メグと看病

「ど、どうしましょう……」


 とある家の寝室。困惑顔のケモミミロリメイドの前には赤い顔で苦しそうにベッドに横たわるご主人。


「ご主人が風邪をひいちゃいました……」


 取り出した体温計には三十九度四分の表示。息は荒いし、おでこも触るとほんのり熱い。


「ど、どうしましょう! ご主人!」

「あー……や、とりあえず、寝かせといてくれ」


 大声で泣きつくメグに、ご主人と呼ばれた青年は苦しそうに返すことしかできなかった。


 「伝染るから」と言われ、寝室から追い出されたメグ。


「どうしましょう……ご主人苦しそうです……」


 今日は休日だから、メグも学校はない。だから、一日家にいることになる。

 普段であれば、お掃除お洗濯をして、お昼の準備をしてと家事のルーティーンを回すところだ。しかし、今日はご主人は風邪をひいているという緊急事態だ。

 看病しなきゃ!

 メグの頭の中にはそれしかなかった。

 ご主人の体調が悪いときは看病する。それは何においても優先するべきことだった。

 掃除も洗濯もしている場合じゃない。


「でも看病するといっても何すればいいんでしょう……?」


 メグはこれまで病人を看病するといった経験が無かった。

 だから、自分が病気にかかったときのことを思い出すしかない。


「えーっと、お母さんは何やってくれたっけ?」


 しばらく風邪にかかったことが無かったことに加え、風邪をひいているときは意識が朦朧としているので、ぼんやりとしか覚えていない。

 えーっと、まずは……。


「冷えピタです! ご主人、冷えピタ貼っていますか⁉」

「んぁ……や、氷嚢あるから大丈夫だよ。ありがとう」

「ぁ……そうですか」


 ひらめいたとばかりに、勢いよく寝室の襖を開けるメグ。

 だが、ご主人の枕には氷嚢がしいてあり、冷えピタの必要はなさそうだ。

 アイデアが空振りに終わり、少し残念そうに襖を閉じる。


「そうですね、まだ氷は替えなくて良さそうですし」


 火照った体には冷えピタや氷嚢がとても心地いいのは知っている。

 あと、風邪をひいたときに必要なものはなにか。

 尻尾をフリフリ、耳を起こしたり寝かせたりしながら思案する。


「そうです、ご主人! お薬です!」

「……さっき飲んだよ。大丈夫」

「あ、そうでしたね」


 これぞ風邪に必要不可欠。風邪をひいたとき真っ先に飲むもの。

 だが、ご主人は寝る前にちゃんと服用していたことを襖を開けてから思い出す。


「ぐぬぬ……私がやれることなどないのでしょうか」


 何とか役に立ちたいと思うが、二連続で空振りしてしまう。

 仕方が無い。自分にやれることは少なそうだと、掃除にかかろうとしたときあるものが目に飛び込んだ。


「ご主人、ネギ! ネギです!」

「こんどは何……?」

「ねぎを首に巻けば風邪に効くって言いますよ!」 

「それ、迷信らしいぞ」

「なんですと⁉」


 メグは台所からネギを握りしめて、スパーンと寝室の襖を勢いよく開ける。が、即座に却下されて心底驚いた顔をした。

 絵本でも小説でも言ってたじゃないですか。ネギを首に巻けばいいって……!

 とでも言いたそうなメグの顔が、少し面白かったが、ご主人としてはそんなことよりゆっくり寝かせてほしい。先ほどから打とうとするたびにメグがやってきて起こされてばかりだ


「あのね、メグ、本当に申し訳ないんだけど」

「はい! なんでしょう⁉ メグにできることなら何でも言ってください」

「……寝かせてくれ」

「……なるほど、寝かしつけてほしいということですね!」

「ちがう、そうじゃない」


 寝かしつけなら私にもできる! と目を輝かせるメグだが、とうとう寝室から追い出されてしまった。

 おまけに、「部屋に入ってきちゃだめだよ」と念を押され、いよいよメグには打つ手がなくなった。


「どうしましょう、ほんとに何もできなくなっちゃいました」


 日頃お世話になっているご主人を、風邪の時だからこそお世話してあげたいのだが、やれることがない。

 耳をぺたんとして落ち込んで、それでも何かできないかと悩むも、名案は浮かんでこなかった。


「お掃除しますか……」


 できるだけうるさくしないように、メグはお掃除を始めたのだった。

 お昼を回ったころ、お掃除をし洗濯物を干して、やれることはなくなった。お昼ご飯は昨日の残り物を温めて食べた。

 ご主人の様子が気になるので、襖に耳を当ててみると、微かな寝息が聞こえる。


「寝ていますね」


 となると、寝室への入室禁止を言い渡されたメグは部屋で一人で遊ぶしかない。

 しかし、メグは見習いだがメイドだ。このメイド服はご主人をお世話するための正装なのだ。

 このまま何もせずに引き下がるのも悔しい。


「なにかなにか、なにかありませんか」


 昔、自分が風邪をひいたとき。薬を飲んで布団にもぐったとき。お母さんに看病されたときにしてもらったことは……。


「そうです! あれなら!」


 ひらめいたとばかりにメグは自分のポーチをつかんで外に飛び出した。


◇◆◇◆◇◆


 風邪をひいたときは寝るに限る。寝たら治る。

 だが、寝すぎるとしまいには眠くなくなってくるのだ。


「んぁ……いま、何時だ……?」


 枕もとのスマホの電源を入れると、15時を回ったところだった。

 一度目が覚めると目向けというのもなかなかやってこない。


「ん、喉渇いたかな」


 立ち上がり、台所に向かう。

 グラスに水道水を注いで一気に飲み干す。汗をかいた体は思ったより水分を欲していたようで、二杯目まで飲んでしまった。

 一息ついたところで、意識もだんだんはっきりしてきた。すると、家の中に違和感に気が付く。


「メグ……? 出かけているのかな?」


 伝染しちゃいけないと思い、寝室から遠ざけていたから気付かなかった。もしかしたら、今日は外で遊んでいるのかもしれない。


「まぁ、それならそれでいいかもな。あとひと眠りするか」

「ただいまー。あ、ご主人! 起きてたんですね」


 するとちょうど玄関の扉が開き、メグが帰ってきた。手にはビニール袋をさげている。


「ちょうどいいところに、ご主人、風邪にはこれです! 食べてください」

「ん、なにかな? お、これは」


 自信まんまんなメグから、ビニール袋を受け取る。小さな袋を探ると、中には冷たく冷えたフルーツゼリーが入ってあった。


「これは……?」

「風邪にはゼリーです! ご主人、お昼ご飯も食べていなかったでしょう? だからおやつにこれを食べてください。フルーツたっぷりの私の好きなゼリーです」

「あぁ、これはうれしいな。ありがとう」


 買ってきたばかりなのだろう。まだ冷たくて、少し火照った体には心地が良い。

 付属のプラスチックスプーンでさっそくいただく。つるんとした食感は風邪の時でも食欲を誘ってくれる。

 すっきりした味付けのフルーツゼリーは食べ始めるとすぐになくなった。


「うん、美味しかった。ありがとう」

「えへへ、メグも役に立ちましたね。どういたしましてです」


 胸を張って尻尾を振るメグ。何か期待に満ちた顔をしていたので、もう一度「ありがとう」と言いながら頭を撫でると、尻尾がチギレそうなほどぶんぶん振れる。


「あぁ、後でお金払うね。夜までもうちょっと寝かせてくれ」

「い、いえ! お金はいらないです!」

「でも、そういうわけにはいかないだろう。ちゃんと払うよ」

「うー、そんなつもりで買ってきたわけじゃないです!」

「……そっか。ありがとう。また今度お礼するよ」


 ゼリーの容器をゴミ箱に入れ、俺は寝室に戻る。メグは今朝の言いつけ通り、寝室の手前で立ち止まった。

 こういう言いつけはちゃんと守ってくれる子なんだよな。


「じゃ、じゃあご主人、お願い聞いてください!」

「ん? なに?」

「あのあの……こんど、ゼリーの作り方、教えてください!」


 あぁ、そうか。それでいいならそうしよう。

 メグもそろそろ料理を教えていいのかもしれない。


「うん、いいよ。また今度ね」

「わーい、ありがとうございます!」


 ぴょんと飛び跳ねて喜ぶメグを横目に、俺は布団に入る。

 さんざんねたはずなのに、ゼリーで心地よく冷えた体はすとんと眠りに落ちていったのだった。

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