第6話
街を走り抜け、道の駅どうし入り口のコンビニの駐車場へバイクを停めた。ここから先はワインディングになるので、私の体調をしっかり整える必要がある。
先生をバイクから降ろし、私もバイクから降りた。まずはトイレと水分補給をした。私はカロリーメイトを購入し、コンビニの外にある簡易的なテラスで一本食べた。
「私には食べないでと言っておいて、どうして小林さんは間食しているの?」
「これからくねくね道が続くので、集中力を高めるために甘い物を口にしているんですよ。」
「話は変わるけれども、空気が綺麗ね。雲のない夜は星が見えそう。」
先生は感心した。
「これからもっと空気の綺麗な場所へ行くんですよ。」
先生は東京都心に住んでいるから、お世辞にも綺麗な空気とは言えないだろう。
「道の駅どうしで休憩をとるつもりですが、大丈夫ですか?」
「何で?」
何でと言われても困る。道の駅どうしには私の仲間がいる可能性がある。
先生は、見知らぬ人と話すの苦手なのではなろうか。
バイクを走らせてすぐにワインディングがある。
「ちょっとここのアスファルト、センターラインないじゃない。」
インカム越しに先生の慌てている声がする。
私のお腹に回された腕の力が少し強くなる。
「ずっとセンターラインない道路が続く訳じゃないですよ。二カ所くらいです。」
「そう...。」
そうかと思ったら、後ろから速いバイクが来たのをミラー越しに見て、ハザードを出して道を譲る。
私には当たり前の光景だが、先生には初体験のものばかりだ。
私は急発進・急加速をしないように気をつけて、時々道を譲りながらトコトコと走り、風を切る。
「先生、このバイクの設計は50年前に遡るんですよ。祖先は、W1(ダブワン)というんです。」
「ふうん。根強い人気があるのね。」
「旧車に乗っているのはマニアな方が多い気がしますけれどもね。このバイクは川崎重工のW800という車種のスペシャルエディションというモデルで、由緒正しいW1のエンブレムが描かれているんです。」
インカム越しに話しながら走ると、時間が短く感じる。
もう、道の駅どうしが見える。
「ここがあなたのSNSで写真が上がっていた『道の駅どうし』なのね。』
バイク駐車場にW800を停めると、菅谷さんが手を振っていた。
「こちらの方は小林さんの友達?」
「同僚みたいなものですよ。」
医師である事は伏せた。
「こんにちは、はじめまして。」
先生は菅谷さんに頭を下げた。嫌な顔はしていない。
「2人の写真撮ろうか?」
「ありがとうございます。先生、良いですか?」
「もちろん構わないわよ。」
私のスマートフォンで2人の写真を撮ってもらう。
「SNSに載せる時には、先生の顔は隠しますからね。顔出しNGという事で。」
「私は別に構わないわよ。顔が出ていても。」
先生は隠すつもりはないみたいだ。
顔出ししている歯科医が知り合いにいるけれども...。
私達はトイレを済ませて、カップの自販機で飲み物を買った。テラスでそれを飲んで小休止し、バイクで道の駅どうしを出た。
山中湖へ行くには、山伏峠という一番涼しい場所を通過する。標高は1100m。先生の春秋用グローブでは少し寒いかもしれない。秋冬グローブも調達すれば良かった。
「先生、私のポケットに手を入れてください。」
「何で?」
「これから一番寒い所を通過します。ポケットに手を入れた方が暖かいからです。」
先生は私の両方のポケットに手を入れた。グローブ越しでもぬくもりが伝わる。私は山中湖へ向かう登り急勾配の道を走っていった。
突き当たりの交差点を右に曲がった。
山中湖は涼しい。
「先生、もうポケットから手を出しても大丈夫ですよ。一番寒いのは、先程の峠だけで。」
「このままがいい。そのほうが落ち着くのよ。」
温もりが伝わると安心するのだろうか。
バイクをさらに走らせると、左手に山中湖が見える。
「湖が見えるわ。綺麗ね、青色してて。」
「富士山は見えます?」
「見えるわよ。頂上のほうまで。」
今日は快晴だ。
富士山がはっきり見えるのは、冬以外滅多にない。
バイクを写真スポットに停めて、私達は降りる。先生は遊歩道の柵に腕を乗せ、考え事をしているようだった。私も遊歩道の柵に腕を乗せる。
「車も良いけれども、バイクも良いと思いませんか?」
「そうねえ、タンデムする分には良いかもね。私は出不精だから、タンデム専門で。」
先生はこちらを見ず、富士山から目を離さなかった。
「先生、写真撮りましょうよ。」
「自撮り棒もないのにどうやって撮るの?」
「私のスマートフォンにはタイマーがあるので、その機能を使って撮るんです。」
バイクをバックに私と先生が前へ肩を寄せて入る。
「三回撮りますからね。」
「一度にそんなに撮るの?」
私はスマートフォンの写真を確認した。撮れている。SNSに上げる写真が増えた。私は純粋に嬉しかった。
バイクで山中湖から富士吉田まで少し下り、吉田うどんの店にたどり着いた。
店内は満席に近く、2席をやっと確保した。
「混んでいるわね。」
「商売繁盛ですね。」
「あなたにオススメを選んでもらうわ。」
私はスタンダードの吉田うどんに、甘辛く煮た太いゴボウのトッピングを選んだ。
このお店の吉田うどんは、味付け濃いめの馬肉の細切れ、ゆでキャベツが乗っている。それに太いゴボウだ。
私は欠かさず写真を撮る。
「いただきます。」
先生と私の声が重なり、吉田うどんを食べる。
馬肉にさっぱりとしたキャベツ、ゴボウがアクセントになり、程よい弾力と固さのうどんが食欲をそそる。
私は満足しているが、先生は無言で食べている。美味しいとも不味いとも言わず、淡々と。
先生の口に合わなかったかな。ソウルフード。先生は全部食べ終わって箸を置き、御馳走様と言う。
「苦手でしたか?こういうの。」
「何で?美味しかったわよ。病院の食堂のうどんよりずっとね。」
食堂のうどんを引き合いに出してきましたか。
もうちょっと驚かせたかったな。
食後、バイクで忍野八海まで行き、駐車場に停めた。
忍野八海にはたくさんの池があり、池の水は透明度が高くてブルーで深く、とても綺麗だった。
「先生。」
「何?」
「次は、山中湖が上から見下ろせるパノラマ台というところまで行きませんか?時間を稼ぎたいんです。」
「時間を稼いでどうするの?」
「先生を評判のよいカフェに連れて行きたいんです。」
吉田うどんの埋め合わせのつもりだった。
「私は、あなたが連れていってくれるのならどこでもいいわ。でも、カフェは当初の予定とは違うんじゃないの?」
先生は優しい。
帰りのどうしみちの途中にある、たい焼き屋さんに寄る事にした。
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