第7話 桜井先生の視点

 バイク用品店で必要な物を購入させられて...。いや、小林さんが私の分を購入しようとしていて、慌てて私が会計を済ませた。

 バイクに関する事については、小林さんは熱心で...。

私の手を引いてみれば、ヘルメットの装着・脱着をしてもらったり、グローブコーナーで私と手のひらを合わせたり。バイクに関しては、小林さんはスキンシップが多い。でも、本人は自覚はないだろう。

 挙げ句の果てには、小林さんが試着で私のブーツを履かせたり。そのくらい自分で出来るのだが、やって欲しいという感情が勝った。椅子に座っている私が前のめりになっている小林さんを眺めると、靴を舐めてくれたらと思ったり、何とも言えない変な気分になる。

 

 ツーリング前日、私は緊張して深く眠れず、うつらうつらしていた。明日の事が楽しみで。

 当日、タンデム初挑戦となった。

 バイクに跨がると、胸とお腹が、腕が小林さんに密着した。タンデムバーにつかまっても良いですよと小林さんに言われたが、この密着度が心地よかった。

 下道を走っている時はそうでもないが、首都高はとても怖かった。週に5日は車で首都高を走るが、バイクでは未経験。急カーブが沢山あって合流もあり、Gがかかる。私は小林さんの体を抱きしめるのに必死だった。

 首都高でも高井戸インターまでくれば殆ど直線なので、私は安心した。八王子インターまで中央道を走り、下道へ出た。

 本当は圏央道を走れば早くて楽だろうに、私の事を優先してくれたようだ。

 タンデムで高速道路に慣れたら、もっと遠くに行けるかもしれない。


 どうしみち手前のセブンイレブンのテラスで休憩していると、他の場所で休憩していた人達がチラチラとこちらを見ていた。

 女性2人のタンデムは男女に比べたら珍しいだろうし、何にせよ小林さんのルックスの良さ。亜麻色のサラサラの長髪にライダーズジャケット、長い足にスタイルの良さ。身長は私と同じくらいだけれども、もっと高いのではないかと錯覚する。

 そして、800ccのバイク。石川パーキングでも小林さんは話しかけられていたが、これだけ排気量のあるバイクを乗りこなせる女性はそうそういないだろう。そういう意味でも相当目立つ。

 しかし、小林さん本人は自覚がない。この人はバイク馬鹿であり、頭の中はツーリングで一杯だ。

 これではナンパし放題され放題だろう。

 いちいち嫉妬していたら身が持たない。そう割り切る事にした。


 どうしみちを走っている時、私達はたわいのない雑談をしていた。小林さんはバイクに対してのうんちく、私は車の話。お互いに、まるで興味がなさそうだった。

 雑談していたらあっという間に道の駅どうしに着いた。どうしみち手前のセブンイレブンから24kmと書いてあったので、30分くらいで着くかと思ったらクネクネ道が多く、実際には制限速度を下回ることも多かっただろう。

 道の駅どうしに着くと、小林さんのSNSにあがっていた頭を剃ったおじさまが声を書けてきた。

 小林さんと仲の良い人なのだろう。私は挨拶をし、記念撮影をしてもらう。


 小林さんからは、SNSに載せる時は顔出しNGにしますと言われて、そこは訂正した。むしろ、私の顔が上がっていたほうが好都合だ私は思った。


 昼食は富士吉田で吉田うどんを食べましょうと言われた。吉田のうどんといえば、麺は固く、馬肉と茹でキャベツが乗ったソウルフードということは知っている。

 看板をちらりと見ると、500円くらいで食べられる。良心的な価格だ。地元の客も多いのか駐車場はほぼ満車状態で、バイクは自転車の駐輪場に停めた。

 吉田うどんが運ばれてきて、私はそれを食べる。ツーリングで小林さんにお金の心配をさせたくない。寧ろ、私が全部だしてあげたいくらいだが、小林さんは頑なにそれを拒む。そんな事を考えながら、吉田うどん一杯を平らげてしまった。


「苦手でしたか?こういうの。」


 小林さんが私の顔を覗き込む。

 食堂のうどんよりも断然、美味しかった。


 私達が忍野八海を歩いている途中、小林さんが提案する。時間稼ぎをしませんかと。私をカフェに連れて行きたいと。

 富士五湖にあるカフェなんて高いだろうし、当初の山中湖観光と富士吉田のうどんで良いのではないかと私は提案する。

 帰りに私達は道の駅どうしの向かいにあるたい焼き屋さんに行き、小林さんはバナナカスタード、私は小倉あんを選んだ。お茶と一緒にたい焼きを食べる、これで私は幸せだった。

 世の中、お金はあったほうがいいけれどもお金だけじゃない。

 人の心はお金だけでは買えない。

 私が婚約者になびかないように...。

 小林さんの心をお金では買えないように...。

 

 豊洲のマンションでの別れ際、私は小林さんに高速道路代と称してお金を払おうとしたが、首都高もツーリングに入っているのでいいですと言い、もらってはくれなかった。

 私は、また今度誘ってねと言うと、小林さんは微笑んでバイクに跨がり、私に向けて手を振った。

 平日になればすぐに小林さんに会えるのに、私は寂しかった。小林さんが見えなくなるまで、私はその姿をずっと見つめ続けていた。

 1時間後、小林さんからスマートフォンで私宛てにメッセージが届いた。


「無事帰宅しました。今日は楽しかったです。また一緒にツーリングしましょう。」


 私は、「こちらこそありがとう。別れ際が寂しかったです。」と打ち送信しようとしたが、その文章を消した。

 


 

 

 


 

 


 

 

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