第4話 親子

 

 車窓からの景色はどんどん青さが増していく。小学校の校歌では自然の豊かさを讃えられ、実家の回りは田んぼだらけ、夏には蛙の大合唱だ。

当然、近所にプライベートは筒抜けで、麻梨奈の今日の帰省も井戸端会議の話題提供に一役買っていることだろう。そんな閉鎖的な田舎が大嫌いで理由をつけて実家を出た。

                                  

「次は八本松。八本松です」


 車内アナウンスが降車駅を告げる。

 麻梨奈は膝の上に投げ出していたリュックサックの肩紐を通し、切符を握り直した。

見慣れた景色の中、電車がゆっくりと速度を落としていく。高校時代は毎日見ていた景色も、今となっては懐かしい。


開かれた扉から踏み出すと、広島駅で感じたものと同じ熱気が肌を焼く。ゴロゴロとキャリーケースを引きずって、なんとかエレベーターに乗り込むと襟元を掴んで風を送り込んでみる。やはり暑さは変わらない。


改札を出ると、目の前のロータリーに父の白い車が停まっていた。近づいて窓の近くで手を振ると、気づいた父が無表情のまま窓を開けてくれた。


「荷物トランクに積むか?」

「荷物は後部座席に積むけん大丈夫」


 そう断ると麻梨奈は後部座席のドアを開け、足元にキャリーケースを放った。そのままドアを閉めると助手席に乗り込む。


「人多かったか?」

「うん。家族連ればっかだった。ちょっと風強くしてもいい?」


 アクセルを踏み込んだ父から了承をもらうと、麻梨奈は風圧を最大まで上げた。


「あっつ。黒着るんじゃなかったかも」

「新幹線の中は、そがに暑いことなかろう?」


 暑がる麻梨奈に、父は不思議そうな顔をした。


「いや、電車降りてからだって。広島駅は意味分からんことになっとるし、荷物重いし暑いしでヤバすぎ」

「綺麗になっとったろ」

「京都駅みたいんなったね。お婆さん迷子だったし、自分も迷子んなるかと思った。母さん一人で歩けんのんじゃない?」


 方向音痴の母は、迷子になるからと父がいないと遠出をしない。


「あ、母さんも姉ちゃん達もみんな家おるけんの」

「分かった。お土産あーちゃん達が好きそうなのにしといたよ」


 思い出したように父が呟く。

 麻梨奈には姉が2人いる。マイペースな長女の美緒奈と、サバサバした次女の明希だ。


「盆までみんな休み?」

「父さんだけ」

「そっか」

 それきり、家に着くまで会話は途切れてしまった。無口な父にしてはよくしゃべった方だった。

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