第5話
10月上旬、ツーリングでどこへ行くか、ツーリングマップル片手に計画を立てた。先生はタンデムは初めてだというので、怖くないようになるべく下道で距離の短い場所へ連れて行こうと思った。
今回は道の駅どうしを通過して山中湖を観光し、富士吉田にある吉田うどんを食べるつもりだ。吉田うどんの店は富士吉田に無数にあり、その中でもオススメな店に行こうと。
土曜日の朝、首都高に乗って先生の豊洲のマンションまで私はバイクで先生を迎えに行った。
先生は3シーズンのジャケット を持ち、ヘルメットの中にグローブを入れて、ロビーで待っていた。
「先生、おはようございます。」
「おはよう。」
「先生はタンデム初めてという事なので、なるべく下道で行きたいと思ってはいますがが...。首都高と中央道だけは避けて通れないです。」
「私は平気よ。気にしないで。」
先生はロビーから外へ出て黒いジャケットを着ると、ヘルメットを被り、グローブを嵌めた。膝にプロテクターの入った青いジーンズを履き、踵の低めなバイク用の黒いシューズは自宅から履いていた。
私はバイクに跨がると、両足でバイクを安定させた。続いて、先生が左側からバイクを跨ぎ、ステップに足を乗せた。そして、先生は私のお腹に手を回した。
「先生、体を安定させるには外側にあるタンデムバーを握る方法もありますよ。」
「私はあなたのお腹に手をまわすほうが、精神的に安定するのよ。一体感ってものかしら。」
私はアクセルを回して、W800の回転数を2500まで上げた。これが最大トルク発生回転だ。もりもりと加速する。
私のお腹に手を回した先生は、先程よりも手に力を入れる。
「加速・減速はゆっくりにしますから、大丈夫ですよ。」
インカム越しに先生に話しかける。
都心の一般道をバイクで走り、次は首都高だ。
「先生、首都高に入ります。怖くてどうしても無理だったら、インターで降りるかPAで休憩しますからね。」
「わかったわ。私は大丈夫だから、小林さんのペースで走ってね。」
首都高に入り、ぐっと加速する。先生はさらに腕の力を強くする。先生は怖いのだろう。でも、多分プライドが高いから怖いとは口が裂けても言えないのかもしれない。
首都高を抜け、中央道に入る。
先生の腕の力が緩む。
中央道は、インターチェンジ以外は基本的に真っ直ぐか緩いカーブだから、怖さが半減したのだろう。
中央道の石川パーキングで休憩する。
大きなパーキングで、ガソリンスタンドがない以外は困る事はない。ツーリングに必要な物資は調達出来る。
そしてここは、B級グルメの宝庫だ。
キッチンカーを見ていた先生が呟いた。
「松坂牛の串焼きや、鮎の串焼きがあるのね。」
「先生、ここで食べたら駄目ですよ。後でランチが食べられなくなります。」
「そうね。少し見ていただけよ。」
トイレと水分補給を済ませ、W800の所へ戻る。すると、1人の中年男性がバイク置き場で水分補給をしながら、W800をチラチラと見ている。その中年男性は私に話しかけてきた。
「綺麗なバイクだね。W800に女性が乗っているのは珍しい。重いだろうに。」
先生が眉間に皺を寄せた。突然知らない人に話しかけられるのは嫌なのかもしれない。絆の強いライダー同士では、ごく普通の挨拶だけれども。
「これからどうしみちを通って山中湖へ行くので、先を急ぎますね。」
私も先生もヘルメットを被ってグローブを嵌め、バイクに乗って駐車場から離れる。
「ライダーって、馴れ馴れしい人多いわね。車だとミーティング以外は殆どないのに。」
「そうかもしれませんね。先生はよくミーティングに行くのですか?」
「行かないわよ。そういう話を聞いただけ。休日は基本的には出不精だし、仕事以外では人と話すのは億劫だし。」
先生の意外な一面が垣間見える。仕事での先生とプライベートの先生は全然違う。先生の知り合いはギャップ萌えするかもしれない。先生の婚約者は、先生のそういう面に惚れたのかもしれない。
先生は、両手を私の肩に回した。石川パーキングから本線への合流で加速する。
高速道路の左側を走っていても、すぐに八王子インターチェンジ。中央道から下道へ降り、ETC料金所を通過する。
どうしみちを目指して下道をトコトコと走る。
本来、W800はかっ飛ばすタイプのバイクではない。回せば高速道路で走行車線を苦もなく走る事も出来る。しかし、基本的には景色を見ながらトコトコ走って、風を感じるタイプのバイクだ。
昔、私は別のバイクで私は峠を攻めるような走り方をしていた。特に事故は起こさなかったが、リアタイヤは端から数ミリまで使った。これは峠で攻めている証みたいなものだ。綺麗な路面で一見さんは事故の多い奥多摩周遊道路で、前を走るバイクはハザードを出して私に道を譲り、次々と追い越していった。
奥多摩周遊道路で事故を起こすと、2時間は救急車が来ない。その間に亡くなる人も多い。奥多摩が交通事故死亡者ワースト1なのだ。
今思うと、私のバイクライフは刹那的だったかもしれない。そんな時に出会ったのが、W800だった。W800は私のバイクライフを変えてくれた。
そして、人をタンデムさせる事で私のバイクライフはもっと変わるのかもしれない。
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