第19話 最後の地獄

 僕が屋上に行くと、意外にも先に彼が待っていた。


「よう、来たな」


 彼は笑顔で言う。


 今思うと、これほど薄っぺらい笑顔もない。


「……梶野くん」


 僕が呼ぶと、彼はこちらに振り向く。


「何だよ、戸川ぁ。お前、珍しく怒ってね?」


「……うん、怒っているよ」


 僕は素直に頷く。


「君は嘘をついていたんだね」


「あぁん?」


「栞ちゃんを殴ったでしょ?」


「まあ、そうだな」


 彼は悪びれもせずに言う。


「僕は小さい頃から、ずっと栞ちゃんが好きだった」


「へぇ~、知ってたけど」


「そんな僕の目の前で、栞ちゃんが奪われて……でも、それは僕がのろまだったから、仕方がない」


「よく分かってんじゃん」


「そして、僕以外の人と一緒でも、幸せになってくれれば、それで良いと思っていたんだ」


 梶野くんは、ニヤついたまま、僕を見ている。


「もし、栞ちゃんを大切にしてくれないなら……すぐに別れてくれ」


 そう言った瞬間、彼は空を仰いで笑った。


「アッハハハ……」


 しばらく、笑い続けた後に、


「……うるせーよ、カス」


 そう言い放った。


「良いか? 栞はお前のもんじゃない。俺のもんだ……オレの……所有物なんだよ!」


 ――私、小さい頃からずっと……次郎くんのことが、大好きだったの……


「所有物って……君、自分が何を言っているのか、分かっているのか!?」


 僕はつい、大声で叫んでしまう。


「ちっ、うるせーな」


 梶野くんは、眉根を寄せて言う。


「分かったから、落ち着けって」


 そう言って、僕の肩を叩きながら、脇を通り過ぎて行く。


「頼むから、これ以上、栞ちゃんを傷付けないで……」


「うるせえよ!」


 思い切り腹を殴られた。


「かはっ……」


 突然のことに、息が詰まってしまう。


「ハッ、負け犬が」


 僕は苦しさにあえぐ間に、彼は屋上から去って行った。


「……くそ」


 僕は己の弱さを呪った。




      ◇




「……クソが」


 ここ最近、ずっと苛立っている。


 最高に可愛い女を、冴えない男からNTRしてやったっていうのに。


 いや、むしろ、その女が最高だったからこそ、こんなにもイカれて……


「……あのクソあま、またお仕置きをしてやろうか」


 その時、スマホが鳴った。


「あん?」


 ポッケから取り出して確認すると、口元がニヤけた。


『お話があります。私のお部屋に来てもらえますか?』


 ちょうど良いタイミングだ。


 梶野は急ぎ足で向かう。




      ◇




 玄関ドアは開けていたので、彼は勝手に入って来た。


「よう、栞。邪魔するぜ……」


 けど、部屋に入って来るなり、彼は絶句した。


「……お前、その髪色は」


 そう、この場に立つ栞は、元の清楚な黒髪に戻していた。


 イヤリングなどの装飾品も外している。


「おいおい、一体どういうつもりだ?」


 梶野は少し焦った顔付きで、歯噛みをする。


「……あなたが言った通り、私はもう次郎くんの所に戻れない。そう思ったから、がんばってあなたに合わせてみたの」


「へえ、健気じゃんか」


「でも、やっぱり無理だった」


「あぁん?」


「私、あなたのこと好きになれなかった」


「……チ◯コが小せえからか?」


「それもあるけど。あなたの人間性が……」


 バシッ!


 思い切りビンタをされ、栞はよろめいた。


 そのまま、ベッドに倒れてしまう。


 梶野が歩み寄って来た。


「栞ぃ、オレにそんな生意気な口を利いて良いのかな~?」


 梶野は栞のほっぺを片手で掴んで握り締める。


 彼女の顔の形が、少し歪んだ。


「ハッ、どんな顔になっても、可愛いなお前は」


 そう言って、梶野は一度、手を離す。


「良いぜ、別れてやるよ」


 彼は制服を脱ぐ。


「その代わり、死ぬほど抱かせろや」




      ◇




 しばし、地獄の中にいた。


 けど、何とか……


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 ボロボロになりながらも、生きていた。


「ちっ……」


 散々、栞のことを犯しておきながら、梶野はあまり満足そうな顔をしていない。


「おい、このことは誰にも黙っておけよ……って言っても、証拠はねえからな。適当にバックれておきゃ、俺は捕まらないけどな」


 梶野はゲスな笑いを浮かべて言う。


「また気が向いたら犯してやるから。じゃな」


 そして、去って行った。


 栞はしばし動けなかったが、よろめく体を鼓舞して、何とか起き上がる。


 そして、勉強机の上に置いてある、小さな観葉植物の鉢植えに手を伸ばした。


 そこには、小さなカメラがあった。


 それをきゅっと握り締めながら、


「……ちゃんと終わらせてあげる」


 栞は確かな意志を持って、そう言った。







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