メグとカレー

 家には俺の帰りを待っているイヌミミのメイド、メグが待っている。

 俺は大学が終わると、友人との遊びの誘いも断り、真っ先に家に向かいドアを開ける。


「ご主人おかえりー!」

「ただいま、メグ!」


 騒がしい足音とともに小さな影が部屋の奥から走ってきて、ぴょんっと俺の腹にダイブする。

 メイド服を着たメグをキャッチして、ただいまの挨拶とともにピコピコ揺れる耳を撫でまくる。


「わふわふわふわふ~♪」

「いい子にしてたか? お使いできたか?」

「あい! バッチリできました! 立派な一人前メイドです!」

「はいはい」


 こぶしを両手に作ってふんすっと胸を張るメグ。

 スカートの尻尾穴から飛び出る丸まった尻尾かぱたぱた揺れている。


「よーし、良くできたな。ありがとう!」

「わふー! どんなもんです!」


 腰に引っ付いたメグを引きずりながら台所に行くと、そこには今日の夕食の食材が並べられていた。じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、その他調味料。


「お肉は冷蔵庫に入れてあります」

「よし、完璧だ。早速作るか」

「お手伝いします!」


 最後にメグが抱えているのは四角い箱。

 今夜はカレーだ。


◆◇◆◇◆◇


「良いにおいがしてきましたねー」

「ん? あ、あぁ」


 鼻をすんすんならして期待に目を輝かせるメグの口からは、少しのよだれが出ている。

 野菜がごろごろ入ったカレーは食欲をそそる匂いを漂わせている。

 俺も腹が鳴りそうだ。

 だが、なにか違和感があった。ぼんやりとなにか忘れているような……。


「おっと、そろそろできそうだ。メグ、お皿にご飯よそってくれ」

「あい!」


 カレー皿としゃもじを受け取ったメグを炊飯器に遣わす。


「あーーっ!!」

「な、な、なんだ!?どうした!」

「ご主人!ごはんが!」


 メグが指差すは蓋が空いた炊飯器。なかにはホカホカ炊きたてのご飯が……なかった。


「ありゃ、スイッチ入れ忘れたか」

「ごごごごごめんなさーい!!」


 ご飯の担当はメグだったはずだ。米はきちんと研いであり、水が張られているところをみると本当にうっかりなのだろう。

 普段は元気に立つ犬耳がしゅんと落ち込んでいる。


「ははは、いいさ。でも……どうするかな」

「い、いまからいそいで炊きます!」

「そうは言ってもメグもお腹すいただろ?」

「うぅ……が、がまんします!」


 ぐぅぅぅう……。

 強がりな決意の直後にメグのお腹が盛大に鳴る。


「あ……あぅ……」

「まぁ、待てないよなぁ」

「あい……ごめんなさい」


 恥ずかしそうにうつむくメグの頭をひと撫で。

 さて、とはいえどうしたものかと考えること2秒。思い付いた。


「そういやあれがあったかな……」


 向かう先は冷凍庫。アイスや冷凍食品に紛れたソレを見つける。


「メグ、代わりにこれはどうだ?」

「え、それは……あ! そういうことですね!」

「そうそう、ちょっとだけメニュー変更だ」

「了解です!」


 俺が冷凍庫から取り出したのは……うどんだ。


◇◆◇◆◇◆


「お、できたな。メグ、どんぶり持ってきて」

「あい! どうぞ、ご主人!」

「ありがとう」


 メグからどんぶりを受け取り、温め解凍したうどんをのせる。そしてそこに先程作ったカレーをぶっかければ……。


「カレーうどんです!」

「そーだ、ライスじゃないけどこれもカレー」

「うぅぅ、炊飯器のスイッチさえ忘れなければ一人前メイドでしたのに!」


 ぐぬぬと歯噛みするめぐは悔しそうだが、目線はカレーうどんに釘付けだ。もう我慢もできなさそうだ。


「では、いただきます」

「いただきます!」


 カレーが飛び散らないよう気を付けながらうどんをすする。

 少ない量でも麺に絡ませれば、口いっぱいにスパイスの香りが……。


「んん?」

「……ご主人、これ変じゃないですか?」

「うん、これカレーか?」


 カレー特有のスパイスの香りではなく、違うベクトルの濃厚な香りが広がる。

 不味くはないのだが、カレーと思い込んで食べてみたため強烈な違和感がぬぐえない。


「製品不良か……? メグ、カレーの箱はどこ?」

「あ、台所のごみ袋に捨ててあります」

「どれどれ……あ」

「ん?」


 箸を置いて台所に向かう。目当てのカレー箱を見つけると、その文字が飛び込んできた。


「メグ、これ……」

「どうしたんですか?」

「これ、読める?」

「え? 『とろけるビーフシチュー』ぅぅえぇえ?」

「正解。間違えて買っちゃったんだね」

「ごごごごごめんなさーい!!」


 一人前メイドはまだまだ遠そうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る