エピローグ①
私は有給を取った。消化出来てないという事で、1日だけ平日休みとなった。
道の駅に真っ赤なオープンカーを停めると、よく話しかけられる。コンビニでも同じく。声をかけてくるのは主に中年のおじさまだ。
気を良くしたおじさまと私、オープンカーとでスマホの写真をタイマーを使い撮影する。
一応、オープンカーと景色を撮影するのがメインだ。
それを、オープンカー専用に作ったSNSに上げる。
バイクのアカウントは消していない。色々あったけれども、楽しい思い出も沢山ある。
***
「ちょっとあなた」
仕事帰りの車の中で、先生が訝しげに私に声をかける。先生は高速道路で車を走らせる。
「何ですか先生」
「SNSで中年男性と映っているのを見たけれども...」
「はい」
「誘われたりしないの?」
うーん、と私は考える。
「カフェでケーキセットをご馳走になった事はありますが、SNSのアカウント教えただけです。お持ち帰りはないですよ」
はーっ、と先生はため息をつく。
「それは完全にナンパよ。誘われているのよ。わからないの?寝なければいいってわけじゃないのよ」
私は人の気持ちに関しては鈍感なのだ。仕事とはまた別だが。
「ごめんなさい」
私は先生に素直に謝る。
「わかればいいのよ。由紀」
私はハッと息をのんだ。先生は私を名前で呼んだのだ。初めて。
「いつまでも小林さんじゃ堅苦しいでしょう。私の事も名前で呼んでみて。」
「結菜さん」
私はドキドキしながら名前で呼んだ。
「さん...まあまあね。職場じゃ今まで通りの呼び方で良いでしょう?」
「混同しそうですね」
「あなた、まだまだ修行が足りないわね」
結菜さんはふふふと笑った。
結菜さんの車が自宅の駐車場に到着する。ぐるぐると回って坂を降り、駐車スペースに停める。
エレベーターを上り、41階に到着する。
結菜さんの玄関に入ってドアを閉めると、彼女は私の肩をドアに押し付け、壁ドン状態にした。結菜さんは無理やり私の唇に結菜さんの唇を押し付けようとした。
「先生、無理やりは止めてください。パートナーでも無理やりは立派な犯罪ですよ」
結菜さんは腕の力を緩め、顔を遠ざけた。
「私が悪かったわ。どうかしていたみたいね。怖かったでしょうに」
結菜さんには、少々強引なところがある。良くも悪くも魅力的なのだが。
結菜さんは靴を脱いで部屋へ上がり、うがい手洗いをしてからリビングのソファーに座り込んだ。
「結菜さん、私は夕食を作りますね」
「ありがとう、いつも悪いわね」
「結菜さん、さっきは何で急に玄関であんな事をしようとしたんですか?」
私はエプロンをすると、先生が口を開いた。
「あなた全然わかってないわね。ちょっとここに座ってくれる?」
結菜さんはソファーを指差した。
「何も、取って食おうとしないから」
私はエプロン姿で先生の横に座る。
「あなたは本当に鈍感ね。それを自覚してくれる?私はあなたがオープンカーでドライブするのにどこへ行こうと構わないけれども...。縛り付けるつもりもないし。でもね、心配なのよ。」
結菜さんは一呼吸おいた。
「あなたの髪の毛に触れてもいい?」
私は頷いた。
先生が私の頭を撫で、手ぐしで髪の毛をとかす。とてもいい気持ちだ。私はとろんとなってきた。
「さてと、食事の支度をしないと」
結菜さんは手を離した。
このままでは無限ループだ。
結菜さんは私より疲れているだろうから、夕食は大抵私が作る。栄養面でも自炊は大切だ。
結菜さんはテレビをつけてぼそっと呟いた。
「私のほうが独占欲が強いのよ。あなたは弱いみたいだけれども。」
私には内容までは聞こえなかった。
食事を終えた後、私達はソファーでテレビを観ながらのんびりとしていた。
「ところで...由紀、一緒に暮らさない?」
今もほとんど結菜さんの家で過ごしており、一緒に暮らしていると言っても過言ではないけれども...。
私にはまだ決心がつかない。通い婚みたいな感じだからまだ自由があるが、本当に引っ越しをしてまでして暮らすという事になると、結菜さんは自由をくれるのか?息が詰まりそうにならないのか。
「心は揺れると思うけれども、じっくりと考えてみて...」
結菜さんは覇気のない声で呟く。
「私にはまだ決心がつかないんです。よく考えてから結論を出しても良いですか?」
「わかったわ」
先生はテレビの方を向いた。
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