第16話 実は良い人

 今日の授業中、僕はちょっとソワソワしていた。


 何だか早く、栞ちゃんと話したくて。


 だから、昼休みを告げるチャイムが鳴ると、すぐに栞ちゃんのクラスに向かった。


 いくら幼馴染とはいえ、僕みたいな冴えない奴がわざわざ会いに行ったら、周りからちょっと白い目で見られるだろうけど。


 栞ちゃんが所属する、1年A組の教室の中をこそっと覗く。


 けど、なかなか栞ちゃんの姿が見えない。


 恥ずかしいけど、誰かに聞いてみようか……


「おい、お前そんなとこで何してんだ?」


「ひっ!?」


 いきなり言われて、ビクッとしてしまう。


「……って、戸川とがわかよ」


「あっ、梶野かじのくん……」


「何か用か?」


「いや、その……栞ちゃん、いるかなって」


「ああ、栞か……あいつなら、休みだぞ」


「えっ? ど、どこか、体調でも悪いの?」


 僕が問いかけると、梶野くんは少し黙った。


「……ちょっと、ツラ貸せよ」




      ◇




 屋上の扉を開く。


「あの、何でわざわざここに……」


「実はさ、週末に栞とデートしたんだけど」


「えっ?」


「その時、俺の先輩が、ちょっと栞に手を出そうとしちゃって」


 ――ほら、あいつ悪い連中ともつながりがあるから。


 僕はゾっとした。


「まさか、栞ちゃんが……!」


「安心しろって。手出しはさせてねえから」


「へっ?」


「俺だって、あいつの彼氏だからさ。そりゃ、ちゃんと守るさ」


「そ、そうなんだ……」


 正直、意外だった。


 彼みたいな軽薄な男は、あっさり栞ちゃんを先輩たちに売りそうだったから。


「まあ、お前とは栞と亜里沙のからみで色々あったけどさ、感謝しているんだぜ」


「僕に?」


「亜里沙は別れたけど、良い女だし気にかけていたからな。お前みたいな良い奴が彼氏になってくれて、俺も安心だよ」


「いや、僕なんて、そんな……」


「だから、栞のことは俺に任せてくれよ。大丈夫、大切にするからさ」


 梶野くんはニコッと笑う。


「……僕、君のことを少し誤解していたかも」


「平気だよ。よくされるから」


「あはは……じゃあ、栞ちゃんのこと、よろしく」


 その時、僕のスマホが震えた。


「おっとっと……あっ」


「亜里沙か?」


「う、うん、そうみたい」


「行ってやれよ」


「うん。ありがとう」


 そして、僕はひと足先に屋上を後にした。




      ◇




 お見舞いにやって来た。


 ガチャリ、とドアが開く。


「……よう」


 声をかけると、彼女は少し怯えたような目を向ける。


「……梶野くん」


「家、上がって良いよな?」


 少しあごを反らせて見下すように彼が言うと、栞は身動きが取れなくなった。


「お邪魔します♪」


 青ざめた顔の栞の肩を抱きながら、梶野は家の中に入る。


 そのまま、彼女の部屋に向かった。


「はぁ~、疲れた」


 梶野は許可なくベッドに腰を下ろす。


「おい、栞。足を揉んでくれよ」


「えっ、でも……」


「なに、嫌なの?」


 梶野が軽くすごむと、


「……わ、分かったから」


 栞は仕方なく、彼の脚を揉む。


「こ、こんな感じ?」


「う~ん、まあまあかな」


 梶野は偉そうな態度で言う。


 それから、また栞を見下ろした。


 そして、マッサージされていない方の足で、正座している栞のふとももをグリグリと押した。


「ちょ、ちょっと、やめて……痛い!」


「良いから、黙ってマッサージ続けろや」


 ゲシッ。


「いたっ……ぼ、暴力は……やめて」


 栞は涙目になって訴える。


「確かに、暴力はイケないことだな」


 梶野は言う。


「けど、仕方ないんだよ。お前が可愛くて良い子だから。オレ、ついついイジめたくなっちゃうんだ♡」


 その笑顔を見た瞬間、栞の顔から血の気が失せた。


「なあ、栞。お前はもう、俺にすがって生きる他ないんだよ」


 梶野は声のトーンを下げて言う。


 けど、どこか嫌らしい甘さも含んでいた。


「お前はもう、戸川の所には戻れないんだよ」


 その名を聞くと、目の奥から涙が溢れるようだった。


「……ちっ、まだあいつに対する未練が残っているみたいだな」


 梶野は栞の白く細い腕を取った。


 栞はビクッとする。


「大丈夫、見える箇所は殴らないから」


 彼はどこまでも愉快げに、そう言った。







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