終末世界のムーンシャイナー

論田リスト

この国もうおしまいだよ

 最近、人間に会ったのは何日前だったろうか?

 厳密には生きている人間に会ったのは何日前だろうか?


 大型オフロードバイアフリカツインクに跨がる青年は、瓦礫の山の間を縫うようにして移動していく。

 ヘルメット奥の目を細め、アクセルとギア操作を繰り返しながら、遮る障害物を器用にすり抜ける。朽ちた建物と瓦礫に埋もれた道路らしき痕跡、視界の先まで続くのは崩壊した街並みだ。


 半世紀も前に核戦争で破壊されてしまった世界。しかし戦後生まれである青年には、この風景こそが産まれた時から馴染みのモノだった。


「おお!! アズくーん! 久しぶりぃ!!」


 青年が突然掛けられた声に反応してアクセルを緩めると、ゴツいフロントグリルを取付けた中型四駆車SUVが横目に入る。その運転席から、サファリハットを被った女性が手を振っていた。


 年齢は20代中盤、長く伸びた髪はサイドテールにして横に流している。顔立ちは所謂たぬき顔だが美人の範疇。服装は地味なアウトドア用の衣類を着崩した格好で、『流れ者』の典型的なファッションだった。   


 彼女の姿を見た瞬間、バイクの青年”アズマ”は呻き声を漏らす。


 ―――うげっ、ソゴウ・ミズキだ……。


 バイクを低速に落としたアズマはSUVの元まで向かうと、エンジンを切らずにフルフェイスヘルメットを脱いだ。


 髪は灰色に近い黒色、年相応の若い顔だちが露出するのを待たずに、女性がアズマへと駆け寄って来る。彼女は手袋を着けた手を軽くふりながら、明るい声でいった。


「やっほー! 元気してた~?」

「まぁ、元気でしたよ、一応はね」


 挨拶もそこそこに、ソゴウ・ミズキはアズマの背負っているバッグを舐めまわすような視線で見つめ、コソコソとした小声で言った。


「ねえ……。新作、あるんでしょ……?」


 アズマは密造酒製造を生業とする青年だった。


 サファリハットの若い女性”ソゴウ・ミズキ”は顔見知りというべき顧客の一人だったが、酒癖が異常に悪く、完全にシラフの時でなければ気が許せる相手ではない。


「“新作の密造酒シルバー・ラム”だったら砂糖15kgでいいですよ」


 それは法外な値段だった。価値のなくなった紙幣に代わり、現物交換が主流になった戦後の世界。実際の相場では一瓶当たり砂糖5kgが妥当な価格。


 微妙に距離を取るアズマの口から出た台詞にソゴウ・ミズキは慌てて聞き返す。


「えっ、高すぎない……?」

「ガソリン10リットルでもいいですけど」


 以前、試飲と称して酔っ払った挙げ句、自信作を飲み干された恨みをアズマは忘れてはいない。


「高すぎるよぉ! アズくんのケチぃ!」

「ならお酒は控えることですね」


「そ、そんなぁ……」


 食品や生活用品だけでは満足せず嗜好品を欲してしまう人間の性に、アズマは苦笑いを浮かべる。


 がっくりと肩を落とす姿を少しだけ不憫に思い、アズマはウィスキーを鞄から取り出した。これは自分で作った密造酒ではない。文明崩壊前では『トリス』と呼ばれていた発掘品の安酒だ。


「これなら砂糖2kgか、塩5kgで譲ってあげますよ」


 手持ちの物資が少ない流れ者との交流のために持ち歩いていた安酒だったが、ちょうどいい相手だ。アズマが蒸留酒の角瓶を受け渡すと、ソゴウは飛びつくようにウィスキーを掴み取る。


「えへへ、やった。アズ君大しゅき……」

「うわぁ……」


 ダメ人間の表情を浮かべるソゴウ・ミズキを前にして呆れ顔を浮かべるアズマ。


 取引成立。素早く代金代わりの砂糖でパンパンになった鞄を背負い直すが、大事そうに角瓶を抱えたソゴウ・ミズキが思い出したように話かけてきた。


「あっ、待ってよアズ君。最近小さい女の子見なかったかい?」

「女の子ですか……?」


「うん、ちょっとガリガリでパーカー着た女の子。年は12か13くらいかな?」

「それが何か?」


「一人だったのが気掛かりでさ、声を掛けたんだけど逃げられちゃった。もし見かけたら一報ちょうだいっ☆」


「見つけたら連絡しますよ」


 アズマは再びヘルメットを被り、空吹かしさせたエンジン音に負けないよう大声をあげる。


「ソゴウさん、俺が言うのもなんですが、お酒控えたほうがいいですよ!」

「あはは! 地球最後の日が来てもやめないよ。出来れば次は君の造った酒を買いたいし、またヨロシクね」


「はは、毎度あり……」


 含み笑いのまま小声で呟くと、アズマはバイクを瓦礫の谷間に急発進させる。ソゴウのペースに調子を狂わされっぱなしだったが、数日ぶりの会話らしい会話に気分は高揚している。


 更には予定外の砂糖も入手できた。となれば『ムーンシャイナー』であるアズマがやるべき事は一つだった。


「おし、帰って酒造りだ」





月明りの下で作る密造酒こそが《ムーンシャイン》だ。

昔は電気もなかったし、外にある明かりと言えば月くらいだったからな。

誰が言いだしたのかは知らないが、いつの間にか密造酒は《ムーンシャイン》と呼ばれていた。禁酒法の時代にはバカでかい金塊みたいに需要があったよ。

だから俺たち《ムーンシャイナー》は、いつでも大忙しだった訳さ。


『戦前のムーンシャイナー』より

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