第9話 戴冠


 ――この世界には描写リソースが足りない。雷霆の神は盲目白痴へと成り果てたのか。それでもなお僕は君に語りかける。戴冠の日は近い。反逆の騎士は王の座に着き、幻想は死に絶える。それが運命さだめ、そのはずだった。


 神野コトハはまた夢を見る、アーサーが見せる幻の世界へと訪れる。


「なんの用だよ」

「君の役目が終わる時が来た」

「はあ?」


 怪訝そうな顔でアーサーを見やるコトハ、しかし何重にも重なったヴェールでその姿は朧気にしか視認出来ない。

 ヴェールが虹色に輝く。


「戴冠の日だ、マーリンである君は、次代の王に冠を被せなくてはならない」

「マーリン? 次代の王? 何言ってやがる」


 コトハは思い切り首を傾げた。疑問しかないという風に。

 ヴェールが揺らぐ。


「もうすぐ星の騎士モルドレッドが目を覚ます。我が子に王位を譲るのは当然だろう? でも生憎、僕はこういう身でね、マーリン。王の導き手キングメーカーたる君にしか任せられないんだ」

「さっきからわけの分からねー事をベラベラと、具体的に、俺に何をしろって!?」

「ステラ・マギアの力をモルドレッドに受け渡して欲しい。手順はパーシヴァルが知っている」

「嫌だね」

「……は?」


 アーサーが驚きに目を見開く、ヴェール越しにも分かる驚愕に染まった顔に、コトハは思わず笑い出した。

 アーサーは溜め息を吐く。

 ヴェールが暗く仄めく。


「君は日常に戻りたくは――」

「戻れねーよ、一度こんな現実知っちまった以上、俺は自分の守れる範囲を、自分の力で守る。他の奴に渡すなんて御免だね」

「……もうすぐ最大級のサバトが来る『ヴァルプルギス・ナハト』あらゆる等級の魔聖が集う会合だ」


 コトハが拳を打ち鳴らした。

 ヴェールがはためく。


「好都合、俺がそこをぶっ潰す!」

「……グエルベリーの魔女亡き今、彼女のワンマンは終わった。訪れるのは人間にとっての混沌だ。最強の幻想級イマジナリークラス妖精女王モーガン・ル・フェイ疑似人格オルターエゴ二律背反アンチノミーも現れる。だけどそれも全てモルドレッドさえ入れば摘み取れる! なのに君はそれを」

「ああ、断るね。どっかの誰かがやってくれましたじゃ寝覚めが悪いんでね」


 アーサーは起き上がろうとして転げ落ちる。ヴェールがそれを受け止めた。ヴェールまみれの世界、アーサーとコトハの隔たり。


星の座ゾディアック英雄叛逆ヘレクレスクラレントの期待値は僕の聖剣慟哭エクスカリバー・ロアよりも遥かに高い。だ。ヴァルプルギス・ナハトに集う魔聖を刈り取れるのはそれしかないんだ」

「俺の獅子無双レオウルトじゃダメだって?」


 アーサーはヴェールにもたれ込みながら、コトハを睨みつける。

 

「だから、そう言っている!」

「初めて声を荒らげたな?」

「君が言う事を聞かないから!」

「悪いけど、俺はお前の操り人形じゃないんでね、


 そう言って、獅子無双を唱えたコトハはヴェールを切り裂き、夢現から出ていったのだった……


「馬鹿な、僕の夢現引力アヴァロンバインドから自力で出られる訳が無い――」


 朝の五時、何度、同じ夢を見ようと、アーサーとやらと長々と話そうとも、起きるのはこの時間だった。

 身支度を済ませ、腐れ縁村上アサヒと共に学校へと向かう。パーシヴァルは珍しく寝坊だった。

 遅刻確定らしいと母親からコトハへLINEが来た。なんとなくざまあみろと思ったコトハ。なんとなく。


 それがいけなかったのかもしれない。


「えー、交換留学生に続いて転校生がうちのクラスに来た。入りなさい」 


 担任の言葉、入って来る金髪碧眼の外国人。しんと静まり返る教室、いつもは普通の空間も今日だけは異質に見えた。

 

「はじめまして、モルドレッド=ペンドラゴンです。日本語には慣れていませんが

「モルドレッド!?」


 コトハは思わず立ち上がる。周囲の視線も知った事か。


「……もしかして君がマーリン!? 良かった……探すのに苦労しそうで……」

「ちょっと表出ろ」

「おい神野、何があった!?」


 先生が思わず止めに入る、そこに。

 ガラガラッ! っと戸の開く音。


「はぁはぁ……遅れました……日々野パーシヴァルです……ってモルドレッドとコトハ!? ああもうやっぱり……!」


 仲裁に入るパーシヴァル。赤毛の騎士乙女はコトハとモルドレッドを学校のルールに従いなさいなどと遅刻して来た身分で堂々と説教してみせた。その言葉をとりあえず受け入れ授業を受ける事にした二人。しかし昼休み。昼食の時間にコトハによってモルドレッドは屋上へと連れ込まれた。


「一から説明しろ、お前は何者だ」

「星の円卓末席モルドレッドそれじゃ不満?」

「さっき、魔聖語がどうのとか堂々とペラペラ喋ってたな?」

「敵の情報は多い方がいいでしょう? 海外で魔聖語の研究してたんです僕。魔聖語ってあらゆる言語圏で通じる共通言語なんです! そう言わば、バベルの塔が壊れる前の言葉!」

「御託はもういい、ここに来た理由を説明しろ」

「嫌だなぁ、分かってるくせに。戴冠の儀を執り行うためです」


 コトハはモルドレッドの胸ぐらをつかんだ。


「アーサーには言ったはずだぜ、テメエのケツはテメエで拭くってな」

「アーサー様にそんな事言ったんですか? 嫌な人だなぁ。あの人の苦労も知らないで」

「ああ、知らないし、知りたくもない」

「身勝手ですよ」

「どっちが」


 ――魚は鎖に繋がれて、もう離れる事は無い、宝物庫の最奥は開かれた、黄金の海を泳ぐ。双魚光剣ビスケスクラレント


 ――獅子無双。


 そこに――


 「射手聡明サジタリウスイント!」


 星の座ゾディアック流馬的中ケンタウルスクリティカル


 同時、であった。

 コトハとモルドレッドの身体の芯を光線が貫いたのは。

 二人は同時に気絶する。

 残ったパーシヴァルはどうしたものかと頭を悩ませるのだった。

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