第18話 NTRされたあの日……

 小さい頃から、ずっと好きな男の子がいた。


 その子はいつも優しくて、一緒にいると安心する。


『わたし、将来はじろーくんとけっこんする』


 そう言うと、彼は照れたように笑ってくれた。


 小さい頃だから、思ったことを素直に言えた。


 けど、お互いに段々と成長して、思春期を迎えると。


 思ったことをなかなか口にはできない。


 それでもずっと、彼のことを好きと言う気持ちは持ち続けていた。


 周りからは、冴えない奴みたいなことを言われていたけど。


 それでも、自分にとっては、誰よりも素敵な男の子だと思っていた。


『栞ちゃん、俺と付き合って下さい。お願いします!』


 中学の卒業式。


 ここぞとばかりに、告白して来る男子が後を絶たなかった。


 栞と違う高校に行く男子たちが、最後の望みをかけてというか。


『ごめんなさい……』


 栞はその日、何度もそう言って、頭を下げた。


 玉砕した男子たちはみんな、悔し涙と共に去って行った。


 本当に申し訳ないと思うけど……


『あ、栞ちゃん』


 彼の姿を見ると、ドクンと胸が高鳴る。


『あ、次郎くん。お疲れさま』


『うん、栞ちゃんも』


 その後、お互いにあまり、会話が続かない。


 中学に上がってから、小さい頃よりも距離が少し遠くなっていたから。


『……ねえ、次郎くん』


『えっ?』


『私たち、もう大人だよね?』


 栞が言うと、次郎はしばしポカンとしていたが、


『そ、そうだね。もうすぐ、高校生だし』


『うん、そうだよね』


 栞は精一杯、伝えるような目で彼を見つめていた。


 お願い、あなたも他の男子のように、私に告白をして!


 胸の内で叫んでいた。


『……じゃ、じゃあ、帰ろうか』


『う、うん……』


 その後、家に帰るまで、他愛もない話をして時間が過ぎて行く。


 彼とのそういった時間は、もちろん楽しいのだけど……


『じゃあ、栞ちゃん……またね』


『……うん、また』


 彼に手を振って別れると、自分の家に入る。


 終業式で午前中だけだったので、仕事に出ている両親はまだ帰っていない。


 栞は手洗いとうがいをしてから、自分の部屋に入った。


『……次郎くん、告白してくれなかったな』


 もしかしたら、自分に魅力が足りないんじゃないだろうか?


 胸とか、あまり大きくないし……


 自然と、自分の胸に触れていた。


 そこから、始まった。


 親にも彼にも内緒で始めた自慰行為に、栞はいつの間にか浸っていた。


 いつもいつも、する訳じゃないけど。


 こうして、どうしよもない気持ちになった時は……


『……くっ、あっ』


 彼のことを想いながら、


『次郎くん、来て……あッ!』


 事を終えて少しスッキリすると、ベッドの上で息を弾ませていた。


『……私の初めて、次郎くんに捧げたいな』


 今はまだ、難しいかもしれないけど。


 それでも、いくら時間がかかっても良いから、待っている。


 自分がしっかりしていれば、いつかきっと、彼が迎えに来てくれるはず。


 そう思いながら、春休みを悶々と過ごした。


 そして、高校に入学してすぐ、あの男と出会う――


『やあ』


 初めてのクラスにいて緊張している時、声をかけられた。


 次郎とは違うクラスで、中学の時の友達もいないから、きっと心細かったのかもしれない。


『あ、えっと……』


『俺、梶野桔平かじのきっぺいって言うんだ。よろしく』


『ど、どうも。私は片平栞かたひらしおりです』


『栞ちゃんってさ、メッチャ可愛いよね』


『へっ? そ、そんなことは……』


謙遜けんそんしても無駄だよ。昔から言われているでしょ?』


『そ、それは……』


『ていうか、さっきからみんな、君と話したくてウズウズしているから』


 彼が親指で示す先には、栞の方を興味津々で見つめる男子たちが主にいた。


 けど、女子たちもちゃんと興味を示している。


『ほら、こっちに来なよ』


 梶野に手を握られ、引っ張られる。


『あっ……』


 その強引さに少し驚いた。


 次郎とは違う、その感じに。


 けど、そこまで不快には感じなかった。


 むしろ、彼のおかげですぐクラスに馴染めた。


 それから、彼とよく話をするようになって……


『栞ちゃん、ちょっと相談したいことがあるんだ』


『梶野くんが私に? 珍しいね』


『なになに、俺ってそんなに悩みのない単細胞に見える?』


『そ、そうじゃなくて……いつも、私を助けてくれるっていうか……』


『あはは……出来れば、2人で内密にの話なんだけど』


『内密に……』


『でさ、どこか店に行こうと思ったんだけど、騒がしいし誰かに聞かれたら嫌じゃん? で、俺の家に招待しようかと思ったけど、汚れていてさ~。だから、栞ちゃんの家に行っても良い?』


『えっ? そ、それは……』


『あ、ごめん。いきなり、図々しいよね。俺たち、まだ仲良くなったばかりなのに』


 梶野は苦笑しながら言う。


 栞は少し考えた。


 彼の遠慮がちな笑顔を見ていると、何だか情にほだされるようだ。


『……うん、良いよ』


『えっ、本当に? やった~』


 嬉しそうに両手を上げる彼を見て、何だか心を許してしまった。


 だから――


『……んぐっ!?』


 部屋に彼を連れて来て数分後。


 栞はすぐに唇を奪われた。


 ファーストキスだったのに……


『か、梶野くん、何を……』


『ごめん、栞があまりにも可愛くて』


 彼は全く悪びれる様子もなく言う。


 いきなりこんなことをして、最低の人なのに……なぜか、ゾクゾクしてしまった。


 春休みの間、暇さえあれば、たくさんの自慰行為をして来た。


 もしかして、そのせいで性欲が増して……


 その後、梶野は遠慮なく、栞の体をもてあそぶ。


 次郎のためにとっておいた初めてを、みんな持っていかれた。


『はぁ、はぁ……』


 正直、驚いていた。


 自分でするよりも、他人にしてもらう方が、こんなに気持ちが良いだなんて。


 梶野はチャラ男だから。


 こういったことに慣れていて、きっと上手いんだ。


 栞は未経験ながら、そう感じていた。


『じゃあ、そろそろ本番……いいよな?』


 ダメ、それだけは。


 次郎くんのために、とっておいたのに――


 栞はさほど、強く抵抗することが出来なかった。


 理性が、気持ちが、本能に負けてしまった。


 次郎によって芽生え、育ってしまった女としての欲望が。


 ゲスな男によって奪われ、解放されてしまったのだ。


 そして、栞はあっさりと、処女を奪われた。


 ただ、ここで1つ誤算というか。


 予想外のことがあった。


 キスから愛撫あいぶまで、何もかも上等のテクだった梶野。


 いざ本番も、きっとすごいと思ったら……意外にも拍子抜けだった。


 そのせいか、栞は目が覚めてしまった。


 いっそのこと、そのまま快楽に浸らせてもらえれば、ずっと楽だったかもしれない。


 そして、事を終えた。


『はぁ~、きんもちぃ~』


 満足げに言う彼を見上げながら、


『はッ、はッ……』


 自分の過ちに、打ちひしがれていた。


 彼のためにとっておいた、初めてが……


 そんな栞に、神は天罰を下したのか……


『……あん?』


 誰かの気配を感じた。


 まさか、お母さんがもう帰って来て――


『あれ? お前、栞の幼馴染くんだろ? 戸川とがわ……だっけ?』


 えっ? 嘘でしょ?


 栞は初めての行為で疲弊ひへいした状態から、何とか顔を動かしてみる。


 そこには、愕然がくぜんとしてたたずむ、彼がいた。


『……次郎……くん?』


 信じられなかった。


 信じたくなかった。


『おい、こいつ立ってんぞ』


 梶野がからかって言う。


『じ、次郎くん……』


 あ、あれ? 気のせいかな?


 何だか、すごく大きいような……


『あ、もしかしてお前、栞のことが好きだった?』


 ズキリと胸が痛んだ。


『けどさぁ、栞はお前のこと、ただの幼馴染って言うからさ。もし俺がお前だったら、とっくの昔からハメ倒しているぜ?』


 そ、その言い方は、違う。


 確かに、まだ彼とはそういった関係になっていないから、そう言ったけど……


 ハ、ハメ倒すって……


『や、やだもう、桔平きっぺいくんったら』


 この時、栞は己の制御を失っていた。


 そうでなければ、本当に好きでもない彼に対して、そんなことを言うはずがない。


 本当に好きな人を前にして、そんなことを……ああ、でもそうか。


 自分は堕ちてしまったんだ。


 メスの本能にあらがえずに。


 けど、梶野のアレが正直に言ってお粗末だったから、中途半端な堕落で……


 そこから先のことは、よく覚えていない。


 呆然とした表情のまま立ち尽くす彼を脇目に見つつも、梶野のテクに溺れて行った。


 本番以外は、とても上手だったから。


『次郎くん……ごめんね』


 そして、ドアが閉じた直後、叫んだ。


『ああああぁん!』


 涙を流しながら、大きな後悔と共に。




      ◇




 また、彼は呆然とした顔をしている。


 一方、今度の自分は、ちゃんと意識がハッキリしている。


 ちゃんと、自分の本当の気持ちを、伝えられる。


「私、小さい頃からずっと……次郎くんのことが、好き……大好きなの」


 涙を流しながら、伝える。


 大いなる未来への希望を、わずかに掴みながら。







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