第2話

8月も下旬。

取り合えず私は、山梨県にある道の駅どうしに行くことになった。暑いのを覚悟して。

私が初心者の頃にかなりお世話になった持田君という男性のライダーが、私と走りたいという内容のダイレクトメッセージをSNSに送ってきたのだ。

持田君は私より1歳年下だ。彼はわざわざ、埼玉県の幸手から下道2時間かけて待ち合わせのパン屋まで来る。

どうしみちの途中にある、焼き立てのパンが買えて駐車場が広いパン屋さんで待ち合わせだ。私がW800で待ち合せ場所に向かうと、既に持田君は外のイートインの椅子に腰かけて、あげぱんを食べていた。

持田君は背が高く、180㎝くらいあるのではないだろうか。髪の毛は真っ黒で、短髪だがぼさぼさ。よく笑い、よく喋る。そして、よく私を弄る。

彼のバイクは250㏄のスポーツバイク、ZXー25R。発売された当時、雑誌でもネットでも話題になった。4気筒でよく回るエンジン。デザインも恰好よく、250㏄としては作りこまれている。


「持田君も食べている事だし、私も何か買おうかな。」


パン屋の時計は11時を指している。

少し早い昼食だが、私は中でサンドイッチとあげパンをトレイに入れた。

そして、持田君の隣でパンを頬張った。


「持田君は飛ばさずに手加減してよ。私はW800だし。」

「わかってますよ。2人でゆっくりと走りましょう。」


どうしみちは、タイトなコーナーが多い。こういう道では、高速コーナーをゆっくりと走ったり高速道路を使って遠出をしたりする私のW800よりも、持田君のZX-25Rのほうが向いている。

以前、私はMT07というネイキッドのバイクに乗っていた。ミドルクラスのバイクとしては扱いやすかった。

タイヤは前後スポーツタイヤを履かせていて、タイトコーナーでも高速コーナーでもそこそこ速かった。


そんな事を考えながら、道の駅どうしに着いた。

下界よりも若干涼しいが、それでも暑い。

バイクを専用駐車場に停め、何か冷たいものを食べたい気分になった。


「おーい!」


菅谷すがやさんから声をかけられる。

50代男性で、髪は剃っており、一見怖そうに見えるが本当は優しい。バイクは緑色のゼファー1100。絶版車でかつ人気のあるゼファーは、価格がジワジワ高騰しているらしい。


「挨拶してきなよ小林さん。僕はソフトクリームを食べに行ってくるから。」


持田君は空気を読んだのか、道の駅の奥のソフトクリーム屋へ足を運んだ。


「今日は2人?」

「はい、今日は初心者の頃にお世話になった人とツーリングなんです。」

「そうか、気をつけて。」


私も、持田君のいるソフトクリーム屋さんへ向かった。


「そういえばね…。」

遅いと思ったが持田君に一言。


「この近くに、たい焼き屋さんが作っているかき氷があるの。」


持田君はげんなりとして、


「そういうのは先に話して言ってくださいよ。」

「ゴメンゴメン。」

「一緒に行きますよ、たい焼き屋さんまで。」


持田君のソフトクリームはしたたりそうなほど暑かった。


「おーい!」


菅谷さんが私にもう一度声をかけた。


「2人の写真撮ろうか?」

「ありがとうございます。助かります。」


こうして、カメラに持田君とのツーショットの写真がおさまった。



家に帰った後、私はスマートフォンでSNSに写真とコメントを載せた。

しばらくするとイイネがつき、コメントが書かれた。


『いつも楽しく拝見させていただいています。ところで質問なのですが、道の駅どうしの駐車場は、車も停められますか?』


『停められますよ。おそらく30台くらい。』




『イイネもコメントも大歓迎です。励みになります。』

私はSNSのバイクアカウントのプロフィール欄に、以前そう書いた。

 



どうしみちツーリングの次の日。

私は爽快な気分で出勤した。患者様が次々とファイルを持って採血に来る。それをどんどんこなした。

やっぱり、ツーリングの後の仕事は捗る。

私は午前中最後の患者様の採血を終え、白衣の上のピンク色に花柄のエプロンを外してロッカーにかけた。

そして、食堂へ行こうとトートバッグを持って食堂へ行こうとしたところ、桜井先生がドアの前に立って、腕を組んでいた。


「お疲れ様。」


先生は不機嫌な顔をしていた。

私は先生に何かしたっけ?


「お疲れ様です。」


会釈をして先生の横を通り過ぎようとした。その時。先生が強く私の腕をつかんだ。


「1つ下の男の子と会っていたの?」


先生は私のSNSを見たようだ。

からかっているという感じではなかった。

妙な緊張感があった。


「彼とは数年前からの友人で、初心者の頃からお世話になっているんです。」

「あなた、付き合っている人いるの?」


先生は、唐突に質問してきた。私は拍子抜けした。


「先生はいるんですか?」


私は論点をずらした。


「婚約者なら。」


先生とこんな話してどうするんだろう。


「私はご飯食べてきます。」

「私を...。」


先生は私に絡めた腕にぎゅっと力を入れた。


「私を、あなたの後ろに乗せて欲しい。」


タンデムの事だ。

私は嬉しくなった。

しかし、先生は怖くないのか?以前、バイクは危険なイメージがあると言っていた。

医師は重大な責任もあるし、そもそもお坊ちゃんお嬢さんが多いだろうから、バイクとは縁遠いはずだ。


「先生、怖くないんですか?私の後ろに乗ることが...。」


私の問いかけに先生は何も答えなかった。


「お昼ご飯食べに行きましょう。」


先生はそう言うと、私に絡めた腕を離した。

さっきの待ち伏せしていた時の不機嫌そうな物言いとは違い、先生は少し嬉しそうだった。

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