第14話 彼の意外な一面

 禁欲解禁日。


 1週間、僕は耐え抜いた。


 1週間なんて、普段はあっという間に過ぎて行くけど。


 この1週間は今までの人生の中で格別に長く感じた。


 本当に長かったと思う。


 けど、ラスト2日間は、栞ちゃんの女神の手によってそのたけりは静めてもらった。


 今こうして、亜里沙ちゃんの家に向かう途中も、ずっと静かだ。


 むしろ、せっかくその時を迎えても機能しないんじゃないかと。


 逆に心配なくらいだった。


 玄関チャイムを押す。


「いらっしゃい、ジロー」


 笑顔の亜里沙ちゃんが迎えてくれた。


 瞬間、僕はドクンという、心臓の鼓動を感じた。


 それは彼女が裸エプロンとかいう、暴力的なエロスの姿をしていたから、というだけではない。


 栞ちゃんの優しい女神の手で静まっていた性欲が、一気に目覚めるようだった。


 僕の心配は杞憂きゆうだった。


「あのね、今日は親もいないし、いっぱいエッチして欲しいから。スタミナ満点の料理をたくさん作ったんだけど……」


「……亜里沙ちゃん」


「ジロー? どうしたの?」


 その後、玄関ドアを閉じてから……


「――んあああああああああああああぁん! ジロー、すっごおおおおおおおおおおおぃん!」


 亜里沙ちゃんの声が、恐らく近所中に響き渡った。




      ◇




 チャラ、チャラ、と音がする。


 彼はいつも、装飾品そうしょくひんをたくさんつけているから。


しおりぃ、腹減ったな~。メシでも食うか?」


「う、うん」


 梶野桔平かじのきっぺい


 顔立ちは良く、トークも上手い。


 けど、栞は彼とデートをする時、いつも顔が浮かない。


 それは彼がチャラ男で、今までにたくさんの女と遊んで来たから、という理由だけではない。


 というか、今でも他の女の影がチラついたりするけど……


「あれ? 桔平じゃん」


 ふいに声がした。


「あっ、竜也たつやさん」


 目の前に、ガタいの良い男が現れた。


 数人の仲間を引きつれている。


 いかにも、悪そうな男たちだ。


「なに、その女。お前のカノジョ?」


 目線を向けられて、栞はたじろぐ。


「そっすよ」


「へぇ~! メッチャ可愛いじゃん!」


「今までのお前の彼女の中で、1番じゃね?」


「乳はまだ発展途上だけど、全く問題ナッシング!


 男たちは全く遠慮なく、まるで獲物に群がるハイエナのように、栞のことをジロジロと品定めしている。


 正直、不愉快であり、何よりも……怖い。


「そういや、今までのお前の彼女、みんな俺らにも味見させてくれたよな?」


 竜也という男がポッケに手を突っ込んだまま言う。


「その子、名前は?」


「栞っす」


「その子、1時間だけ貸してくんね?」


 ゾクリ、と背筋が凍った。


 瞬間、栞の脳内で、この男達にホテルでめちゃくちゃに犯されるイメージが湧いた。


 こ、怖い。今すぐ逃げ出したい。


「なっ? 良いだろ?」


 男の太い腕が、栞に伸びる――


「竜也さん」


「あん?」


「今回は、勘弁してもらえませんか?」


 梶野が、両手を合わせて言う。


「おい、桔平。どういうことだ」


「さっきも言ったけど、こいつ今までの女とダンチで。だから、俺も舞い上がっているっていうか、大切にしたいって言うか……」


「梶野くん……」


 栞は彼の横顔を見つめた。


 竜也を初め、強面の男たちは、梶野を睨んでいた。


「……ちっ、しゃあねえな」


 竜也が言う。


「その代わり、他の女紹介しろよ~」


「うっす、あざっす」


 そして、男たちは冷やかし笑いを浮かべながら、去って行った。


「あの……」


「……いや~、ビビったなぁ」


 梶野は振り向き、半笑いで言う。


「怖かったろ、栞?」


「う、うん、ちょっと……でも、ありがとう」


「まあ、当然っしょ。自分の彼女を守るなんてさ」


「……うん」


 あれ、何だろう、この気持ち。


 初めて、彼のことを……


「あのさ、栞。俺、ちょっと先輩たちに刺激された訳じゃないけど……何かムラッと来ちゃって」


「えっ?」


「ランチの前に……どっか、適当にしけこまね?」




      ◇




 ラブホテルに入るのは、初めてだった。


 まだ高校生の自分は、もちろん入ってはいけない。


 それは彼も同じこと。


 いけないこと。


 それでも……


「……ちゅっ、あっ、はっ」


 彼はとてもキスが上手い。


 栞も初めてされた時、脳みそがとろけそうになった。


 愛撫あいぶも慣れていて、的確に気持ち良いところを突いて来る。


「お前、やっぱり可愛いな」


「梶野くん……」


 どうしよう、このままだと、本当に彼の女になってしまう。


 でも、それでも良いような気がして来た。


 次郎くん、私は……


「なあ、栞」


 彼は甘い吐息をこぼしながら、見つめて来る。



 ――バチィン!



「――えっ?」


 一瞬、何が起きたのか、分からなかった。


 栞はたたらを踏んで、そのままベッドに倒れる。


「……梶野くん?」


 頬がヒリヒリとする。


 ぶたれたのだと気付くのに、少し時間がかかった。


「……お前さぁ。さっき、俺のパイセンに犯されるの想像して、興奮していただろ?」


「そ、そんな、興奮だなんて……」


「臭ぇんだよ、テメェは。このメスアマが」


 バチィン!


「うあっ!?」


 今度は反対側の頬をぶたれた。


「や、やめて、梶野くん。どうして、こんなことを……」


「決まってんだろ?」


 先ほどまでの優しい笑顔は消えていた。


 まるで獣のような目を爛々らんらんと輝かせて、栞を見据えていた。


「お前を俺の女として、完全に調教するためだよ」


「ちょ、調教って……そんな必要はないよ。だって、私は……」


「未練があんだろ、お前?」


「えっ?」


「あのクソ地味メガネのオタク野郎によぉ」


「じ、次郎くんのこと?」


「他に誰がいんだよ!」


 バシィ!


「ひうっ!?」


 また頬をぶたれた。


 そのまま、髪の毛を掴まれる。


 間近で見る彼は、吐息を荒げていた。


「俺のチ◯コは小さいか?」


「……えっ?」


 視界が涙で揺らぐ。


「気持ち良くなれねえか?」


「そ、それは……」


「どうなんだよ! あぁん!?」


 彼のツバが顔面に飛んで来た。


 けど、それは些末さまつな問題だった。


「……ちっ、やっちまった」


 彼は言う。


 勢いに任せて、殴ったことを後悔しているのだろうか……


「顔にやったら、バレんじゃん」


 額に手を置き、ため息交じりに言う。


 栞は唖然とする他ない。


「お前、しばらく学校休めよ」


「えっ?」


「親には、ちょっとぶつけたとでも言っておけ」


「あ、あの……」


 どごっ。


「……かっ、はっ」


 信じられないことに、お腹を殴られた。


 多少は加減されていたけど。


 息が詰まる。


「分かったか? 栞ちゃん」


 涙がこぼれて、よく見えないけど。


 彼は狂気じみた笑顔を浮かべながら、栞を見下ろしていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る