エピローグ②

 結菜さんと同棲か。

 誘ってくれて嬉しい。


 普段の結菜さんは私よりも情緒が安定していて優しいし、居心地が良いのは確かだ。

 ただ、急に性交渉に及ぼうとしてきたりする。私の心の準備ができる前に無理やりだ。

何でそうしてくるのか、考えてもわからない。それだけが怖い。


 結菜さんは必ず私のSNSを見ている。それの善し悪しで性交渉に及ぼうとするのは確かだ。

 今までの傾向と対策から、人が映っている写真は鍵付きアカウントにするかどうかも検討している。




***

 


 私は熱を出した。

 インフルエンザと診断された。

 良くも悪くも、私はたまたま結菜さんのマンションにいた。結菜さんはたまたま当直だ。このままじゃ感染うつしてしまう。


 私は朦朧とした意識の中で荷物をまとめようとしていたらしく、服が散乱していた。


 イナビル吸入薬で、熱は1日で解熱した。解熱後3日間は出勤してはいけないのだが、職場の師長さんの判断で一週間有給を取るように言われた。


 「馬鹿ねあなた。家族に感染者が出たら、検査で陰性でも予防的に薬をくれるのよ。その体で逃げようとしても無駄よ。私に移したくないのか、単にここにいるのが嫌なのかわからないけれども」


 翌日。


 熱は下がったのだが、どうも食欲がない。

 

 「お粥、素麺、うどん、どれがいい?」


 私はうどんを選んだ。

 結菜さんは夕食はキッチンに立つ事はほとんどないけれども、この日は違った。

 結菜さんは優しい。つくづくそう思う。

 温かいうどんがベッドの近くのテーブルまで運ばれてきた。


 「食べさせてあげようか?」


 私は弱っているせいか、結菜さんのご厚意に素直に従う。首を縦に振った。


 「あら珍しい。あなたがこんなに素直だなんて。明日は嵐ね」


 結菜さんはうどんをレンゲですくうと、ふーっと息を何回もかけてから私の口へと運ぶ。私がそれを飲み込むと、結菜さんはにこりと笑みを浮かべる。


 「可愛い」


 結菜さんはぼそりと呟く。


 全て食べた後、結菜さんは私の顔を見て確かめる。


 「髪の毛を触ってもいい?」


 私は頷くと結菜さんが頭を撫で、手ぐしで髪をとかす。

 その動作があまりにも気持ちよくて、私は目をとろんとさせる。

 ずっと手ぐしでとかし続ける結菜さん。

 以前なら有無を言わさず性交渉に及んでいたところだが、結菜さんはそこから先に踏み込んで来ない。


 「私が何度も同じ事をすると思う?いい加減学習したわよ」


 私は結菜さんにもっと触れて欲しい。病み上がりで弱っているせいなのか、甘えん坊になっている。


 「結菜さん、もっと...」


 私は結菜さんの手に触れるだけのキスをする。

 

 「今日は甘えん坊ね。いつもそうだと良いんだけれども。流石に、病人相手に襲ったりはしないから安心して」


 結菜さんが当直の日、私はとても心細かった。インフルエンザと診断されて、イナビルを吸入したあの日。

 私の自宅で同じ境遇に置かれていたら、結菜さんに来てくださいと言って困らせていただろう。


 「結菜さん」


 「ん?」


 「私は結菜さんと一緒に暮らしたいです。返事が遅くなってすみません。」


 結菜さんは微笑んだ。


 「病み上がりに決めごとはしないほうが良いから、元気になったらどうしたいかおしえてね」


 結菜さんは本当に優しい。こんな優しい人との同棲を断ろうとするなんて、私の心はすさんでいたのだろう。

 



 

 

 

 

 

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