第2話 ひろのりサンダー
「起きた?」
俺の胸の上に、猫が座っている。
真っ白な猫。
「知らなかった。猫ってしゃべるんだな」
「猫はしゃべらないよ。学校で習わなかった?」
「習わなかった」
「あたしも習わなかった」
「……」
「……なんか、怒ってない?」
「ぜんぜん怒ってねーぞ。ただ、」
「ただ?」
「無性にお前を殴りたい」
「怒ってるじゃない、十分!」
「とりあえず、この猫をどこかにやってくれ。重い」
猫が俺の視界から消え、代わりに女の子が現れた。
年齢は……十三、十四──中学生くらいか。
女の子は俺のことを興味津々に見ている。活発そうな女の子。
ライトブランの優しい瞳。肩あたりまでの黒髪が少女の動きに連動して揺れ、それとともに花のいい香りがする。
可愛いと言えなくもない。
だがこんな目にあっているので可愛いとは絶対に言わない。
「結局俺は、お前らの家に連れ込まれたのか」
「連れ込まれた?」
「拉致だろ」
「命の恩人に対して失礼だね」
「肩が痛えなぁ…」
「う、」
「なんか、犬とかに噛まれた気がするんだけどなぁ……」
「の、野良犬かな」
「お前んとこのバカ犬だろがっ!」
「バカじゃないもん、ゴーちゃんは!」
「やっぱ、お前の飼ってる犬じゃねーかっ!」
「……な、なんのことかな♪」
「まあいい。助かったことは事実だしな」
「そうだよ、あのままだったら死んでたんだよ。感謝して」
「お前、きっといい死に方しないぞ」
「そんなこと言うと、ご飯あげないよ」
「どうせ体が動かないから食えねーよ」
「動かない?」
「おう。ほぼ首すら動かせない」
「ふぅん……」
「ちょっと待っててね」
がちゃがちゃと音が聞こえる。
首が動かせないので、なにをやっているのか見えないが、どうやら食い物を用意してくれているらしい。
「はい、お粥」
「だから、食えねーって、」
「それだけ口が動くんなら大丈夫でしょ」
スプーンで粥をすくい、俺の口元に持ってくる。
「はいっ」
「……」
かなり恥ずかしかった。
正直、俺の腹は極限状態だ。でも、ガキじゃあるまいし、食えるか。
「食べないの?」
「動けるようになったら食う」
「ダメだよ。三日も寝てたんだから」
「マジか?」
「……うん」
道理で腹が減りすぎているわけだ。
「ほら、冷ましてあげるから、食べて」
そう言って、
「ふーっ ふーっ」
余計に恥ずかしくなってきた。
ぐ~~……
腹の虫がここぞとばかりに騒ぎ出す。
「おいしいよ~」
「……」
仕方なく食うことにした。
「そう言えば、姉の方はどうしたんだ?」
飯を食って一息ついた俺は、洗い物をしている妹の背中に話しかける。
「勉強をしに行ったよ」
学校ってことか?
「なあ、この猫、どうにかしてくれないか?」
「そこが気に入ったみたいだね、シロちゃん」
にゃー
「シロっていうのか」
「ううん、本名はシロシロちゃん」
「……普通にシロにしてあげられなかったのかよ」
「すごく白かったから、シロシロちゃんにしたの」
「安直じゃないでしょ?」
「じゃあ、あの犬は?」
「あの子は500円」
「は?」
「ごひゃくえんちゃん。略してゴーちゃん」
「すげー名前だな」
「お祭りで500円で売られていたらしいんだよ……」
「その事実もすごいが……」
「とんだ飼い主に出会っちまったな、シロ」
にゃー
「こら、シロちゃん、同意しちゃだめじゃない」
にゃー
「腹でも減ってるんじゃないのか」
「うん、そうかも」
「まっててね。いま作るから」
「なあ、妹」
「なに?」
「もう一眠りしてもいいか」
「ダメ」
「おい」
「嘘。話し相手がいなくなるのは、つまんないけど」
「お兄さんはケガ人だからね……一応」
「一応じゃない。重体だ」
「そうかな……元気そうだけど」
「もういい。とにかく寝るからな」
「うん。おやすみ」
「ちなみに、あたしの名前は、
「……」
「ねえ、聞いてる?」
「ぐー」
「
「すぴー」
「……そんな寝息の人間はいないよ」
「うるさい、静かにしてくれ」
「お兄さんの名前は?」
「
「ひろのりサンダー?」
「なんだそのクソダサいリングネームみたいな名前は。さんは敬称だ」
「ひろのりちゃんか……」
「ちゃんを付けるな。それに名前で呼ぶな」
「じゃあ、桜居さん」
「それなら許す」
「もうほんとに寝るからな」
「話しかけても答えないぞ」
「……うん。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
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