クラス ★7
「どうしてそんなことする必要があるんだよ?」
「どうしてって?」
「日本の留学生試験なんて簡単だろ?」
浩然がそう言ったところで、希は眼を丸くした。そして、ははあ、こいつなんも知らねーんだわと言わんばかりに苦笑いを浮かべた。
「浩然は今の留学生事情知らないんだね。それは意外だったわ。そうだね、確かに昔は留学試験がそんなに難しくなかったさ。あっちの大学入試、
「違うのかよ?」
「違うさ。状況は変わった。日本への中国人留学生が留学生全体の半分超えて、中国の一流大学の学生も日本へ留学するようになった。日本留学もけっして昔のように甘くないのさ」
「成績が良いのに何で日本を選ぶのさ?」
「昔からいる、日本文化が好きな人やヨーロッパに比べて安くて近いってところで日本を選ぶ人ももちろんまだいる。あと英語がすごく苦手な場合とかも昔からね。でも最近多いのはGPAで選んでいる奴って多いみたいだよ?」
「GPA? ああ、大学の成績?」
「そうそう、そうらしいね。実際に僕は見たことないからわかんないけど。GPAは他の外国では重視されやすいけど、日本の大学院ではそんなに重視されない。だから日本の大学院って中国人ばっかりになる」
確かに浩然の大学では大学院生や研究生は中国から来た中国人がものすごく多かった。
「それは大学院生だろ? 大学生なら?」
「日本の大学を学部生から入ろうとしている人は、高校生の時点から
そして逆に言えば、日本でダメなら、自分の国の大学入試にも戻れない訳だ。
「だからコーヒーと紅茶をつなぎとめる甘い甘いシロップが出てくるわけだ」
希は空になったガムシロップをぴょこんと指先ではじいた。シロップが仲介業者ってわけだ。文字通り甘い蜜だ。
「でもだからって、そんなたっかいお金払って、替え玉までして、その後は合格できても日本には入国できなくて? …何がしたいんだそれ?」
希はおれに注いで半分になったアイスコーヒーに視線を落とした。
「彼女はさ、少なくとも2年前に来たわけじゃん」
「うん? まあそうなるよね、入国制限がかかったのが2年前だから」
「なら彼女は2年ぐらいこの状態のまま、日本に閉じ込められてるのかもしれないよ」
…それはそうかもしれない。
「僕らはわかんない。彼らハイクラスの人間の苦悩なんてさ。でもさ、中国社会はイギリスのように階級はない。ただ、職業による見えない壁って言うのはあるじゃん」
そうなのだ。中国は階級制度こそないが、職業による棲み分けのようなものが暗黙の了解で存在する。
日本では職業によって、人のマナーや行動や考え方に違いが出るなんて思わないだろう。ところが、中国では学歴を必要とする仕事が上位となり、反対に学歴が必要ない仕事というのは下位というようなイメージがある。日本に比べて、収入面から見てもその格差は顕著なものだ。そしてクラスの違う者同士が交流することも極端に少ない。行動・思考パターンも異なる場合も多い。
もちろん、どの職業も必要であり、優劣など存在していない。けど、実際の中国人の意識の中では職業によるクラス分けの意識が根深い。
ただこのクラス分けは身分制度のように絶対ではないのだ。中国社会において、学力のいらない仕事に就くと、意識の中で下位に属することになるが、その子どもまで引き継ぐ訳ではない。その子どもが有名大学に入るとする。すると、上位の仕事に就くことも可能であり、結果、上流国民の仲間に入ることができる。だから中国の親は一般的にどのクラスに属していようと、子どもに勉強を熱心にやらせる。
そしてこれは逆もまた
彼女の家庭事情は解らないが、あれだけ高額な費用を彼女の裁量で出せるほどであるならば、きっと裕福なんだろう。でもそれでは彼女の苦しみを癒すことなんてできないだろう。
「…まあ、これ以上はどうしようもできないね」
希が背中を反り返らせ、天井を見ながら言った。
「さっき聞かれていたこと、
「やっぱカンニングなんてするもんじゃないな。それやるより、正々堂々死ぬ気で勉強する方がはるかに楽」
「違いないね。まあ、どうせさっきの
「ん?」
「身長が20センチ違うから無理でしょ。顔は合成できても身長は無理だろ」
「チビって言うな」
「チビって言ってない。20センチ違うって言っただけ」
「それはイコールチビって意味なんだよ、浩然のバカ~」
「はいはい、わかった、じゃあ、再開しようか、お勉強」
―――――――――――
★7…補足として『中国人の日本留学事情について』、近況ノートに書きました。もし詳しく知りたいという方がいらっしゃればぜひチェックしてみてください。
https://kakuyomu.jp/users/Ichimiyakei/news/16816927859700290445
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