メグとおつかい
カレー・ビーフシチュー間違え事件から数日後。夕方の商店街でエコバッグ片手に仁王立ちするメイドがいた。
「きょうは『りべんじ』です!」
鼻息荒くずんずんと歩く小さい影はメグだった。犬耳をピンと立たせ、尻尾を少し上げる姿からはただならぬ決意を感じる。
彼女の今日のミッションは『おつかい』である。
今日の夕飯のため、そして前回の失敗の汚名返上のため、メグはいつも以上に気合が入っていた。
「こんどは間違えません!」
ごそごそとエコバッグから買い物メモを取り出す。
「えーっとはじめは……八百屋さんですね」
なじみのある商店街、何度も歩いたことのある道なので迷うことはない。一直線に目的の八百屋へと足を運ぶ。
ずんずんぴょこぴょこ
歩くたびに揺れる尻尾はとても目立つが
「お、メグちゃんじゃないか。よーっす」
「お肉屋のおじさん! こんにちは!」
「あら、メグちゃん、こんにちは」
「本屋のおばさん! こんにちはー!」
メイド服で出歩いていることに加え、犬耳と尻尾をぴょこぴょこ揺らす姿は商店街の面々からは見慣れた姿だ。すれ違うたびに声を掛けられ、メグはそのたびに立ち止まる。
「お肉屋のおじさん、後で行くねー!」
「おーぅ、おつかいきをつけてな」
「ありがとう!」
はじめは商店街の人々も『メイド服+犬耳+尻尾』のメグに仰天したが、時間がたてば慣れるもの。今ではメグは商店街のちょっとしたアイドルだ。
夕方の買い物客がにぎわう時間帯、人々の隙間を小さなメイドがててててと隙間を縫って歩いていく。
まずたどり着いたのは八百屋。この時間帯はちょっとしたセールを行っている。
「こーんにーちわー!」
「いらっしゃい! おぉ、メグちゃん! 今日はおつかいか?」
「うん、えーっと、白菜とニラとしめじと長ネギともやしをください!」
「おぅ! おぅ! 今日は一人でおつかいか?」
「うん! ご主人さまはいないよ。今日はメグ一人なんだ」
「おー、そいつはえらいな。よしよし」
「わふわふわふ。もー、おじさんそんな強くなでないでください!」
「お、すまんすまん。ホレ、白菜とニラとしめじと長ネギともやしだ」
「ありがとうございます。はい、お金」
「ほい……はい。お釣りだ」
「ありがとうおじさん、またねー!」
「おう、気を付けて帰れよ!」
第一目標クリア。尻尾をフリフリさせながら去っていく。ずっしりと重くなったエコバックにメグはご満悦だ。
次にメグがたどり着いたのは漬物屋さん。ここはおばさんが一人で切り盛りしているお店。もちろんメグの顔馴染みだ。
「こーんにーちはー」
「おや、メグちゃん。こんにちは」
「おばさん、こんにちは。キムチくーださい!」
「はいはい。どのくらい?」
「えーっと……にひゃくぐらむ? お願いします!」
「はいよちょっと待ってね……はいよ」
「ありがとうございます」
「メグちゃんどうだい、お茶飲んでいくかい?」
「いいんですか?」
「いいんだよ、ちょっと年寄りのお話に付き合っておくれ。はい、おせんべい」
「わーい、ありがとうございます!」
おばさんは手を招き、メグはその隣に座る。漬物屋のおばさんはちょこんと座ったケモミミロリメイドに、おせんべいとお茶を与えた。
ばりばりばりばり
お茶とおせんべいを堪能するメグの頭をおばさんはゆっくり撫でる。
「んー?」
「あぁ、気にしないで食べてていいよ」
「ん!」
メグのくるんと丸まった尻尾がフリフリ揺れていることもあり、はたから見ると、その姿は完全にペットの犬を愛でているようだった。
そして、しばらくお茶とおせんべいをいただくとメグはすっと立ち上がった。
「じゃあありがとうおばさん、わたしもう行きますね」
「あぁ、気を付けて帰るんだよ」
「はーい」
メグの頭を十二分に撫でてご満悦なおばあさんを残し、メグは次の目的地に向かう。
商店街の端っこ。赤い看板が目印のお店。
「おじさん! 豚バラくーださい!」
「はいよ。さっきぶりだねメグちゃん。何グラムだい?」
「にひゃくぐらむ!」
「そらきた! 今日の夕食かい。なんだろうね」
「ご主人はお鍋だって言ってたよ」
「ほうほう。そりゃあ楽しみだね。メグちゃんはお肉好きかい?」
「うん、だーい好き! お肉が一番好き―!」
「ハハハ、お野菜もちゃんと食べなきゃダメだよ」
「う、が、がんばります」
「そら、豚バラ二百グラム。お肉大好きなメグちゃんのためにちょっと多めに入れといてあげたよ」
「わーい、ありがとうおじさん!」
お肉とお釣りを受け取ったメグはぴょんぴょんと跳ねながらお肉屋を後にした。喜びでフリフリ揺れる尻尾のせいで、後ろ姿でもとても喜んでいるのがわかる。
「にんむたっせいです! 前回のりべんじをはたせました!」
大好きなお肉をいっぱいもらい、るんるん気分で家路につく。初めに見たメモの通り、お野菜、キムチ、お肉すべてを手に入れた。
「今夜はチゲ鍋です! 材料もかんぺき!」
家にたどり着き、買ってきた材料を整理していると、家の外の聞きなれた足音に犬耳がピクッと揺れた。そして、だんだんと大きくなるそれに確信する。
だだだだ
台所から走り、ドアが開けると同時に飛びつく。
「ただい――」
「お帰りごしゅじーん!」
「ごふぅ⁉」
全身を使ったタックルを食らい、主は軽くよろめく。が、これもいつものこと。すぐに持ち直してメグを受け止める。
「ご主人、ご主人。お使いできたよ! お野菜と、お肉と、キムチ狩ってきたよ!」
「お、そうか。ありがとう。買ってきたものはどこにある?」
「台所にあるよ。いま片しているとこ」
「どれどれ……おー」
台所に広がる食材を見て簡単を上げる主にメグはそわそわと落ち着かない様子。
胸の前に両手を握り、目はキラキラさせている。尻尾はせわしなくぶんぶん振れており、犬耳もぴくぴくと何かを期待するように動いている。
ほめてほめてほめてほめて――!!
きょうはおつかいきちんとできたよ。一人前のメイドだよ。立派にできたよ。ほめてほめて!
「よーしよしよし、ありがとうメグ! よくできたな。いっぱい買い物できてえらいぞー!」
「わふー! わふわふわふ。えへへへへへ」
「ちゃんと変えたな。商店街の皆さんにはあいさつしたか?」
「うん! お肉屋のおじさんも漬物屋のおばさんもみんな優しかったよー! お肉屋のおじさんはね、ぶたばらをちょっとだけサービスしてくれたんだ!」
「そうか、それは良かったなー!」
頭をわしゃわしゃと撫でられ、メグはご満悦である。チギレそうになるほど全力で揺れる尻尾は笑顔以上に喜びを隠しきれない。
「これでメグも一人前のメイドですね!」
「あ、うーん……」
「え? まだダメでしょうか……?」
「お豆腐、一緒に買いにいこっか?」
「あっ⁉」
忘れてました――! という叫び声は家の外にまで響き渡ったという。
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