第8話
ここは採血室。
院内の患者様の午前中の採血を終えた私は、ピンクに花柄の入ったエプロンをハンガーにかけた。食堂へ行こうとすると、ドアの前で桜井先生が腕を組んで待っていた。
「今日も一緒にご飯食べましょう。」
「先生、VVRの患者様がいたらどうするんですか。私には交代で休憩をとるという選択肢がありますが、先生の代わりはいないでしょうに。」
「時々ドアを開けて覗いているから大丈夫。」
「先生は午前中の仕事はどうしているんですか?だいたい、なぜ外来がこんなに早く終わるんですか?」
月曜日は先生の外来だ。
「私、仕事早いのよ。」
先生と一緒に食堂へ行って昼食を取る。
これは日課みたいなものだ。
今日の定食は、ハンバーグ定食、唐揚げ定食、
「私はハンバーグ定食。あなたは?」
「私は唐揚げ定食にします。」
食券をトレイに乗せ、手前から奥に滑らせていくと、食事が次々に出てくる。唐揚げ、ご飯、味噌汁にデザート。
2人でテーブルを囲って椅子に座り、いただきますの挨拶をする。
「あなた、早速SNSにアップしたのね。あなたのスマートフォン、凄く綺麗に写真が撮れていて驚いたわ。私のお肌も綺麗に。」
「先生、やっぱりオン・オフで人格違いますよね。」
先生は口の中のハンバーグを飲み込んでからこう言った。
「私の場合はオンオフで人格が違うわけじゃなくて、オフでは出不精で人と関わるのが億劫になるだけよ。あなたは、オンオフがあまり変わらないわね。」
「私はツーリングに行くことでテンション保ってます。」
「梅雨みたいに長期間天気のぐずついている時はどうなるの?」
先生は不思議そうに私を見た。
「そういう時は、週末の天気予報を確認して、一時間だけでもいいから乗ったり、ツーリングの本を読んで次回へのプランを立てて仕事へのモチベーションを維持したりしています。」
「大雨や台風で一時間さえ乗れない時はどうしているの?」
先生が意地悪そうに突っ込んでくる。
「最悪、バイクのメンテナンスをします。」
「あなたって本当、バイク馬鹿なのね。」
先生はため息をついた。
「少しは家でダラダラしたり、車でドライブしたりしてもいいんじゃない?」
先生は苦笑いした。
「先生、私はマグロみたいな回遊魚と一緒なんです。泳ぎ続けていないと死んじゃうんですよ。」
「私のオンオフより酷いわね。生きていて疲れない?」
私は少しむっとした。
「それってカウンセリングかなにかですか?」
先生は、まあまあ落ち着いてと両手の平を私に向けた。
「そんな感じだと、彼氏出来ないわよ。」
「私、バツイチなんですよ。」
えっ、と先生は驚いた顔をした。
「私は26歳で結婚したんです。でも、一年後に離婚しました。元旦那は、私には働かないでいいと言っていたんです。いや、働くなに近かったです。もちろん、ツーリングも禁止でした。禁欲生活ですよ。私を家に閉じ込めておきたかったみたいです。」
「それは回遊魚には厳しいわね。」
「私を馬鹿にしているんですか?」
その時、PHSが鳴る。端的に指示を出し、電話はすぐに終わる。こういうところは、脂の乗った年齢なんだと思う。私は先生のこういうところを凄く尊敬している。私を茶化す先生も、仕事が早くて出来る先生も...。
「ところで先生、もし今度の土曜日か日曜日、どちらかが空いていたら、ツーリングに行きませんか?」
「良いけど...。」
「でも、先生は婚約していますものね。彼氏優先ですかね。」
「いや、それはいいの。気にしなくて。」
先生の婚約も謎である。幸せオーラが全くないように感じる。先生は多くを語らないから、そっとしておこうと私は思った。
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