オーバースペック

「動画みたいんだけどさ」

「うんうん」

「パソコンの調子が悪くてさ」

「何の動画?」

 その質問に浩然は口を閉ざした。…言えない。


 さかのぼること二週間前。バイト帰りの道すがら、浩然と希はパソコンについて話していた。

「ま、いいや。でそのパソコンって、ソフトウエアかハードウエア、どっちが調子悪いの?」

 希に聞かれたものの、浩然は眼を点にして首を横に振る。希からそれからいくつか質問したが、全部すっとぼけた表情で首を横に振った。すると希がげんなりした顔をして、

「じゃあいいよ、僕が直接パソコン見るから」

と浩然のアパートに向った。


「セレロンにハードディスク、メモリ4G…」

「うん? 何?」

「パソコンに異常はないよ、けどこのパソコンはスペック的に元々人権がない…」

「どういうこと?」

「健康で文化的な最低限度のスペックがないの」

 希は独特のギャグをかましてくる。一応公民もがんばって勉強しているようだ。

「え、おれこれ兄貴から5万円で買ったけど」

「お兄さんのお古?」

「そう」

 ふーむと腕を組み、パソコンを眺める。

「そんなに悪いのか?」

「まあ、細かくいうと悪いとか良いとかじゃなくて、浩然には合ってないって話」

「どういうこと?」

「パソコンはさ、高いじゃん。だから用途によって適切なものを選ぶ必要があるわけ」

「うんうん、それはわかる」

「で、健康優良男子学生がレポートしたり、発表したりエロ動画みたりするには」

「エロ動画は余計だっての」

「見てるでしょ、調べようか?」

「…やめて」

「冗談だけどね。話を戻すと、セレロンでできなくはないけど…まあ遅く感じるだろうな。しかも中古で5万円でしょ。高いよお。お兄さんはパソコンあんまり知らないの?」

「いや、大学は工学部の情報系出身だよ」

 希が浩然の方を向いた。うわあやべえまじかよこいつ兄貴に嫌われてんじゃねえか、と書かれている。

「中のハードウェアのパーツを付け替えることも可能だけど…うーんセレロンだしなあ、買ったほうがいいかもね」

「じゃあスペックの高いの買えばいいの?」

「いいけど高いよ? お金あるの?」

「うっ…ない」

「でしょ? じゃあ一緒に浩然に合ったPC買いに行こうか」

「え、でもそんなの付き合ってもらうの悪いよ」

「いいよ、遠慮すんなって。この間勉強を教えてもらったしね。それにパソコンはさ、高いじゃん?」

「うん?」

「店員さんがいつも浩然の要望に寄り添ってくれるかわからないよ」

「どうしてそう思うの?」

 すると、希が話し始めた。



 僕漢方薬局に通ってるんだけどさ、肌がボロボロになる時があってね。で、そこの薬剤師のおじいちゃん、今年で72歳だったかな。おじいちゃんは悪くなってるところがちゃんと治ってるか、記録のためにパソコン使ってるの。ワードに貼りつけしてね。

 行った時、パソコンのシールに気が付いたの。そのPCがコアアイセブンだったって。でもパソコン調子が悪かったみたいで、ぼやいてた。そこで僕がタスクマネージャーからパソコンの中を確認したんだよね。軒並み高スペック。

 おじいちゃんのそのパソコンの使いたい機能をさりげなく聞いたけど、そんな高いパソコンを買う必要なんてどこにもなかったよ。

 でもおじいちゃんはさ、

「いい店員さんに勧められて買ったんだよ。ちょうど孫と同い年ぐらいのね。親切にいろいろ教えてくれたよ。これはだからって」

って言っててさ。

 良いパソコンねえ。

 そのパソコンは良いパソコンだったよ。けどね、20万もするパソコンなんて買う必要なかったと思うよ。

 パソコンは高い。しかもパソコンについて知らない人も結構いるから、店員さんは時々えげつない売り方をすることがあるよ。とりあえず安い低スペックなパソコンを売りつける人、反対にその人に必要ないほど高スペックなパソコンをすすめる人だっている。

 そのパソコンが他の人にすすめられたのなら、その人がどういうことを考えて買わせたか僕は想像できる。浩然にはそういう買い物をしてほしくない。


―――――――――――


「…と言ってました」

「つまりそのPCは価格とスペックがちょうどよいのね?」

「ええ。そして、ちゃんと和崎先生のことを考えて選んだパソコンってことです。つまり…ちゃんと思ってたんだと思います。おれも今希と家電量販店巡りしていますが、ちょうどいいパソコンって中々ないんです。それでも根気よく希はスペック調べたりしてくれてますけど…だからいいパソコンを探すためにきちんと調べてくれたんだと思いますよ」

「それで…そういうことか」


 ここまで話して、浩然はふとあることの可能性について気がついた。

「もしかしたらですけど…このパソコン、もらった時、すでにいてませんでした?」

「え? 開封されてたかって? …そういえば小夏が持ってきた時、中身を事前に確認したとかなんとか言ってたわね」

「それなら物理的に改造した…可能性もあります」

「どういうこと?」

「中の構造は実は付け替えられるので性能を変えることができます。ただそれを行ったかどうかは私には確かめられません。あくまで可能性ですが」

 それなら領収書の値段は変わらずにアップグレードできる。

 しかし小夏は少しパソコンに詳しかったらしいが、どのくらい詳しいのか、あまり詳しくない和崎からは聞き出せないし、浩然もこのパソコンからそれを聞き出す技術もない。

「でも龍井からそんなことは聞かれなかったわ」

「まあ、歩き回ってパソコン探してきたにしろ、和崎先生に黙ってパソコンを改造したにしろ、それはつまり…」


 どちらにせよ手間はかかるのだ。だから和崎をちゃんと思ってたことになる。このことは龍井が気がつかなかったとしても龍井が出した結論は変わらない。


 浩然は口に出さなかったが、たぶんそんなこと言わなくても、和崎ならちゃんとその意味がわかるはずだ。


 背もたれに寄りかかると、窓の外に眼を向け、龍井のコップを口に運んだ。

「龍井の口下手にもほどがあるわね、そうならそうと初めから言えばいいじゃない」

「…そうですね」

 浩然は相槌を打った。




 。まあ気が付かないか。

 


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