メグのおかあさん

 大学で講義を受けていると、ポケットに入れているスマホが震えた。


 メッセージ通知だ。差出人は意外な人だった。

『今日はそちらに行きます。お夕飯は一緒に食べようと思います。』


 『よろしく!』のスタンプとともに送られたソレを見てちょっとにやけてしまった。


「メグ、喜ぶだろうな」


 家に待つ犬っ娘メイドを思いながら、今日の夕食について考えるのだった。


◇◆◇◆◇◆


 大学からの帰り道、まっすぐ家には帰らずに俺は駅へと向かった。スマホを片手に人ごみの中、目的の人物を探す。


「あ、モミジさん。こっちです」

「いたいたー! 修司くん、久しぶりね」


 手を振る俺に気付き、こちらに向かって手を振り返してくる。

 俺と同じくらいの身長の大人の女性、モミジさん。彼女はメグのお母さんだ。いつもは住み込みでお仕事をしているらしいが、たまにこうしてメグに会いにやってくる。


「あの子はどう? ちゃんとメイドさんやっているかしら?」

「ははは、しっかりできていますよ。たまにちょっとドジしちゃっていますが」

「あらあら、まぁでも大目に見てやってね」

「もちろん。でも年相応以上にできていると思いますよ」

「それは良かったわ」


 俺は昔、縁あってモミジさんと知り合うことになり、なんやかんやあってメグをメイドとして預かることになった。預かる当初はどうなること思ったが、今ではあの時の選択が大正解だったと改めて感じる。

 駅をでて、我が家に向かってしばらく歩くと、人通りも少なくなってくる。


「ん……そろそろいいかしら?」


 モミジさんはきょろきょろと周りを見ると両手を上げて思いっきり伸びをした。すると……


「んぁ! やっぱり隠していると疲れるわねー。耳も尻尾も出していたほうが楽だわ」

「見つからないようにしてくださいよ」

「もー、固いこと言わないでよ。ちゃんと回り確認したから」


 ぴょこんと飛び出たのはメグとそっくりな犬耳とくるんと丸まった尻尾。メグの母親なのだから、同然モミジさんにも犬耳と尻尾がある。普段働きに出ている間は隠しているだけで、こちらが本来の姿だ。


「それに聞いているわよ。メグなんて隠してないそうじゃない。商店街で有名になっているそうね。『犬耳付けた小さなメイドさん』って」

「うっ……それは……。監督不届きでした」

「まぁいいわ。誰も本気にしていないようだったし」

「すみません」

「でもそうね。あの子にもそろそろ隠ぺい術教えないとだめかもね。いつまでも犬耳出しっぱなしってわけにもいかないだろうし……」

「お願いします」


 モミジさんは悩ましい顔をしながら耳をぺたんと寝かせている。彼女も時間を何とか作ってメグに会いに来ているのだが、そこからさらに神通力を教える時間を確保するとなると少々難しいのだろう。

 なんだかんだと雑談をしていると、我が家にたどり着いた。メグにはメールでおつかいを頼んだのだが、さすがにすでに帰ってきている頃だろう。


「ただいまー」

「ただいまー」


 ドタドタドタドタ


「お帰りごしゅじーん!」


 いつも通り、居間から小柄なメイドが飛び込んでくる。元気いっぱいの犬っ娘メイド、メグだ。

 俺もいつも通り両手で受け止めて、頭をなでてやる。表情以上にわかりやすく耳がぴくぴく動くのが面白い。


「あら、メグ、すっかり修司さんに懐いちゃって」

「え、あ、おかーさん⁉ なんで⁉」

「お仕事に余裕ができたからね。久しぶりに我が家に帰ってこれたわ」

「わーい、おかえりー!」


 久しぶりの母親との再会にメグはこれまで以上にはしゃいだ。

 

「おつかいしたよ! 今度はちゃんとできたよ!」

「ありがとう。もう冷蔵庫に入れてあるかしら?」

「うん!」


 メグを引き連れて台所の冷蔵庫を開けると、頼んでいた肉や野菜がきっちりとおさまっていた。


「こんどは忘れ物はないようだね」

「ちゃんとお豆腐も買いました!」

「よくできました。じゃあモミジさんは休んでてください。すぐに作りますので」

「いえ、今日は私がご飯作るわ。メグも修司君も楽しみにしてね」

「え、いやモミジさんもお疲れでしょう? 休んでて良いですよ」

「ううん、やらせて。私も久しぶりに手料理をふるまいたいわ」


 そうか。モミジさんは普段お仕事でなかなか帰ってこれないため、この機会は貴重なのか。


「そういうことでしたらお願いします。何か手伝えることはありますか?」

「いいわよ。メグと遊んでて。普段は修司さんがやってくれているんでしょ? たまには休んだら?」


 モミジさんはすでに荷物を置いてエプロンを身に着けていた。何なら材料も出しており、まさに準備万端といった具合だ。


「わかりました。ではお言葉に甘えて」

「わーい、じゃあご主人! 一緒に遊びましょう!」

「いいよ、何して遊ぶ?」

「んー……ミルクパズル!」

「ミルクパズル!?!?」

「まだ途中なんですよー、ご主人も手伝ってください」

「え、え、ちょっとそれは」

「あはは、ふたりともがんばってー」


 その後、モミジさんお手製のすき焼き鍋を持ってくるまで真っ白なパズルに向き合った。メグは楽しそうにピースを合わせていたが、うんうんうなるだけの俺にはいまいち面白さがわからなかった。

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