回り出した歯車

家に入ってから気づくべきだった。玄関に脱ぎ捨てられた靴の数が1足多いことに。いつもは俺の靴以外はスリッパしか出ていない玄関に、運動靴が、1足脱ぎ捨てられていることに。


居間に入って、目に入ったのは割れた一升瓶、それを見て呆然としている親父の姿だった。気づいた時には遅かった。顔をあげると親父と目が合った。


「なんだよ。捨てられたゴミ。こっち見んな。」


いや、お前も俺の事見てんだろ。口には出せない言葉が脳裏に浮かぶ。


「ごめんなさい。」

「ごめんなさい、ごめんなさいって。つくづく同じだよな、お前を捨てたクズに。」

「ごめんなさい。」

こうなったら、ごめんなさいと言い続ける方が被害は少なくなる。そうとわかっていた。

「お前の母ちゃんはお前が言う事聞かないから出ていったんだよ。」

「お前が、言うこと聞いてたら、俺とまだ仲良くやっていけてたんだよ。全部お前が壊したんだ。返せ!」


クズって言ったり、返せって言ったり、酔ってしまうと人が変わる親父は、酔いが覚めると酔っていた時の事は何も覚えていない。


「早く消えろ!俺の視界から消えろ!」


そう言われてやっと自分の部屋に戻れる。親父は、自分が、消えろ!出てけ!見たくない!って言わない限り俺が動くことを許さない。動いたらもっと怒りが強くなるだけだ。それがわかってる俺はじっと耐えてる。


親父が、日雇いのバイトの時は必ずこうだ。だから、注意して居間に立ち寄らなければ良かったのに、久しぶりに嬉しいことがあって、気が抜けていた。


今日は早く風呂に入って寝よう。風呂の時にはまだ血が出ている状態だったから、手首にお湯がしみた。いつもより痛かった。


学校に通うようになって半年。皆は受験シーズンに入った。俺は受験なんて受けれるレベルの学力じゃなくて、とにかく学力を取り戻すことに集中していた。彼女は、頭が良く、もう既に志望校に受かっているそうだ。


彼女の志望校は、そこまで学力が、必要にはならないが、お金持ちの集まる高校として有名だった。何とかその学校に入りたいと先生に話したら、無理がある。そもそも金銭的にもだが学力的にも厳しいと言われてしまった。


金銭的になら、奨学金制度で入ればいい。でもそのためには一般試験よりも少し難しい問題をとかなければ行けない。どうしても自分の力じゃ無理とわかっていた俺は、彼女に、助けを求めた。


この前一緒に帰ってから、互いに用事がない日は一緒に下校することになっていた。思い切って言ってみた。


「俺さ、お前と同じ高校行きたいんだけどさ、全然学力足りないし、でも、奨学金制度を受けないと金銭的にもきついからさ、俺に勉強教えてくれない?」

「いいよ!でも、1つだけお願いがあるんだよね。」

「…ん?いいよ!1つぐらいならなんでも!」

「ほんとにっ!?やった!なら、いつがいい?勉強会!」

「出来れば早めで、ずっと見てほしい…。さすがにずっとは難しいかもしれないけど…。頼めるか?」

「わかった!じゃあ明日から始めよ?どこでやる?」

「えっと、図書館とか?」

「うーん…図書館遠いんだよねぇ。時間が無駄になっちゃう。ならさ!私の家でしよ!」

「えっ…い、いいのか?」

「全然いいよ!」

「じゃあ明日からね!バイバイ」

「じゃあな…。明日から菅原の家で勉強会…。」


嬉しくないと言ったら嘘になる。また今日も嬉しくなった。菅原といると嬉しくなるな。


今日は家に親父はいなかった。珍しくリスカをせずに寝れた。


明日は学校終わりに菅原の家で勉強会…。楽しみだなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る