My name is...
チャールズ豆田
第1話 帰省
キャリーケースを引きずり新幹線を降りれば、熱風が頬を撫でる。
夏休みで混み合うホーム。涼しかった車内とは一転、湿り気を帯びた熱が黒のセットアップに降り注ぐ。
吉岡麻梨奈は大学の夏休みを利用して、進学先の京都から実家のある広島へ帰省してきていた。気休め程度に6日の喧騒を避けようと7日......、8月7日に帰省してみたものの、状況は大して変わらなかったようだ。
「あっつ。黒じゃない方が良かったなぁ」
麻梨奈はホームのベンチへ歩み寄ると、土産袋をどさりと下ろした。
ベリーショートの茶髪を耳にかけ、パンツのポケットからスマートフォンを取り出す。電話帳から母の名前を呼び出すと、数回コールした。
「もしもーし、麻梨ちゃん着いた?」
間延びした母の声に安堵する。
「うん。広島駅ついたよ。マジくそ暑いんじゃけど」
「女の子がくそなんて言わんの。まだ7日じゃけん、お盆過ぎれば涼しくなるじゃろ」
「だといいんじゃけどね」
首もとを引っ張って風を送ってみるが、期待したほどの涼しさは得られなかった。
「幸太君のお兄さんのお店寄ってから帰るん?」
立花幸太は中学・高校と同級生で、彼の兄が橋本町でカフェ『Assent』を経営している。2人で同じ高校に進学してからは放課後に彼と店に入り浸っていた。彼ら宛の土産は買ってある。
だが、今日はリュックサックを背負い、キャリーケースと土産袋が両手を塞いでいる。
「いや、荷物重いし今日は行かん」
「そう、電車乗る時間分かったら連絡して。お父さんが迎えに行ってくれるけん。白い車ね」
「分かった。ほいじゃあね」
電話を切ると、麻梨奈は近くのエスカレーターを下る。周りはにぎやかな家族連れが多く、彼女のように単身で荷物を抱えている人はまばらだった。実家の最寄り駅までは在来線で30分、そこから更に車で20分程走らなければならない。
改修工事で様変わりした駅に戦きつつ、ホームの番号を探して辺りを見回す。以前はなかった改札内のコンビニやカフェ、新しくなった改札。その奥に7・8と書かれた鮮やかなオレンジを見つけて安堵した。まるで浦島太郎だ。
不安げに辺りを見回す年配の女性の横を通り過ぎ、麻梨奈はまたエスカレーターを下る。改札口とは打って変わって、少しくたびれた在来線のホームに出た。道案内ができる程に駅の構造を把握していない。今しがた自身が迷子になりかけたばかりだと言うのに......。
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