第1話 桜井先生の視点
小林さんの事を強く意識するようになったのは、初めて彼女のバイク通勤を見た時からだった。それは衝撃的な光景だった。
朝の出勤で駐車場で私が車から降り、歩いて医局へ向かう時のことだった。
重低音と共に黒いバイクが駐車場にやってきた。大きな黒いバイクだった。
バイクに跨がっていたのは、少し茶色かかった長髪の女性だった。ヘルメットは白のジェットヘルメット。上はライダーズジャケットをビシッと羽織り、下も皮パンでバイクの熱気を防ぐ。シフトチェンジでも傷つかない茶色のブーツを履いていた。スタイルも良く、女性でも格好良いと思うくらいだから、男性はその色気と人当たりの良さに惚れてしまうだろう。
現に、その光景を見た職員や患者さんが目を丸くして驚いている。その格好良さと色気に。
昼食の時間。
医師、看護師を初め病院のスタッフの食堂があり、よほど忙しくなければここで私は昼食を取る。
私が昼食をとろうとすると、小林さんが男性医師と女性看護師と一緒に食堂へ来たのを見かけた。献立表を見て券売機で食券を買い、お盆に食事を乗せてこちらへやってきた。
私は1人で食べようとしていた。
1人は寂しい気もするし、小林さんとちょっと近づきたかったので、テーブルを移動する事にした。
深呼吸をしてからごくっと唾を飲み、私は彼女のテーブルに近づいた。
「小林さん、ここ良い?隣だけれども」
「桜井先生!どうぞ、先生とご一緒出来るなんて嬉しいです。」
ニコッと笑顔で返されただけで、私の胸は高鳴った。
「あなた、バイク通勤でしょう?たまたま見かけてね。」
「ええ、雨の日以外は基本的にバイク通勤なんです。」
「バイクは危険なイメージがあるけれど、怖くないの?...。」
「よく言われますね。でも、私はバイクが生きがいですから。バイクを取ったら私には何も残りません。」
小林さんはキッパリと言った。よく言われるのだろう。私はそれ以上は触れなかった。
小林さんの格好良い姿は、バイクに乗っている事...に限定されるのだろうか。
対面している彼女は私とあまり背が変わらず、うっすらと茶色い髪の毛を一つにまとめて髪留めでアップしている。白衣はピンク色で上下セパレート。今の小林さんは、一般的な看護師のイメージそのものだ。
「小林さん、バイクでよく行く場所ってあるの?」
「山梨県にある道の駅どうしというところによく行きます。仲間がいますから、少し寄る程度なら。」
仲間...。友達とはまた違うのだろうか。
「ライダー同士は仲間意識が強いんですよ。」
小林さん笑顔で言った。
仕事で見る落ち着いた彼女よりも、こういう表情豊かな彼女のほうが魅力的に見える。
「先生、私、SNSでバイクアカウントがあるんです。もしよろしければ、フォロワーになっていただけませんか?」
小林さんは笑顔で嬉しそうに話した。
SNSのバイクアカウントを彼女から聞いた後、フォローをしてアップされるのを待っていた。SNSでは、ツーリングで出会ったバイクとライダーが上がっていた。SNSでは私から発信する事はなく、彼女の写真や返信を閲覧したり、イイネをしていた。
コメントは女性のものもあったが、男性が多かった。
彼女のように身一つでバイクに乗っていたら目立つだろう。
私は、SNSに書かれている彼女へのコメントをチェックしているうちに、複雑な感情を抱いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます