第5章 七月

果物と水

 あ、カレンダーって買うものじゃなくて、もらうものって昔思ってたな。

 

 家にはたくさんのカレンダーが散らばってた。ほとんど親の仕事関係の。そんなにカレンダーなんて必要じゃないから、捨ててたっけ。それがこっちで大学生活を始めてから、カレンダーがないことに気が付いて買ったのだ。


 その時思った。ああ、やっと自分に絡まるものから解放されたんだって。


 下からカレンダーを見ると、まるで滝から滑り落ちているようにカレンダーは引っかかっていた。しかもめくっていないせいで未だに4月のままだ。カレンダーには満開の桜が載っている。


 買ったのに結局使いこなせていない。もう7月の末だというのに。…あーだめだ、今日は熱があってめくる気力すらないわ。こういう脳みそ働かなくて無力な時に限って、普段気が付かなかったことに気が付いてしまうものなのだろう。

 

 くっそう…テストも終わってこれから夏休みだって時に。女の子と一緒に水着で、波打ち際でひと夏の思い出を作ろうとしたのに(具体的予定なし)。



 ピンポンー!

 

 チャイムがなった。無視しようと寝返りを打つと、今度はケータイがぶるっと震えた。開けると、浩然からだった。『食料買ってきた(^^) 開けて』。う~、うれしいけど体起こすのしんどいんですけど。のろのろとドアを開けに向った。


 ドアを開けると、のっぽとちびの男二人が立っていた。

「よぉ〜」

 そうとは知らず、ちびの男は能天気に手を挙げ、のっぽの男はそれなりに心配した顔をしてこちらの表情を伺う。

「調子はどう?…なんか顔色悪くないか?」

 ありがたい。ありがたいとはわかっているものの。

「いやこういう時って、可愛い女の子が看病してくれるもんじゃないのかなって。おれが中高で読んだ漫画バイブルにはそういう教えが書いてあったんだけど」

 勝手にぺらぺらと本音が口から生まれてくる。すると、のっぽの男は口をへ文字に曲げて言う。

「悪かったな。てか夢見すぎじゃない?」

「せっかく来たのに〜」

 

 のっぽの男は浩然。大学の友達。中国人ってことだけど、日本語はぺらぺらで、中国語は聞いてわかる程度、らしい。未だにどうしてそんな状態なのかおれにはいまいち理解できない。背が高くて、顔も小さく、鼻が高い。文字にするとモテそうな感じだし、恰好とか工夫すれば雰囲気イケメンとしてイケメン枠にかろうじてねじ込めるんじゃないかとは思う。しかし未だかつてモテそうな気配は1ミリだって感じたことはない。たぶんあの自信の異様にない内向的な性格のせいだろう。


 ちっこいほうは希。18歳の高校生なので年齢的には1つ年下。おれの好きなダークファンタジー漫画に登場するエルフみたいな顔立ち。希のほうはよく知らない。しゃべるんだが、何を言っているか解らない時がたまにある。そんな時、浩然はすっとわかる言葉に翻訳するのでかろうじて会話が成り立っている。


「はい、これ。果物と水」

 浩然が買い物袋いっぱいに入った果物と段ボールに入った水を見せる。

「さんきゅ」

「これ僕からも果物と水」

と希も袋からはち切れそうなほどの袋に入った果物二袋と2Lの水を両脇に抱えてやってきた。

「…こんなに食べれない気がするんだけど」

「とりあえず熱出た時は水たくさん飲んで、果物たくさん食べろっていうだろ?」

「そうだっけか?」

 まあ水分抜けるし、ビタミンCとれっていうのはよくわかるんだけど。

「あれ…? オレンジとかなねーんだ?」

 さっぱりした柑橘系なら食べたいなと思っていたが、二人が買ってきた桃、すもも、ぶどう、バナナ、キウイフルーツ、マクワウリなどどっさり入っているが、オレンジとか夏みかんとかは入っていない。

「あ、だめだめ、オレンジは」

「そうそう」

浩然と希がうなずく。

「え? なんで?」

「今の状態は体の熱がこもってるから、そういう時に柑橘系食べると良くない」

「…はあ」

 そんなもんか。

「あと掃除とご飯作ったら帰るわ」

「いいの?」

「まあついでだしね。それにおれもいつ熱でぶっ倒れるかわかんないし。お互い様でしょ」

とにかっと浩然が笑った。お前は本当に…男のおれにはわかるぞ、お前がたとえモテなくてもいい奴だって。モテなくとも。


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