第17話 君を守りたい

 昼休み、屋上にて。


「それでね、ジロー。昨日のドラマがね……」


 一緒にお弁当を食べながら、今日も亜里沙ちゃんは僕に楽しそうに語りかけてくれる。


 それでも、僕はあまり集中できなかった。


 ずっと、心にかかることがあって……


「……ジロー?」


 亜里沙ちゃんに呼ばれて、ハッとする。


「ご、ごめん。ボーっとしちゃって」


「どうしたの? 何か気になることでもあるの?」


 亜里沙ちゃんは僕の顔を覗き込んで言う。


「うん、まあ……栞ちゃんが、まだ学校を休んでいるみたいだから」


「あ、そうなんだ……」


 亜里沙ちゃんは、少し複雑そうな顔になる。


 栞ちゃんは少し前まで、僕の想い人だったから。


 今、僕の彼女であってくれる彼女にとって、どうしても意識してしまう対象なのだろう。


「……僕、今日の放課後に栞ちゃんの所にお見舞いに行こうと思っていて」


「うん、そっか」


「良い、かな?」


 僕は少し不安に思いながら、問いかける。


「もちろんだよ。だって、その子はジローにとって、大切な……」


 亜里沙ちゃんは、それ以上先の言葉を、なかなか紡げない。


 そんな彼女の手に、僕はそっと触れた。


「……僕の恋人は、亜里沙ちゃんだから」


 僕は真っ直ぐに彼女を見て言う。


「ジロー……」


 けど、直後にすぐ恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。


 すると、そんな僕のほっぺに亜里沙ちゃんがキスをした。


「……好き、ジロー」


「ぼ、僕もだよ……」


「うふふ♡」




      ◇




 放課後。


 僕は帰宅してカバンを置くと、そのまますぐに隣の栞ちゃんの家の前に立った。


 緊張しながらも、インターホンを鳴らす。


 しばらく待つと、


『……はい』


 栞ちゃんの声が聞えた。


 どこか、怯えているように聞こえるのは、気のせいだろうか?


「栞ちゃん? 僕、次郎だけど……」


『あっ……次郎くん』


 栞ちゃんの強張っていた声が、少しだけ柔らかくなった。


 どこか、安堵感を覚えるような……


 少しして、ドアが開く。


 栞ちゃんが顔を覗かせた。


「ごめんね、いきなり来ちゃって。連絡くらい、すれば良かった」


 今さらながら、自分の不手際を恥じる。


「ううん、そんなことないよ。ありがとう……来てくれて、嬉しい」


 栞ちゃんは微笑む。


「どうぞ、入って」


「お邪魔します」


 家の中に入ると、僕は栞ちゃんの部屋に通してもらう。


「でも、良かった、元気そうで。休んでいるみたいだったから、心配したんだ」


 僕が言うと、


「うん、ごめんね、心配をかけて……」


 栞ちゃんは顔をうつむける。


「どこか具合でも悪いの? 梶野くんに聞いたんだけど……」


 その名を出すと、栞ちゃんがなぜかビクッと震えた。


「……栞ちゃん?」


 自分の体を小さく抱いて震える栞ちゃん。


 ふと見ると、服の袖や裾のところに、見え隠れする不穏な陰が……まさか。


「……それは、あざ?」


 女の子の際どい場所を見るなんて、申し訳ないけど。


 僕は勇気をもって指摘した。


 栞ちゃんが唇を噛んだ。


「梶野くんに……やられたの?」


 僕が問いかけると、栞ちゃんはじわりと涙を浮かべる。


「そう……なんだね」


 僕もまた唇を噛み締め、拳を握り締めた。


 けど、やがてそれを解くと、栞ちゃんを抱き締めた。


 まさか、臆病な自分がこんな大胆な真似を出来るなんて。


 でも、これは違う。


 男と女のハグではない。


 大切な幼馴染を慰めるための、だ。


「……僕は弱くて頼りない男だ。それでも……君を守りたい」


 確かな気持ちを伝えると、栞ちゃんはとうとう泣き出してしまった。


 僕はしばらく、彼女が落ち着くまで待った。


「……私、バカだね」


 ようやく、栞ちゃんは言葉を発した。


「ずっと、小さい頃から……ジローくんのことが……好きだったのに」


 涙を浮かべながら、そう言った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る