新世界
「杉浦は中国語読みでシャンプーですよ? だからシャンプーって呼ばれてます。シャンプー・ジュンメイです。ね、ガンくん」
「そう、おれは岡優馬で、ガン・ヨウマ」
「なるほど、そういうこと…」
「浩然さんはもしかして中国語が分からないんですか?」
「あ、うん」
「本当に?」
「うん」
「じゃあどうやってご両親と会話しているんですか?」
「両親が片言の日本語話してるかな?」
「でも、ご両親二人で話す時は中国語ですよね? 話せなくても聞いて分かるんじゃないですか?」
意外と鋭いことを言う。
「浩然は聞いて分かると思うよ」
岡が口をはさむ。
「だって笑ってたじゃんあの時」
と言って、中国語のプリントを見せてくれた。
Nǐmen zài nǎ'er rènshi de? ――Wǒmen zài chuánshàng rènshi de
你们在哪儿认识的? ――我们在船上认识的
上には中国語のローマ字・ピンインが書かれている。
「なんて書いてあるの?」
浩然が聞く。
「にーめんざいなぁるれんしだ? うぉーめんざいちゅあんしゃんれんしだ」
と日本語訛りの発音で、岡が言う。それを聞いて浩然が
「え、どうして笑えるんですか? “あなたたちはどこで知り合いましたか? わたしたちは船の上で知り合いました”、ですよね?」
「船ってどんな発音?」
「chuánですね」
「そこが岡のは変。意味が違う」
「なんて単語ですか?」
「えっとそれは…」
「ベッドの上っていう意味、でしょ?」
そう、船とベッドを言い間違えているのだ。岡の発音では“わたしたちはベッドの上で知り合いました”というカオスな意味になってしまう。
「練習していた時に浩然が一瞬吹いて、何でかな~って思ってたんだよ。それでみんなの前で暗唱の発表したら、先生一人が笑ってて。で、先生が言うにはそれは船の上ではなく、
無邪気に爆弾発言をする岡を想像するとじわる。
シャンプーがノートを取り出し、書きだした。
“g”がつくかつかないかの差なのか。
「へえ…あ、そっか日本人の耳には
眼を輝かせてシャンプーはうなずく。下ネタももろともしない。
「へえ、一緒に聞こえるんだ?」
浩然はパッシブバイリンガルだから中国語の音の区別をつく。むしろ一緒の音には聞こえないのだ。
「やっぱり違う音として認識しているんですね。浩然くんは耳がわたしたちと違うんだ…」
シャンプーは興味津々だ。
「中国語、勉強しないんですか?」
それは久々に聴いた言葉だった。中国語勉強しないのかって話。
隣の岡もじっと浩然を見た。岡も“なんで勉強しないんだ?”とは思っているだろうが、普段浩然のことを根掘り葉掘り聞いたりしない。それは興味がないからではなく、岡なりに気を使って、あえて聞かないのだと浩然は感じていた。この岡という男はそんなところがある。
「それは必要ないし…」
「浩然さんが中国人なら必要じゃないですか?」
そこまで、シャンプーが言ったところで、鐘がなった。
あまりに直球な質問に面食らった。岡は何も言わないがきっと周りの日本人なら浩然が勉強しないのが不思議に見えるのはある種当たり前のことだろう。
何もすごい理由があることではない。必要がないからしていないだけだ。それに今更勉強して、兄の
でも少し。ほんの少し気になった。名前が変わって、中国語の世界に飛び込むシャンプーと岡を見て、少しまぶしく感じていた。
名前が変わる、か…。あの例の偽名事件を思い出した。何が一体起こっていた…いや起こっているのだろうか。
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