

「えぇ……」

「ご主人! やって!」

「えぇ……」


 突然の指名が入った。

 雷はメグをこうも変えるものなのか。


「メグは今日は甘えたさんなのか?」

「あまえたさんでもいいです! ご主人やってください―!」


 駄々っ子になってしまった。

 仕方ない。珍しく意固地になっているが、ここは好きにさせてあげよう。

 ドライヤーを持って来てコンセントにつなげる。


「ほら、メグ。おいで」

「おねがいします……」


 ようやくメグが毛布から出てきた。

 背中を向けて体を寄せる。髪はまだしっとりとしている。

 ドライヤーのスイッチを入れて櫛を通しながらゆっくりと温風を当てていく。

 根元から優しく持ち上げ、先に向かって丁寧に。


「はー。ご主人のドライヤーは気持ちいーです」

「落ち着いたようだな。動くなよー」

「雷落ちたらわかんないです」

「そこは我慢してくれ。火傷する」


 根元はじっくりと、毛先は軽く。

 それでも火傷はしないようにドライヤーを振りながら乾かしていく。

 髪が温かくなってくるとシャンプーの香りがふわっと広がる。

 メグのイヌ耳にもドライヤーを当てていくが、ここは髪とは毛の質がちょっと違うから扱いも気を付けなければならない。

 優しく撫でてみると、くすぐったそうにぴくぴく動くのが愛らしい。


「ホント、メグはドライヤーが好きだな」

「あったかいですし、なでなでしてもらえますしー」

「自分でやれるようになれよ」

「でも、ご主人のほうが上手ですよ。それに、ご主人にやってもらうほうが好きです」

「それは名誉なことだな」


 メグの背中と俺の間に収まっている丸まった尻尾はゆっくりと左右に触れている。

 なんだかんだ俺も楽しんでいたりする。だた、「自分でやれよ」と言いながら、いつか触らせてもらえなくなる時期も来ることを考えると、少し寂しく感じる。

 ……って俺は父親か!


「ほら、終わったぞ」

「ありがとうございます!」


 ピシャッ! ドンッ!


「きゃあわあああぁあ!」


 ちょうどドライヤーが終わり、メグが立ち上がった瞬間に雷が落ちた。

 これまでよりひと際鋭く、大きい音が部屋中に響く。


「うわ、いまのはだいぶ近かったなぁ」

「尻尾! 尻尾を守らないと!」


 俺の腹に顔をうずめながら、メグは両手で自分の尻尾を必死に守る。


「メグたちは尻尾に雷が落ちるのか」

「尻尾に雷が落ちるのは常識ですよ! だから尻尾は守らないといけないんです!」

「ふーん、雷が落ちたらおへそを取られるとはよく聞くけどね。尻尾は初耳だ」

「おへそを取られるんですか⁉」


 バッと顔を上げたメグは地獄でも見たかのような顔をしていた。


「あぁ、いやいや、迷信だ――」

「大変です! 尻尾も守らないといけないし、おへそも隠さなきゃ!」

「……でもそうすると耳をふさげないね」

「わぁああん! どうしましょう! ご主人! わたしのお耳ふさいでください!」

「え」


 メグは今にも泣きそうな顔になると俺の両手を強引に引っ張り、自身の耳をふさいだ。

 そして、空いたメグの両手は尻尾を抑える。おへそは俺の腹に押し付ける。

 両手を使わないハグになった。


「これで大丈夫です! 完璧です!」

「あの、メグ? 俺、動けないんだけど?」

「どうしましたか? 何も聞こえないです!」

「あ、それなら」

「ダメです! 耳はふさいでおいてください!」


 怒られた。

 さすがにからかいすぎたらしい。

 雷の音を聞きながら、しばらくこの妙な姿勢のまま1時間ほど過ごすことになってしまった。


 ちなみに今日は一緒の部屋で寝ることになった。

 メグのあまえたさんは朝まで続くことになりそうだ。

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