第4話 一番大切なもの

 戦闘において、勝敗を決定づける一番大切なものは何か。


 父さんにそう問いかけられたのは、俺がまだ魔術学園の初等部に入学して少し経った頃――七歳のときだった。

 家の庭で向かい合った父さんの目がいつもより鋭くて、幼いながらも真剣な空気を感じ取っていたのだろう。自分も同じように目を細め、「攻撃力」と低めの声で答えたのを覚えている。


「よし、ならこれで俺に攻撃をしてみなさい」


 俺の答えに一度うなづいた父さんは、子供でも使える小ぶりな木刀を手渡してきた。

 やっぱり攻撃力が一番か、俺はそう思いながら木刀を握って感触を確かめ、戸惑ったように靴の紐を結び直す…………ふりをして手に握りこんだ砂利じゃりを全力で投げつけた。


「初稽古の初手が砂かけか……その泥臭くても勝ちにこだわる姿勢、父さん好きだぞ」


「えっ!?」


 いつの間にか背後に回り込んでいた父さんから慌てて距離を取る。

 全く動きが見えなかったことへの驚愕と、その速さに対する動揺。俺は続けざまに感情が揺さぶられ、それを振り払うように木刀をいだ。けれど、


「あれ? 木刀が……」


「――アクセル、よく見てろよー」


「な、なんで父さんが木刀を――うわっ!?」


 俺の右手にあった木刀は、なぜか父さんの手の中にあった。

 そして、父さんはその木刀を真上に放り投げる。

 投げたときに起きた衝撃波によって庭にあった植木鉢が吹き飛び、干してあった洗濯物が青空を舞う。


「よし、そろそろいいかな」


 投げられた木刀は雲を突き破ってどんどん進んでいく。

 すでに目視できる距離ではなかったが、突き破った雲が衝撃波によって散っていくので、とんでもない距離まで飛んで行っているのはなんとなくわかった。


「と、父さん! 何やってるのさ!?」


「ん? これはキャッチボールって言ってな。異世界ではよくやる遊びらしいぞ――っと!」


 言葉の終わりで身体が一瞬ブレる。

 そして、現在進行形で天空を突き破っていたはずの木刀は、またもいつの間にか父さんの手に握られていた。


「キャッチボールは本当は二人でやる遊びらしいんだ。だから父さんが今やったのは一人キャッチボールだけどな」


 「今度、二人でやるか!」そう言って快活に笑う父さんを見て、俺はこのとき強く思った。


 戦闘において勝敗を決定づける一番大切なもの、それは――「速さ」だと。



   ◇  ◇  ◇



 闘技場は今日一番の熱気に包まれている。

 その理由は単純で、これから行われる模擬戦がスキル持ち同士によるものだからだ。


「アクセルー! 負けたらスルメット十セット追加だからねー!」


「そうだ、アクセル! 俺以外のやつに負けんじゃねーぞっ!」


 俺は、観覧席に座るミリアとテオからの声援に手を上げて応えつつ、闘技場の舞台に上がる。


 てか、スルメットってスクワットのことだよな? 

 ミリアのやつ、自分は一セットもできないのに俺には十倍やらせるつもりなのかよ……。


 そんな風に内心で呆れていると、対面に立つ少年があざけるように口の端を歪めた。


「よお、アクセル。今日も無様に逃げる準備はできてるのかよ」


 俺の対戦相手であり、スキル持ちでもあるシドはそう言ってニヤニヤと笑う。


「シド、お前こそちゃんと魔術を命中させる練習はしてきたのか?」


「なんだと! 僕の絶対防御の前で逃げ回ることしかできない羽虫が減らず口をっ!」

 

「甲羅に閉じこもって震えてる亀がよく言うよ」


「貴様っ!!」


「ほらお前たち、その辺にしてそろそろ始めるぞ」


 今にも掴みかかってきそうな勢いのシドを審判役の教師が制し、俺たちに距離を取るように促した。


 それに従って距離を取る。

 射殺すような視線を俺に向けていたシドも遅れて距離を取り、それを確認した教師が右手を上げた。


 開始の合図を受け、声援が飛び交う場内は水を打ったように静まり返る。



「では、――試合開始!!」


 俺は開始と同時にスキル――『ブルーライド』と、身体強化の魔術を無詠唱で発動。

 ブルーライドの発動で蒼炎が吹きあがる両足。そこに身体強化を集中させ、闘技台を全力で踏みしめる。


 最初の一歩目からスキルの効果で加速し、秒で相手との距離を詰めると、その勢いを乗せて全力で右腕を振り抜いた。


 けれど、俺の拳はシドの顎を撃ち抜く直前で現れた盾によって間一髪で防がれる。


「――ひいっ!」


 拳と盾が触れた衝撃で起きた鈍い音を聞いて、シドは悲鳴を上げて尻もちをつく。そのあとも流れる動きで蹴りを含めた連撃を加えるが、その全てが次々と現れる盾によって防がれた。


「ちっ、あと少しなんだがな~」


 このやっかいな盾がシドのスキル――『イージス』だ。

 スキルの効果は、シドに向けられた攻撃を自動で防御してくれる盾を召喚するというものだ。

 しかもイージスは盾の複数召喚も可能な上、一つ一つの強度も上級魔術を防ぎきるくらい高い。盾を重ねれば最上級魔術を防ぐこともできるかもしれないほどに、だ。


 今の俺の速さではスキルを発動する前に仕留めるのは無理なようだな。

 父さんならスキル発動までの時間があれば余裕で終わらせるだろうし、そもそも盾の上からでも拳一つで打ち砕いてるだろう。


「……は、はははっ。どうだ! 僕の絶対防御は誰にも破れないぞっ!」


 イージスを涼しい顔で砕く父さんを想像していると、シドが高笑いを上げながら魔術を連発しだした。


 俺は、迫りくる下級魔術の火球ファイヤーボールかわしながら気持ちを切り替え、次の手を打つ準備を始める。

 今までの模擬戦では俺がイージスを何枚か破壊するが、試合の時間内では全てを破壊しきれず、シドのほうも俺に攻撃を当てることができないのでいつも引き分けの状態が続いていた。


「さすがにケリつけないとな」


 スキル持ちが相手とはいえ、ここで苦戦しているようでは『魔王』になるなんて夢のまた夢だ。今日は絶対に勝たなければいけない。


 魔術の詠唱をするシドを見据えて動き出す――


「くらえ! 炎槍フレイムランス!」


黒霧ダークミスト


 俺は炎槍を回避し、そのまま円を描くように闘技台を駆け抜ける。その際に魔術で黒い霧を発生させ、視界を漆黒で覆っていく。


「く、こんな小細工をしても意味はない――火球ファイヤーボール!」


 視界が完全に黒一色となった状態だと、イージスのような自動防御がない俺には相手の攻撃が見えないので不利になる。

 けれど、あいつのスキルを攻略するためにはこの過程は必要だ。

 魔力の流れに全神経を集中させ、感覚だけを頼りに四方八方に乱射された火球をさばく。

 そしてその合間に、無詠唱で魔術を配置していく。



「……よし、準備完了」


 シドを中心に全部で九つの黒槍シャドウランスを発動し、その全てをその場にとどまらさせておく。

 暗闇の中で相手の魔術を回避しながら、下級魔術とはいえ九つも同時にとどめておくのはなかなかに骨が折れる。


 俺は精密な魔術コントロールをしつつ機をうかがう。

 チャンスは一度だけ。相手が魔術を放った瞬間のわずかな隙。そこで確実に決める。


「くそ! いい加減に当たれ! 炎弾ファイヤバレット!」


「――今だ」


 魔術が放たれたタイミングに合わせ、配置しておいた全ての黒槍を同時に射出し、自身もブルーライドで駆け出す。

 円を描くように並べられていた黒槍が空を切り裂きながら突き進み、それに速度を合わせる形で無数の炎弾をかいくぐって接敵する。


「――なっ! 僕のイージスが!?」


 俺が相手の間合いに侵入する直前で、九つの黒槍が同時に着弾。

 今までの模擬戦で把握していた同時展開できるイージスの盾の数と同じだ。

 黒霧を使ったことでシドの視界を閉ざし、盾の数を温存するために黒槍をかわしたり、魔術で相殺するという選択肢を潰したことで、予想通り槍は盾によって自動で防がれた。

 つまり、これは同時に相手の防御も一時的にお留守になったというわけで……。


 自分の間合いで棒立ちノーガードの敵。

 そんな好機を前にやることなんて一つしかない――


「――っしゃオラッぁぁぁ!!」


 全力で踏みこんだ地面から蒼炎が吹きあがり、今日一番の加速を乗せた拳を放つ。

 主人を守るため周囲の盾たちは遅れて割り込もうとするが――わずかに俺のほうが速い。


「ま、――てぶべぇらぁっっ!!」


 俺の渾身の右ストレートは完璧に顔面を捉え、拳を受けたシドは鼻血のように魔道具の残滓をまき散らしながら舞台の場外まで吹き飛んでいく。


 そして勝敗が決したことで、試合を見守っていた教師が魔術で黒霧を消し飛し、観衆に勝者の名を告げた。



「そこまで! 勝者――アクセル・ライドマン!!」

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