第1339話 ノミニケーション

「クレさん、どこいっとたがぁ?

ほれ、さかづきをもつとぉ。」

クレの商談相手が差し出してくるさかづきをよく見ると底に穴が空いている。

「トヨカズさん、こいつが付き合います、おいミツヒラさかづきを受け取れ。」

「えっ?通訳をするんじゃ?」

「いいから受け取れ!」

クレに言われてミツヒラはさかづきを受け取る。

「おまいも飲むがかぁ?

よかよか。」

トヨカズはさかづきに酒を注ごうとするがその手が止まる。

「ミツヒラさんとかいっちゅうたな、はよさかづきをふさがんかぁ?」

「さかづきをふさぐ?」

「ほじゃ、指でその穴をふさぐがじゃ。」

「こうですか?」

ミツヒラは指で穴をふさぐと酒を注がれる。


「ほいじゃ乾杯といこうがかぁ。」

「はあ・・・乾杯!」

ミツヒラとトヨカズはともにクイッと一気にあおる。


「うまい!これはいい酒ですね。」

ミツヒラは思わず声が出る。

「いい飲みっぷりじゃ、あんたいける口じゃな。」

「おっと失礼、トヨカズさんも一献。」

ミツヒラはトヨカズの空いたさかづきに注ぐ。

「おっ、わかっとるがか、よかよか、ほいじゃわしも。」

互いに酒を注ぎ、再び飲み干す。

穴の空いたさかづきである、注がれると飲むしかない、必然的に飲む量が増えていく。



「こいつら頭がおかしい・・・」

その光景を見ていたクレは言葉が漏れていた。

クレが接待しているのは源グループの高知支社長山内トヨカズであり、クレが勤める会社は何としても自社の商品を仕入れてもらいたく、トヨカズの出張先まで現れ無理矢理接待を行っているのだが、このトヨカズというのは曲者であった、ともに酒を飲めない奴とは仕事をしないとクレの資料を一読した後はずっと無下にされて来ていた、それならばと酒の席を用意したのだが、あまりの酒豪とその飲みっぷりについて行けず、ミツヒラと遭遇する前はトイレで吐いていたのだ。


「トヨカズさん、どうでしょう?我が社の製品の仕入れを前向きに考えてもらえませんか?」

何杯も飲み続ける二人に割って入るようにクレは商談を持ちかける。


「クレさん、このミツヒラさんはあんたの会社のひとがかぁ?」

「えっ?」

「えっ、じゃなか、この人は別の会社の人じゃろ?」

「えっ、いや、それは・・・」

「あんたの会社はワシと飲むことすらせんと、そう言いたいんじゃろ?」

「違います!私だって!」

クレは酒に手を伸ばそうとしたのだが・・・


「ええがじゃ、元々断わる理由にしただけじゃが、あんたの会社は何度断ってもしぶとく言ってくるがじゃけぇ、嫌がらせでいっちょるだけじゃ。」

「はぁ!何なんですかそれは!!」

「あんたの会社はサンプルだけマトモな商品で後はメチャクチャな物が届く、そがな商品誰が欲しいがか?」

「くぅ!!それなら断ればいいだけの話では!」 

「断っちゅうが、あんたらは話を聞きやしやせん、今日だって飲みに来ている所に無理矢理やってきて話を持ちかけてきちゅう。」

トヨカズは完全にクレを拒否していた、これ以上話すことは無いとばかりに再び酒をあおる。


「話にならない!ミツヒラ帰るぞ!」

クレは頭に血をのぼらせミツヒラを連れて帰ろうとする。


「トヨカズさん、失礼します。」

「ミツヒラさん、あんたならいつでも歓迎じゃ。」

トヨカズはミツヒラにだけ手を振っていた。


「ミツヒラさん!貴方のせいで商談がメチャクチャになった!

この事は貴方の会社に報告して賠償金を請求します!」

「えっ?なんでそんな話になるんですか!」

「当然でしょう、貴方のせいで商談が流れてしまったのです!」

「そんな・・・」

クレは八つ当たり気味にミツヒラに当たっているのだが、実際商談が破談した責任を押し付ける気でいた・・・

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