ムーンシャイナーの日常
スモッグの掛かった淀んだ空と赤茶けた太陽。
かつて空は青く澄んでいたらしいが、アズマは写真でしか見た事がない。
曇天の下、悪路に身体の芯まで揺らされながら人造の谷間を疾走する。
『爆撃区域』――谷間を形作る瓦礫の山、傾いた電柱と切断された送電線の束。大戦時の爆撃で破壊された商業区画。しかし爆撃によって埋もれた建物の下には、手つかずの発掘品が眠っていることがある。労力次第で戦前の遺物を入手できるため、『流れ者』たちにとっては生計を支える拠点となっていた。
そして今、アズマの目的地は『爆撃区域』を抜けた先にあった。
爆撃の痕跡が薄れ、無秩序に自生する植物ばかりが目立ちはじめた頃、おもむろにエンジンを切ったアズマはバイクを押し歩き始める。余所者に尾行されるのを警戒しての行動だ。
通貨や店舗が存在しないこの世界で生活物資や移動手段を奪われれば、たちまち死活問題となる。
“襲われて後悔するより、襲われない対策を!”
そんな金言を思い浮かべながら進む視界に、ようやく見慣れた建物が映る。戦前は消防署と呼ばれていた廃ビル、そこがアズマの『アジト』だった。
割れたアスファルトから延びた茂みにバイクを隠し、蔦で覆われた消防署に近づく。
入り口の南京錠3つを外し、素早く中に身体を滑り込ませれば、一階部分はガレージ。二階部分にはアズマが寝泊まりする居住スペースや作業場と、酒やその原料を保存するための保管庫がある。
アズマがここをアジトにしている理由は幾つかあるが、ガレージに放置された消防車の存在が決め手だった。
この世界は水が放射能汚染されているので、安全な水を確保する必要があるのだが、ここにある消防車6台のタンク内には約12000リットルもの清浄水が蓄えられている。
水は酒作りには絶対に欠かせない。phの低い大量の水があれば、どこででも良質な酒を造ることが出来る。それ故に水場の近くに居を構えるのは
堅牢で手頃な広さのアジト。唯一不満があるとすれば、密造酒の原料となるトウモロコシ畑まで2kmの距離があること位か?
アズマは軽い足取りで二階に駆け上がり、一昨日洗浄したドラム缶の蓋を開け、濾過器を経由させた消防車の水を注ぎ込む。ドラム缶の8分目まで注いで、薪に新聞紙で火をつけた。
「
法の支配が及ばない終末世界を皮肉ったアズマはニヤつきながら、長い煮沸作業の合間に夕食を作り始める。
交易で手に入れた鯖の水煮缶と畑で採れたジャガイモ。それらに塩とコンソメを合わせてスープを作る定番メニュー。できれば肉も欲しいところだが、以前に入手した鹿肉のジャーキーは食べ尽くしてしまっていた。
肉代わりにトウモロコシ粉から作ったチャパティをフライパンと焚火で温めると、それをパン替わりに食べる。ペラペラの薄い皮でも意外と満足感があるものだ。
鯖とジャガイモのあっさりとしたスープに、温めたチャパティの夕食。低カロリーで薄味だが、スプーンで鯖を解しながらスープを啜ると、朗らかな魚の風味が口に広がり、アズマの空腹を満たしていく。
「いつもながらイケるな」
だが、暖かい食事がもたらした満足感は背後からの金属音で一気に崩れ去る。
一瞬でベルトからリ
「誰だッ!!」
怒声と銃口を突きつけられた相手は身を竦めたまま固まっていた。
アズマは探るように侵入者を観察する。ガリガリに痩せ細った少女。黒いパーカーを着ており、歳は12~13くらいだろうか?
フードから覗く長い髪の毛は、あまり日に当たっていないのかメラニン色素が薄く、灰色の混ざった白に近い。
「お、おなか空いた……」
表情を引き攣らせ、おずおずと口を開いた少女から空腹の爆音が鳴り響く。
余りにベタな状況の中、予想外の侵入者は恥ずかしそうに俯いて視線を落とすのだった。
*
アパラチア山脈の芸術を生み出すことが、俺の酒造りのモチベーションになってる。
『とある密造酒業者』より
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