第2話 不安

 本当は少し怖かった。変わり行く地元に置き去りにされたような、疎外感に似たものを感じていた。

 しかし、この慣れ親しんだホームだけが、そっと麻梨奈の手を握ってくれた。電光掲示板の表示を見て母に連絡すると、OKサインのスタンプが返って来た。


 ふと思い出して、開いたままの緑色をしたSNSで幸太の兄、翔太のトーク画面を呼び出した。


(明日、開いてますか。京都から戻って来たので、お話しに行きたいです。)


 幸太にはいつでも会える。

 しかし、実家を出ている翔太は店でしか会えない。盆休みに入る前に土産を渡しておきたかった。

 かといって、帰省してからのスケジュールは全く決めていない。行き当たりばったりに翔太へ連絡してみたが、駄目ならそれで構わなかった。話したい気持ちはあるし土産の賞味期限は気になるが、盆休み前なら特に明日である必要もなかった。


 さて、どうしたものかと呆けていると、スマートフォンが翔太からの着信を告げる。麻梨奈は慌てて通話ボタンを押した。


「っはい。吉岡です」

「翔太です。ごめんね。吉岡くん、今大丈夫だったかな」


 “吉岡くん” 翔太は麻梨奈のことをそう呼ぶ。それは、彼女が家族や幸太にすら打ち明けていない秘密が由来する。


「はい。自分は大丈夫なんですけど、お店大丈夫ですか」

「あ、うん。今は落ち着いてるから大丈夫だよ」


 電話口の翔太は穏やかな標準語を話す。背後にはBGMが聞こえる。おそらく営業中の店内からかけきたのだろう。


「そっか。なら良かったです」

「ありがとう。明日なんだけど、店開けてるからいつでもおいで。甲斐田がいるけどコタも呼ぶ?」


 翔太は弟の幸太をコタと呼んで可愛がっている。今年二十歳になる彼は兄からの子供扱いがむず痒いようだが、翔太はお構い無しだ。


「いえ、甲斐田さんは大大丈夫なんですけど、幸太はいいです。翔太さんに聞いてほしいことあるし」


 甲斐田は翔太の店の従業員で、彼の高校からの友人だそうだ。明るく誰とでも仲良くなれる好青年だ。


 

Assent には1つルールがある。

それは相手を否定しないこと。店員と客の双方を守るために、オーナーである翔太が考えたものだった。



 そのルールが守られる店内で、旧知の幸太がいない空間でしかできない話が麻梨奈と翔太にはあった。決して幸太と仲が悪いわけではないが、そんな理由から彼に帰省の連絡をしていなかった。


「分かった。明日はコタが店に来ないようにしておくね。安心しておいで......、ここは『Assent』だから」


 電話口で翔太が笑ったような気がした。その柔らかさに、麻梨奈はいつも救われる。自分が存在しても許される世界なのだと......。

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