第15話 チラつく存在

 玄関ドアを開く。


「ただいまー」


 そう言うと、母親が玄関先まで来てくれた。


「栞ちゃん、おかえりなさい……あら?」


 その視線は、彼女のとなりに立つ彼に向けられた。


「初めまして」


 彼はニコッとして言う。


「栞さんとお付き合いさせてもらっています。梶野桔平かじのきっぺいと言います」


「ま、まあ……栞ちゃん、いつの間に。こんなハンサムな彼氏を……」


「う、うん、まあ……」


「突然来てしまい、申し訳ありません。今回、ちょっとお詫びしなければならないことがありまして」


「お詫び?……ていうか、栞ちゃんそのほっぺどうしたの!?」


「こ、これは……」


「すみません。デートしている時に、彼女がうっかりドアにぶつけて、そのまま挟まってしまったんです」


「まぁ~、そうなの?」


「すぐに手当てはしたんですけど……すみません、僕が付いていながら」


「そんな、仕方ないわよ。この子、意外と抜けている所があるからね~」


「あはは……」


 栞は乾いた笑いを漏らす。


「梶野くん、だったかしら? あなた、中々の好青年ね」


「いえ、そんな」


「でも、栞ちゃんに彼氏ね~。次郎くんは知っているの?」


「えっと、それは……」


「彼とも友達です」


 ハッキリと言う彼を、栞はハッとして見た。


「あら~、そうなの? じゃあ今度、3人でお茶でもしたら? うちならいくらでも来てくれて良いわよ?」


「ありがとうございます。さすが、栞さんのお母さん。美人で優しいですね」


「やだ、この子ったら」


 いま、母親の前にいるのは、如才じょさいないイケメンだ。


 若い男に褒められると、年配の女性は弱い物。


 きっと、その辺りも熟知して……


「では、僕はこの辺で」


「あら、せっかくだから、上がって行ってよ」


「すみません、門限がありますので。親が心配してしまいます」


「まあ~、マジメで良い子ね~」


 彼と母親の会話を聞いている間、意識が遠のきそうだった。


「栞ちゃん、こんなに良い彼氏を見つけちゃって、もう。だから、こんな風にオシャレになったのね」


 笑顔を向けられた栞は、


「……そ、そうだね」


 ぎこちなく笑いながら、答える他ない。


「では、僕はこれで」


「また来てね~」


「はい。……栞」


「へっ?」


「今晩、また連絡するから」


 ニコッと笑顔で言われる。


 ゾクっとしてしまった。


「やだ~、見せつけてくれちゃって~」


「いや、お恥ずかしい。では、今度こそ失礼します」


 梶野は最後まで如才なく微笑みながら、ドアを閉じた。


「本当にデキた子ね~」


「う、うん……」


「でも、私はてっきり、次郎くんと付き合うと思っていたけど……でもまあ、あの子は梶野くんほど色気もないし。そういった感じじゃないか」


 胸にナイフが刺さるようだった。


「……ごめん、ちょっと部屋で休むね」


「夕ごはんは?」


「ちょっと、いらないかな」


 栞は上手く笑えないまま、そう言った。




      ◇




 週末、僕は溜まりに溜まったモノをみんな亜里沙ちゃんに吸い取られた。


 けど、なぜか前よりも元気がみなぎっていた。


 相変わらず、学校では地味で冴えない僕だけど。


 何だか少し、生まれ変わった気分だ。


「おっはよ~ん!」


 背後から思い切り抱き付かれる。


 同時に、特大級のクッションみたいな柔らかさを感じた。


「あ、亜里沙ちゃん」


「ダーリン、週末のエッチタイムは最高だったわ~♡」


「こ、声が大きいよ」


「確かに、メッチャ声出しちゃったけど♡」


「今の話だよ、今の!」


 とか言っていると、


「うわ~、朝からやらし~」


 亜里沙ちゃんのギャル友たちがやって来た。


「てか、アリサ。何か肌のツヤがヤバくね?」


「んっ?」


 言われて見ると、亜里沙ちゃんの顔はつるりんこ、みたいな感じだった。


「もしかして、週末にヤリまくったの? ジローちゃんと」


「うん、そうだよ♡ もう、ジローの禁欲チ◯ポすっごくぶっとくて、アリサもう頭がおかしくなりそうなくらいで……」


「あ、亜里沙ちゃん!」


「「「ぷっひゃひゃひゃ!」」」


 ギャル友たちは一斉に笑う。


「こんな可愛いジローちゃんに、すっかり発情したメスにされてんじゃんか!」


「梶野の時は、こうはならなかったよね~」


「いや、今あいつの話とか萎えるから、やめてよ」


「マジ嫌そうな顔してんし~」


 すごいな、ギャル同士の会話は。


 僕なんか、ただボケッとして聞いていることしか出来ない。


「てか、梶野と言えばさ。まだ片平ちゃんと付き合ってんのかな~?」


 その名前が出て、僕はビクッとする。


「それな~。学年イチの美少女まで落とすとか。ごうが深すぎんだろ、あいつ」


「ちょい、あんたら。その子の話題を出すなって」


 亜里沙ちゃんが言う。


「え、何で?」


片平栞かたひらしおりは、ジローの幼馴染なの」


「「「あっ……」」」


「い、いや、良いんだ。気にしないで」


 僕は苦笑しながら言う。


「ま、まあ、大丈夫だって。梶野は粗◯ンだからさ。すぐに別れるよ」


「あんた、それフォローになってないって」


「ごめん……」


 亜里沙ちゃんはため息を漏らす。


「確かに、あいつは粗◯ンよ。けど、キスと愛撫のテクはマジで上手い」


「よっ、経験者は語る!」


 ギャル友が茶化すと、亜里沙ちゃんは睨みを利かせる。


 大人しく黙らせた。


「何より、あいつは人心掌握が上手いというか……それで、あたしも騙されたし……だから、その子もひどい目にあっていなければ良いけど……」


 亜里沙ちゃんは、目を細めて少し切なそうに言った。


「ひ、ひどい目って?」


 僕が聞き返すと、亜里沙ちゃんがハッとした顔になる。


「ご、ごめんね。ジローの大切な幼馴染なのに、そんな不安にさせるようなことを言って」


「いや、良いんだけど……」


「ほら、あいつ悪い連中ともつながりがあるから。最悪、そいつらに片平さんが……」


「……それは、まずい。というか、嫌だ」


 大勢の男たちに乱暴にされる栞ちゃんを想像して、吐き気を催した。


「ジロー、大丈夫!?」


「いや、ごめん……」


 やばい、あの時、ベッドでNTRされていた、栞ちゃんの姿を思い出して……


「ジロー、保健室に行く?」


「ううん、大丈夫だよ」


 僕は心配げに声をかけてくれる亜里沙ちゃんに言う。


「ちょっと、後で栞ちゃんと話してみるよ」


「うん、そうしな」


 亜里沙ちゃんは頷く。


「でも、アリサ良いの?」


「何が?」


「だって、ジローちゃん、元はその子が好きだったんじゃないの~?」


「そ、それは……」


「うわ、図星だぁ~」


「優しくする内に、幼馴染の良さを思い出して……復縁したり」


「あんたらね~……」


 亜里沙ちゃんが怒りオーラを放つと、ギャル友たちは逃げて行く。


「待ちなさい!……ジロー、またね♡」


「う、うん」


 僕は小さく手を振って、彼女を見送った。


 ちょっと、栞ちゃんのクラスを覗こうかと思ったけど。


 HRが始まる時間だったので、慌てて教室に戻った。







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