抑圧されたこの感情

紺色です

第1話 こころ



雨の音がする。空は暗く、曇っていて光は差し込まない。僕はその雨に混じって血を洗い流す。全てを忘れるために。


雨の中、涙か雫かわからないものが僕の頬をつたっていった。




「せんせー、また〇〇君余ってるよー!」

小馬鹿にした様な男児の声が教室中に響き渡った。

「ほんとだー、先生!あいつまた、1人だよ」

クラスからそんな声が複数上がった。

「はいはい、分かりました。みんな静かにして。」

僕の担任はそういうと、僕の方に近づいてきて

「〇〇君、また余っちゃったの。」

そう言った。その言葉が僕を傷つけた。本当に何気ない一言だったけど。


僕は、小さい頃から人見知りが激しかった。だから、人に話しかけるのには、尋常じゃないくらいの覚悟が必要だったしそれが当たり前だった。だから、僕にはクラスのみんなみたいにふつうに、平然として他人に話しかけている人間の気が知れなかった。


だからだろう。僕は小学生の頃から、クラスで全くと言っていいほど友達というのができたことはない。まあ、考えてみたら当然のことだろう。自分から話しかけないし、そもそも話しかけられても緊張しすぎて会話どころではないのだ。だから、なんと言って返事をすればいいのかが分からず、結局のところそこで会話が途切れてしまう。僕は、そんなことばかりを繰り返すうちに、ますますシャイになっていった。


今回の件だってそうだ。今日は体育の授業で、ペアになって運動すると言うので、先生が自分の好きな友達と組んでいいから2人1組になって。そう言ったのだ。結果はどうだ。また僕は1人だけ、余ってしまった。

こんなことは、もう何回もあったので先生も少々呆れ気味で僕に対応している様にしか見えない。



体育の授業中も、ほかの生徒から僕を揶揄う声は絶えなかった。

「〇〇君は、友達いないのー??」

わざわざ、体育館全体に響き渡るような大声で僕を罵る奴もいれば、大人しそうな顔して陰口みたいにして僕を笑う奴もいた。


僕は、そんな学校が大嫌いだった。どうせ誰もわかっちゃくれない。僕の気持ちなんか、汲み取ってはくれない。ほんとは辛いんだ。悔しいんだ、先生にも呆れられて、ほかの生徒からは揶揄われて、馬鹿にされて。でも、そんなこと誰も気づいちゃくれなかった。だって、僕が言わないんだから、気づくわけない。


体育が終わって、給食の時間になった。僕は今週は給食当番だったので、早めに着替えて準備をした。僕は給食当番が嫌いだ。まあ、そんなことを言うと、当たり前だろうと思うだろう。まあ、無理もない。誰も好き好んで、給食当番だなんて面倒なこと、やりたいとは思わないだろう。けど、僕はその嫌いがほかの人から見てとんでもないくらいにぶっ飛んでいた。嫌いどころじゃない。もはやhateの領域だ。


何故か。理由はものすごく単純である。


…。ああ、最悪だ。味噌汁が足りなくなった。あと5人くらい配膳が終わっていないところで、底をついた。で、ここで問題が発生する。


「僕、どうすればいいんだ???」


もちろん、このどうすればいいんだは、この先僕が取るべき行動がわからないと言うことではない。むしろ、この先どうすべきかは認めたくはないが、ちゃんと頭に浮かんでいる。大きい声で、誰か多い人味噌汁持ってきてー。そう言えばいいのだ。けれどどうだろうか。僕の喉からは全くと言って声が出ない。というか、出す勇気がない。別に声を出したら、みんなに嫌われるとか、そんなことはないと思うのだけれど。どうしても、自分で声を出すことができず。キョロキョロして、誰か自分の代わりに言ってくれないだろうかとも思ってしまう。だんだん焦ってきた僕は、冷や汗がひどくなってきた様に感じた。

ここまで言うと、なんだ、そんなこともできないのか、甘え過ぎ。だなんてきっとみんな思うんだろう。実際、同級生に声をかけるだけのことすら、まともにできない僕はただの甘え過ぎのガキに見えたって仕方がないと思う。

けど、これ今思えば僕は甘え過ぎじゃなくて、甘えたくても甘えられなかった。そんな気がするのだ。なにを言っているんだと、怒りさえ抱く人もいるかもしれない。けどね、僕はそう思う。



あのあと、先生があたふたしている僕を見かねて、誰かお汁多い人持ってきて、と声をかけてくれたおかげで、なんとかその場をやり切ることができた。

僕はもう、給食当番になったらなるべく余る様によそうことを、決心した。


こんな僕だが、授業は真面目に受けるし、私語なんてすることは全くと言ってなかったから、先生からは、いい子だと言う評価を受けていたと思う。与えられた宿題や、先生から言われたことは従順に従ったし、ましてや反抗することなんてなかった。だから、ルールだって破ったことはほとんどなかった。



僕は、そんな自分が偉いんだというふうに思っていた。平気な顔して、先生に喧嘩売る奴も、授業妨害をしてデカイ声で笑う奴も、全然偉くなくて、むしろ馬鹿な奴なんだというふうに。

けどね、その反面僕は。僕はあいつらを…。


ああ、これ以上は思い出すのはやめよう。

そんなわけで、僕は真面目でいい子なことは、とても価値があることだというふうに思っていた。思っていたんだ。



ここまで書いてきて分かる様に、僕はこんなんじゃいじめられたこともあるけど、それはまだマシな方だった。

家での仕打ちに比べたら。


僕の家族は5人家族。

家族構成は父、母、兄、僕、弟だった。母は昔っからヒステリックで、僕たち子供が自分の言うことを聞かなかったり、自分の望む通りに動かなかったらすぐに不機嫌になった。

父はというと、これもまたロクでもない人間で、自分の名誉とか名声のためなら平気で嘘をつく様な人間だった。虚勢ばっかり張る様な人間で、自慢話が絶えなかった。僕たち兄弟は、こんな親に挟まれて、まあまともな人間に育てといわれても、無理な話だった。


「ただいま。」

今日も、辛かった学校が終わって家に帰ってきた。弟は友達と遊びにでもいったのか、家にはいない。父や母は仕事で、兄はまだ学校。僕はこの、自分1人だけの時間が好きだった。静かで、誰も僕のことを馬鹿にする様な奴はいない。というか、誰にも気を遣わなくて済む。教室で、誰かが大声で笑っているだけで、自分のことを笑っているんじゃないかと心配してしまう僕。家に帰ってくるなり、仕事であった嫌なことを永遠とぐちぐち僕に言ってくる母。俺はすごいんだということを誇示する話を何度となくしてくる父。そんな人間の話を聞かなくて済むことだけで、僕は少し救われた様な気がしていた。あああ、どうせならこのまま一生あの人たちが帰ってこなきゃいいのに。そんなことも思ったことも、親が事故に遭って死ぬという妄想もこの時間に僕は何度となく繰り返した。そして、その妄想の中ででは僕は少なくとも今よりは救われているのだ。


馬鹿馬鹿しいってことはわかっている。けど、ふとした時にそう考えてしまうのだから仕方がない。それに、親が死んで自分が救われると思うなんて。自分でも、自分が酷い奴なんだってことがわかってる。けど、それを認識したくはなかった。だから、そんな感情から目を逸らしたんだ。僕は酷いやつなんかじゃない。そんなに酷いやつなんかじゃない。そう自分に言い聞かせる。その度に、僕は心の中に浮かぶ憎しみを無かったことにしようとした。



ガチャ。

ドアの開く音がした。ああ、もう誰か帰ってきた様だ。僕の安らぎの時間も今日はここで終わりの様だ。僕は呆気なく訪れたこの癒しの時間の終わりに、少し、いや随分と落胆した。



「ねぇ、聞いて!〇〇!」

ドアを開けるなり、母親の不機嫌そうな声が聞こえてきた。ああまた始まった。

「会社の山崎さん、また私のこと睨んでたの!もうほんと、なんなの!?私がなにをしたっていうのよ!」

ヒステリックに叫びながら、バタバタと大きな足音を立てて母親がやってきた。僕はその大きな音を聞くだけで、体がびくついてしまう。そんなことに母は気づかず、お構いなしに僕に話しかける。

「ねぇ、〇〇。酷いと思わない??」

同意を求めるその声は、決して否定してはいけない。僕には直感的に、それがわかっていた。ここで、母さんがそんな性格だから山崎さんも母さんのこと好きじゃないんだよ。なんて言おうものなら、今度は攻撃対象が山崎さんから、僕に変わってしまうだろう。だから、少しでも母の機嫌を損なうことを僕は言わない。言ってしまえば、僕の立場なんて一瞬にして消し飛んでしまうからだ。

ギャーギャーと、騒ぎ立てる母に僕は…。

「ねぇ、〇〇ちゃんと聞いてるの!?」

「うん、聞いてるよ。きっと山崎さんって人は酷い人なんだね」

「そうなのよ!!ほんと、頭にくるわ!」

僕は、こうやって母の前ではいつも自分の本当の意見ではなく、母が満足する意見を言うしかなかった。え?反抗して、山崎さんなんかよりお前がおかしいって言えばいいんじゃないかって?

君、分かってないね。


僕の生活はずっとこんな毎日の繰り返しだった。こんな生活だから、生きていてよかったと思ったとこよりも、生まれてこなければよかったと思うことの方が多かった。


ある道徳の時間で、こんなことを先生が言っていたっけ。


「生まれてくるってことは奇跡なの。だから、みんな生まれてきたことに感謝しなさい。」


道徳の時間になる度に、そんなことを聞かされた。その言葉を初めて聞いた時、なんとなく違和感があったけど、どうして違和感を感じているのかまではわからなかった。


「さぁ、みんな。今日の道徳の授業での感想を班のみんなと話し合って」

確かその授業では、先生の話が終わった後は班の四人くらいで話し合いの時間があった。


「生まれてこれる確率って、こんなに低かったんだ。知らなかった。」

ある女子生徒がそう言った。

「びっくりしたよね、感謝しなきゃ。」


そして、クラスの中心人物である男子生徒が大きな声で言った。


「俺、生まれてこれてよかったぁー!!!」


その言葉を聞いて、クラス中に笑いが起きる。

僕も一緒につられて笑う。けど、心の奥に、何故かチクッとトゲが刺さったような気がした。


「ねぇ、〇〇君。生まれてこれて、よかったね。」


先生が、僕に向かって微笑む。

僕は、小さく頷くことしかできなかった。

そして、僕自身は僕の心に刺さった棘の存在を無視したのだ。






「ただいま。」

家に帰ると、先に兄がいた。珍しいことだ。今日は部活がなかったのだろうか?

兄はこの時中学生だった。勉強もスポーツも随分とできた。つまりは、なかなかの優等生だったわけだ。いつも学校の成績は良く、学年で10位以内を取ったことだって何回もある。


「兄ちゃん、珍しいね。もう帰ってきてたんだ」

僕がそう言ったけど、相変わらず無視される。いつものことだ。

僕たち三兄弟は、決して仲良くはない。


兄は先ほどの感じで、成績も優秀だし、スポーツもできるので学校では完全に優等生だった。家でも、父親なんかは自慢の息子だとかなんとか言って、兄を褒めることは多かった。それはそうだろう。父親は、優秀な息子をもてて嬉しいのだ。これで、また誰かに自慢できるから。

「俺の息子はすごいんだぞ」って。

結局、父は自分の子供のことすら自分の価値を上げるための道具としてしか見ていないのだろう。きっと、誰かに凄いって称賛されないと気が済まないのだろう。


兄は、そんな父に褒められていつも複雑そうに笑っていた。兄も、気づいていたのだろう。父が、兄自身をみて褒めているのではなく兄の持つ能力が、父の世間体を上げてくれるから褒めているのだということに。

父に褒められるたびにぎこちなく笑う兄を見て、兄もこの家庭の被害者なんだって思った。


父からはよく褒めらていた兄だったが、母はあまり兄をよく思っていなかったようだ。

よくできる兄は、母から嫉妬されていた。この時点でおかしいだろ?子供に本気で嫉妬する母親なんて。それに、兄は正面から母に意を唱えることをやめなかった。その結果、母はますます兄に対する嫌がらせを増していった。

例えば、この間のテストの時。

「今回テストは何点だった?」

父親が兄貴にそう聞いた。

「数学は96点で、英語は93点、後は…。」

次々と僕では考えられないような点数を平然と言ってのける兄。

「社会は100点」

「おお凄いじゃないか!!」

父親が兄を褒める。すると、隣の部屋から母が出てきてこう言った。

「でも、勉強ばかりできても貴方みたいに愛嬌も何にもない子じゃねぇ」

いやみったらしく、母親はそんなことを言った。一体どうしたら、いい点数を取ってきた子供にそんなことを言う気になるのだろうか。僕は母の神経を疑いながらも、今回は僕が母から責められなくて良かったと安堵した。その時。

「僕も思いますよ、あなたみたいにいつも他人の粗探ししかしない人のこと、きっと周りは誰も相手にしないだろうってね。」


ここから、しばらく険悪な雰囲気だったけど

、まあいつものことだ。

それに、あの母親だから正論で言い返されても「なんなのよ、あんたは!!」ってキレて発狂して、結局手がつけられなくなるのがオチなんだけど。ほんと、面倒くさい。結局母は兄に向かって持っていたリモコンを思いっきり投げつけて出て行った。リモコンから落ちた電池がくるくると回っていた。


今日はこれで済んだので、まだ良かったが母が兄に対してやった嫌がらせは相当ある。例えば、兄が自分の勉強のために買った参考書を勝手に捨てたり、兄に対しての夕食だけ無かったり、それこそ殴りかかられたり。でも兄は相当散々な目に遭っているのに、正面から母親に意を唱えることをやめなかった。多分、意を唱えるのをやめて従順になるのは許せなかったんだと思う。負けた気がして。

でも、僕にはわかった。兄だって本当は相当傷ついている。その証拠に、一度リストカットの跡を僕は兄の手に見つけたことがある。

あのいつも平然としているような兄だっただけに僕は衝撃的だった。


反対に、弟は父よりも母から褒められていることが多かった。弟は、一際元気で家でも学校でも元気な奴だった。だから、友達も多かったしクラスでも中心人物だった。母はそんな弟をたいそう可愛がった。  

 ここまで聞いていて、もしかして察したかもしれないけど、僕は全くもって二人から期待もされなかったし、褒められることもなかった。二人にとって、僕は正直言っていなくてもいい存在だったんだと思う。




救われたい。そう思うことは何度とあった。ぼくは、僕自身を救おうとして努力してきたつもりだった。けど、残念ながら、それは叶わなくて。



ほら、今だって。苦しいままだ。





僕が中学2年生になる頃には、僕は怪しげな宗教やスピリチュアル、自己啓発本にハマるようになっていった。そして、自分は周りの人間よりも、特別なんだという思いをどんどん自分の中で膨大させていった。

「ねえ、〇〇。今日の掃除、やっといてよ。」

気の強そうな女子が僕にそういう。僕は笑いながら、いいよ。とだけ言った。

そんなこと、今思えば断っておけばよかったのに。


「いいよ。」

そう言いながら、浮かべた僕の笑顔には色々な感情が込められていた。あの時の僕は、他人を嫌いと思うことを自分に禁じていた。陰口なんて、もってのほかだと思っていた。

僕は、ネガティブな感情を持つと、悪いことを引き寄せるとか、そう言ったスピリチュアルなことを信じ込んでいたし、そもそも対して性格だってよくないのに、僕は素晴らしい人格者に憧れていた。だから、悪口を言ったりそもそも誰かを嫌いと思うことを禁じた。悪口を言わないのは、悪口を言う勇気がなかったというのもあったかもしれない。誰かに悪口をいったら、その人が本人に言ったりするのでは?と心配になるので、したくなかったんだ。


そうして、感情を抑圧することで僕は特別になりたがった。でも、その頃は自分がまさか感情を抑圧していたなんて、気づいていなかった。



気づかなかったのが、僕の一生の過ちだ。



僕は馬鹿だ。

本当に。



「〇〇君はさ、何が好きなの?」

誰かにそう聞かれたことがあった。けど、僕は素直に、これが好きだと言えなかった。本当は好きなことも、くだらないものだと言って突っぱねた。全部突っぱねたんだ。こんなくだらないものが好きだって言ったら、きっと笑われる。僕はそう思い込んでいた。

好きなことを好きというのは、嫌いなことを嫌いだとはっきりいうのと同じくらい僕には難しかったんだ。



高校生になっても相変わらず、僕の精神状態は荒んでいた。それどころか、昔よりも悪化していたと言ってもいい。極度の恥ずかしやがりから、僕は極度の被害妄想や人間不信に陥っていた。


「わっ。」

廊下で、女子生徒とぶつかりかけたことがある。その時、僕は小さくごめんと言って謝った。相手も、別にぶつかったわけではないので、当然怪我をしているわけではないので、ごめんなさいと言って立ち去った。


教室に向かって歩みを進める僕。そんな僕に、ふとある考えが浮かんだ。さっきの女子生徒。実は後で「僕とぶつかりかけたことで、避ける時に足を捻った。」などと言ってきたりしないだろうか?


僕が何を考えているのか、何を言いたいのかわからないかもしれない。けど僕は一旦そうやって悪い考えが頭によぎると、その考えから目を逸らすことができなくなるのだ。


そんなことないって分かってる。けど、後で僕のせいで怪我をしたとか、そんなことを言われたら?僕が加害者になってしまったら??

そう思うと、教室に帰ってから受けた授業は全然集中出来なかった。忘れようとしても、まただんだん悪いことが浮かんでくる。


誰かとぶつかりかけた だけでこんなに動揺するんだ。だから、外を出歩くのも怖くなった。


誰かがこっちに向かって歩いてくる。もしかしたら、その人がぼくを不審者だと言ったりしないだろうか?

または、すりにでっち上げたりしないだろうか?そんな考えが浮かんでくるのだ。ぼくは、もう誰のことも信じられなかった。


嗚呼そうだ、だってプレゼントをもらった時だってそうだった。


その人の好意が信じられなくて、全部僕を陥れるためにプレゼントを僕にくれたんだとか思ったりした。これだけだとどういうことか、わからないよね??だから説明するよ。自分で言っててあんまりにも最低だから、考えないようにしてたけど。この際思い出すことにしよう。


僕はね、そのプレゼントに誰かから盗んだものが入っているんじゃないかと思ったんだ。そして、それを僕に渡すことによってそれを盗んだ人物を僕としてでっち上げようとしたんじゃないかと思ったんだ。



ひどいだろ?でもその時の僕にはプレゼントをくれた人が、僕を盗人にしようといていると思えたんだ。罪をなすりつけようとしているってね。


今だって、違うって分かっているけど心のどこかではまだプレゼントをくれた相手のことを疑っているんだと思う。


そう、ぼくは誰も信じられない。



そんな生活が何日も続いた。時は流れて、いつのまにか大学受験の歳になった。高校3年生。



高校3年の夏休み前。僕は。僕は遂にあることを決めた。それは、自殺することだった。方法は決まっていた。刺殺だ。

この夏休みのうちに。できれば雨が降っている時がいいと思った。だから僕は、雨が降る日を気長に待った。



死ぬと言っても、あまり苦しみたくはない。

だけど、人生最後の瞬間だ。この世に未練は残したくなかった。だから僕は考えた。雨に、雨に全部流してもらおうと。今まで僕が感じた哀しみも苦しみも。僕は泣くことが嫌いだった。

弱いことの象徴みたいで。

といっても、ここ最近は、感情を抑圧しすぎていた僕は泣きたくても涙は出なかった。

僕は、感情を限りなく殺した。でも、そのことには気づいていなかったんだ。たしかに抑えていたかもしれない、くらいにしか。



僕は涙なんか、絶対に流したくはない。死ぬ時でさえ。けど、いざ自殺するとなったら痛みで涙なんかが出てきてしまうかもしれない。だから、ぼくはその涙を雨に誤魔化して欲しかったのだ。これは涙じゃなくて、ただの雨粒だって。そうしたら、ぼくは強いまま死ねるんだから。



ぼくはこんな時まで、自分の弱さを許せなかった。




そして。


キッチンから包丁を持って玄関前へ向かう。外は大雨が降っていた。





ぽたぽたと滴り落ちる赤い雫は、すぐに雨と混じって地面に流れ出た。あまりの痛さに眉を顰める。


倒れ込んだ僕は、人生最後の瞬間、僕自身の人生を振り返った。




それがこれだ。

今まで長々と振り返ってきた。その中で僕は気づいてしまったんだ。僕は自分自身を抑圧して、殺してた。そんなことにもっと早く気づけばよかったと思う。そうしたら、僕はもっと素直になれただろうか?でも、もうこんなことを考えたって遅い。もう全部終わったのだ。全部。


とうとう僕は、そこで生き絶えた。





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抑圧されたこの感情 紺色です @konirodesu

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