終末世界の少女

 アズマは銃口を下ろせずにいた。少女が武器を隠し持っている可能性だけでなく、子供を囮にする『ならず者』が背後に控えている可能性もある。未だ警戒を緩めるワケにはいかなかった。


 怯えた表情を見せる少女に対して、ゆっくりと言葉をかける。


「落ち着いて質問に答えるんだ」

「な、なに……?」


「どうやってココを見つけた?」

「食べ物の匂い……?」


「君の名前は?」

「ナギサ、です……」


 台詞同様、少女の身体は小刻みに震え、恐怖や後悔といった感情が見て取れる。到底、芝居には見えないが……。


「最後の質問だ。保護者はどこだ?」


「……」


 無言なのは答えたくないからだろう。真っすぐ少女の目を見つめると、目を逸らすように視線を落とす。


 この終末世界は、子供が一人で出歩くには物騒過ぎる。性的対象になりうる年齢の場合は特にだ。つまり、元より家出という可能性は低く、ほぼ複雑な事情持ちと断定して良いだろう。

 何にせよ、アジトにあっさりと侵入されたのが大問題だった。


 銃口を少女に向けたまま部屋を出て、ゆっくりと階下を覗き込むが人の気配は皆無。手早く少女のボディチェックを済まし、ようやく安堵のため息をつく。


「脅かすなよ。最近《爆撃区域》を彷徨うろついていたのは君か?」


 護身用拳銃をベルトに押し込んだアズマは、脱力感と共に口を開いた。


「……腹が減っているんだろ? 鯖缶ならあるぞ」 


「ごはん……! 鯖缶!!」


 ナギサと名乗った少女が瞳を大きく見開いて、喜びの声を上げる。


 散らかったままの事務机で缶詰を開けてやり、プラフォークを手渡せば、パイプ椅子に座ろうとせずガツガツと鯖缶を喰らい始める。野良犬に餌をやっているような気分で少女を眺めていたアズマだったが、やるべき事を思い出す。


「ほら、こっちの缶詰は乾パン。喉を詰まらす前にペットボトルの水も飲め。座ってゆっくり食べればいい」


「い、いただきます!」


 頭を下げる少女を横目にアズマが向かった先は、隣室の備蓄倉庫。


 壁際を占拠するラックには保存食や弾薬類や空の酒瓶が所狭しと積まれ、旧式の猟銃や散弾銃やガラクタじみた機械類が並ぶ。これら全てが発掘品。

 ソレらの中から古びた携帯無線機を手に取り、わずかな逡巡の後、PTTスイッチを押し込む。

 

「こちら、アズマ。ソゴウ氏、聞こえていたら応答してくれ。繰り返す。こちら、アズマ……」


 暫く呼びかけを続けると、雑音混じりの音声が入ってくる。


「こちら、ソゴウ。どしたん、アズ君?」


「ソゴウさん? 良かった、捕まって。例のパーカーの少女を保護しました。栄養失調気味だったので、食事を摂らせています」


「おお! やるじゃん、アズ君。流石ムーンシャイナーだね」

密造酒業者ムーンシャイナーは関係ないでしょ」


 アズマが呆れ声を返すと、スピーカーからツボに入ったような笑い声が響く。やはり酔っているのか、ソゴウの軽口は続いた。


「お酒は上げちゃダメだよ、私が買う分がなくなっちゃうから」

「そういうのはキチンと支払いが出来る人の台詞ですよ!」


 無線の向こうから「むぅぅ」という唸り声がする。


「それで、件の少女ですが、サトウさんのコミュニティに引き渡す方向でいいですか?」

「うん、そだね。多分保護者は死んでるか、やばいやつだろうからね」


「ヤバイやつ?」

「北関東のコミュニティは、結構やばいのが多いんだよ」


「どういう意味ですか?」


 声のトーンを落として尋ねると、ソゴウも咳払いをして声色を変える。


「アズ君、彼女に怪我はなかったかい?」


「いや、まだ確認していませんが……」


「今すぐ確認しておいで」


 アズマは無線機を手放し、自室へと戻る。部屋の中では缶詰を食べ終わり、ペットボトルの水を懸命に飲み干そうとするナギサの姿があった。


「おっ、ちゃんと食べたな」


 声に振り返ったナギサは、恥ずかしそうに俯いて呟く。


「あ、ありがとうございました……」


 アズマは頭を掻きながらナギサに尋ねる。


「言いたくなければいいんだが……君の身体に外傷はないか?」


「がいしょー?」


「……すまない、怪我とか病気がないかを知りたいんだ」


「えと、ちょっと待ってください」


 ナギサはパーカーを脱ぐと薄汚れたTシャツ一枚になった。服も身体も、かなり汚れている。しかしアズマの目を引いたのは、そんなものではなかった。成長期の細腕に、楔形文字にも似た刻印シンボルがあったのだ。


 三角形の象徴シンボルの中に66の数字。アズマは動揺した。タトゥーではない、焼き印だ。焼き鏝によって刻まれた、決して消せない痕跡。


 終末世界に生きているせいか、アズマは大抵の事では激高しないが、流石にコレ・・には言葉を失った。


 正気か!?

 これをやった連中がこの世に存在する……そうした事実が、頭にこびり付いて離れようとしない。


「大きな怪我は無いみたいだな……もし良かったら、チャパティも食べるか?」


 露骨に話題を逸しながら、温くなったスープと手付かずのチャパティをナギサに押し付ける。とにかく、声と表情が強張らないようにするのに必死だった。


 すぐさま踵を返して、無線に向かって小声で話かける。


「ソゴウさん、ソゴウさん、聞こえますか」


「聞こえているよ、どうだった?」


「三角形に66のシンボルです」


「え、どういうこと……?」


「焼き鏝を腕に押し付けられてたんですよ」


「ええぇぇ……」


 無線の向こうにいるソゴウの声も小さくなっていく。アズマが不安に駆られる中、思い詰めたような低い声がスピーカーから流れた。


「最悪だよ、アズ君……。その子、『レッドピラミッド』の子供だよ……」





ここは安全な場所なんでしょうか……?


『終末世界の少女』より

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