メグとお茶菓子

「うぬぬぬぬ……」


 夕方の商店街、和菓子屋さんのショーケースの前で頭を抱えるケモミミロリメイドがいた。

 薄緑色を基調とした着物にフリルの入ったスカートを履いた和洋折衷のかわいらしいメイドさん。

 彼女は店員ではない。

 商店街のアイドル、イヌ耳メイドのメグだ。

 彼女はもうかれこれ10分悩んでいる。ご主人から頼まれたお茶菓子を買うためだ。

 今夜はテレビでメグの好きな映画が放送される。その時のお供のお茶菓子を頼まれたのだ。


「どれもおいしそうです……」


 口の端から垂れそうになるよだれを拭って再び悩み始める。

 和菓子屋さんに入って、ショーケースに並ぶ和菓子を見て目をキラキラさせていたのが15分前。和菓子屋のおばさんとお話しながら試食してもらい、さらに選択肢が増えたのが10分前。

 どらやき、羊羹、豆大福。

 どれもおいしそうで、悩んでしまう。


「ふふふ、ゆっくり悩みなぁ」

「つぶあんかこしあんかもむずかしいです!」


 あんこ菓子にはつぶあんこしあんうぐいす餡とあるのでさらに悩む。えいやとおまんじゅうに決めようとも、そこからさらにあんこを選ばねばならない。

 魅力的な提案が多すぎて目があっちにもこっちにも行ってしまう。

 メグは目をキラキラさせて、尻尾をフリフリさせながら頭を抱える。

 そんな姿が面白く、店主は頬杖を突きながら眺めている。


「羊羹もふつうのと、栗羊羹と、芋羊羹とあって……」

「メグちゃん、今日買いに来たのは来客用のお菓子かい?」

「いえ、ご主人と一緒に食べるようなんです。ご主人と一緒に映画を見るので、それのお供に買ってきなさいって言われたのです」

「あー、映画のお供ねぇ」

「お茶はあるので、あとはお菓子だけなんです」

「ふぅむ、そうねぇ……」


 このまま悩む姿を見ていても良いが、少し可愛そうになってきたので、店主は助け舟を出すことにした。


「お茶が苦めのものなら、あまーいお菓子のほうが良いわね」

「そうなんですか?」

「苦いものを飲むと甘いものを食べたくなるでしょう? 逆に、甘いものを食べた後に苦いお茶を飲むと上手く口直しができるのよ」

「なるほど! 苦いお茶と苦いお菓子はイヤですね!」

「そうそう、甘い飲み物と甘いお菓子って言うのも食べてて飽きちゃうでしょ?」

「じゃああまーいお菓子にします! いつも入れているお茶はちょっぴり苦めなのです!」


 お菓子のことしか考えていなかったメグにとって、お茶と合わせて考えることはまさに目からうろこだった。


「じゃあ甘くて映画見ながらでも食べやすいものなら、ここら辺がおすすめかな。」

「この中でしたら……これにします!」

「はい。どうもー」

「おばさん、ありがとうございましたー!」


 手をぶんぶん振って店を出ていくメグに、店主は途中でお菓子の箱を落とさないか少し心配になったのだった。


◇◆◇◆◇◆


 夜九時、これから映画を観ると確実に夜更かししてしまうだろう。

 だが今日は特別だ。明日が休日なこともあったので、たまにある特別な夜更かしだ。

 せっかくだからお茶菓子を買ってきてもらい、ちょっと贅沢な映画鑑賞会だ。

 俺もメグも夕食を食べ、お風呂も入って準備万端。あとはメグに頼んだお茶菓子だけど、何を買ってきたのかな?


「メグ―? そろそろはじまるよー?」

「はーい、いまお茶持ってきます」


 時計が9時55分を指したところでメグを呼んでみる。ちょうどお茶を淹れたところらしい。台所からパジャマ姿のメグが出てきた。手には二人分のお茶とお菓子を載せたお盆がある。


「お菓子は何買ってきたの?」

「ふっふっふ、これです!」


 お盆をテレビの前のテーブルに載せる。そこにあったのは白くて四角形の和菓子。


「おー、きんつばか」

「はい。あったかくて苦いお茶にはきんつばがあうって和菓子屋のおばちゃんに教えてもらいました!」

「いいねぇ。そういえば俺も久しく食べてなかったなぁ」


 最後に食べたのがいつだったか思い出せない。名前も知っているし、最近ではスーパーやコンビニでも見かけることはあるのだが、なかなか手を出そうと思わなかったお菓子だ。


「確かに、あんこたっぷりで甘いからお茶とすごく合うね」

「ご主人はあんこはつぶあん派ですか? こしあん派ですか?」

「ん? おれはつぶあん派」

「わぁ、よかったぁ! わたしもつぶあん好きです」


 見ると、きんつばはつぶあんのようだ。

 つぶあんのほうが「あんこを食べている」感がして好きなんだよね。


「ほら、そろそろ始まるよ」

「あ、じゃあ……」


 メグは二人用ソファーにちょこんと座る。

 俺もその隣に座ってテレビのチャンネルを合わせる。

 すると、メグはそわそわ落ち着きなくこちらを見ている。

 映画が楽しみ……とはちょっと違うようだ。


「どうした?」

「あの、ご主人、お願いがあるのですけど……」


 今日はメグと俺しかいないのだが、メグは俺の耳元に口を寄せると小さな声で「お願い」をした。


「あー、ん、いいよ。ちょっとだらしないけどね」

「わーい! ありがとうございます!」


 ということで俺は二人用ソファーの上で横になり、体と顔はテレビへ向ける。そして、余ったスペースにメグも同じように横向きになる。

 ちょど、抱き枕を抱えるような姿勢になった。


「えへへー、ご主人、わたし落っこちちゃいそうです」

「お、すまん。もっと詰めるよ」

「落ちないようにぎゅーってしてください」


 メグは俺の腕を持ち上げて自分に体に巻き付けた。片手ハグだ。


「あったかいです」

「お茶こぼすなよ」

「はーい」


 さて、そろそろ映画が始まる。リモコンで照明を少し暗くしたところでいよいよCMが明けた。

 と、暗くなったところでこの体制の問題点に気付いた。


(メグ、意外と耳おおきいんだな)


 目の前には三角形の犬耳。俺の鼻息が当たりそうな距離で映画に合わせてぴくぴく揺れている。

 若干映画が見づらいな。


「ふおぉぉ……」


 けれど、メグが楽しそうにしているので声をかけるのもはばかられた。

 仕方ない、今日はこれで楽しむとしよう。

 それに、イヌ耳の素直な反応も面白いからこれはこれで良しだ。


 ちなみに、お茶ときんつばの相性は抜群だった。また買ってきてもらおう。

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