第5話 出会い

「へえ~、あの霧の中ではそんなことが起きてたんだね」


 学園からの帰り道。

 俺、ミリア、テオのいつもの三人で、見慣れた通りを歩きながら今日の模擬戦の話をしていた。

 

「観覧席の俺たちからは霧でなんも見えなかったし、気が付いたらシドの野郎が鼻血噴き出して飛び出てきたからな」


 「どうせなら殴った瞬間も見たかったわ~」と笑うテオも、今までのシドとの模擬戦ではイージスを攻略しきれずにいたからか、どこかさっぱりとした表情だ。


「私はアクセルが勝つって思ってたけどね~」


「はっ、霧の中から火球ファイヤーボールが出てくるたびに心配そうにしてたやつがよく言うぜ」

 

「な! そそんなことないよっ!」


「そうか~。ミリアはスルメット十セットとか厳しいこと言いつつ、やっぱ心配してくれてたのか~」


 恥ずかしいのか、顔を赤く染めてあわあわと慌てるミリアをテオとからかっていると、ちょうどいつもの分かれ道に差し掛かる。


「んじゃ、俺ちょっと用事あるからここで」


「うーす、また明日なー」


「また明日ー。それと心配してないからね!」


「はは、わかってるって」


 俺は二人と別れ、いつものように街のはずれに向け走り出した。



   ◇  ◇  ◇



 街はずれの廃墟。

 人気ひとけのないその場所で、俺はいつものように鍛錬をこなしていく。


「ふぅー、やっぱまだ乱れが出るな……」


 額に流れる汗を拭いつつ、身体に流していた魔力を和らげる。

 極限まで魔力を高め、その上で流れを制御し、気配をしずめる。魔力を扱うことの基本中の基本だ。

 けれど、地味に思えるこの基本の錬度れんどが、魔術師としての力量を大きく左右する。 父さんにそう教えられて以来、この基礎練習は毎日欠かしていない。


「なのに、座った状態でこれだからな~」


 動きを静止しているにもかかわらず完全に制御はできず、気配も殺せていない。

 これに動きが加わり、さらに言えば戦闘での激しい攻防の中となれば難易度は跳ね上がる。

 魔力を扱う達人たちと比べると、今の俺ではスライムと竜くらいに違うな。


「先は長い……ん?」


 今、なんか聞こえたよな。

 鍛錬中で神経を尖らせていたからか、廃墟の裏からのわずかな音を拾う。

 魔物……いや、これは人の声だ。


 街はずれの何もないこの場所に、人が来ることはほぼない。

 なんとなく気になったので置いてある荷物を回収し、声のもとに向かう。




「ワ……ワシ……の魂」


「――って行き倒れ!?」


 草木をかき分けた先。

 そこには倒れ伏す初老の男が、声を絞り出していた。


「じいさん大丈夫か!?」


 俺は慌てて駆け寄り、老人を助け起こす。

 片目に眼帯をしているが見たところ外傷はない。

 旅装束なところを見ると旅人か? でも、荷物も持ってないから何かあったっぽいな。


「ワシの魂がにえを求めておる……!」


 震える手で俺の腕を掴む老人。尋常じゃない表情からもただ事ではなさそうだ。


「じいさん、落ち着いて。贄って生け贄ってことだよな?」


 ――ぎゅるるる!


「もしかして、なんか代償が必要なヤバい魔術でも使ったのか?」


 ――ぎゅる、ぎゅるるる!


「悪いけど俺は呪いを解呪とか無理――てか、さっきからめちゃくちゃ腹が鳴りまくってるけど……」


 俺の言葉に、先ほどまでの鬼気迫る様子はどこへ行ったのか、じいさんは少し恥ずかしそうにうつむく。


 あれ、まさか、な。 

 いや、あんなに魂とか贄とか物騒なこと言ってたし……


「……もしかして腹減ってるだけとか?」


「そ、そうじゃ。魂の底から腹が減ってのぅ……」


 そう言ってじいさんは、腹を擦りながらしおらしく頷いた。



   ◇  ◇  ◇



「やはり、パンに卵は合うのぅ~」


「はは……あんまり急いで食べるとのどに詰まらせるよ」


 じいさんは、俺が用意していた軽食のサンドイッチを両手に持って、満面の笑みを浮かべている。

 なんでも普段から断食を習慣として行っているらしく、今回はきわどいラインを攻めようと、いつもより断食の期間を長くしていたため行き倒れになりかけていたらしい。


 にしても断食で行き倒れになりかけるって無茶するな~。結構な歳だろうになんでそこまでするんだろ?


 そんな俺の疑問が顔に出ていたのか。じいさんは水を一口飲んでにやりと笑い、理由を説明してくれた。


「断食をするのは、魔力操作の質を高めるためじゃよ」


「魔力操作の質? ってことはじいさんも魔術師なんだ。でも、腹が減ってたらむしろ集中できないじゃん」


「確かに初めはそうじゃな。けれど一定のラインを超えて飢餓状態になる直前、そこまで行くとんじゃよ」


「感じるって、何を?」


「飢餓という名の死神に首を差し出している恐怖。しかし、その状態で極限まで魔力を鎮めていくと、魔力に包まれている感覚を味わうんじゃ……。まるで自分が赤子に戻って、母親に抱かれているような何とも言えない安心感を、な」


 そこでじいさんはもう一度水筒に口をつけ、俺の目を覗き込むように見つめてくる。しわがれたまぶたの間にある瞳が怪しげに揺らめき、ついつい話に聞き入ってしまう。


「その魔力との同化とも言えるような感覚を味わうとな、不思議なことに一時的に魔力操作が洗練されていくんじゃ」


「……すごいなそれ。でも、一時的なのか。じゃあその同化を重ねていくとどうなるんだろ?」


「ほっほっほっ、危うい思考じゃな。けれど、魔術師としてその疑問が出るのは当然。ワシもお主と同じ考えで同化の回数を重ね、より深く、より強く、魔力と一つになっている最中というわけじゃよ」


 そう嬉しそうに話すじいさんは、新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。

 老齢と言われる歳になっても、魔術を極めることへの探求心と野心が感じられるその姿に、俺も自然と笑顔になる。


「――断食か~。よし、一度試してみるか! 俺の名前はアクセル・ライドマン。じいさんの名前は?」


 魔術を極めたい俺にとってもすごく興味深く、面白い話だった。

 それを話すじいさんに対して興味と敬意を抱き、自身の名を名乗る。


「なるほど……赤毛でライドマンという家名。どことなくあやつの面影もあるのぅ」


「ん? 今なんて?」


「ほっほっ。なに、こっちの話じゃよ」


 じいさんは何やら一人納得した様子で頷いた後、自身の名を告げる。


「ワシの名はアーロン・ガスタングじゃ。ガス爺とでも呼んでくれ」


「わかったよ、ガス爺……って、えっ!? ちょっと待った! 眼帯をしてる老人でアーロン・ガスタングって言ったら賢者の……」


「そうじゃな~、人はワシにいろいろな呼び名をつけるが、賢者とも呼ばれてたかのう」

 

 「いちいち覚えとらんわい」と言いながらじいさん――『寂眼さびしめの賢者』と呼ばれる稀代の魔術師は、ひげを撫でつけて困ったように笑った。

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