第7話 きさらぎ駅

 ――現実とは脆く儚い。泡沫の盲目白痴の夢。胡蝶は飛び回り、火に飛び込む。燃え盛る身体に気付かぬまま、世界は現へと反転する。おお、世界よ、どうしてそこまで残酷なのか。せめて夢の中だけは、善き世界であるように、願い止まない。


 コトハが目覚めたのは、だった。昨日はパーシヴァルの歓迎会を(コトハはイヤイヤながら)行なったはずだった、パーシヴァルに妹のコトリが妙に懐いたのを肩身が狭くなる思いになりながら、出張中の父親に早く帰って来て家の男女比率を整えて欲しいなどと考えながら、コトハは風呂に入り眠りについた。パーシヴァルとのラッキースケベイベントとかそういうのは無かった。そんなどうでもいい記憶を走馬灯のように思い出しながら少年はあたりを見回す。


「どこだ此処……?」

陰謀論級フィクサークラスか、最悪、希望論級アポカリプスクラス

「うわ、お前いたのか」


 赤髪の騎士乙女、パーシヴァルその人だった。


「その、なんちゃらクラスはこんな結界みたいなの創っちゃう訳?」

「結界か、言い得て妙だが、恐らくこの駅自体が魔聖だろうね」

「はぁ?」


 荒唐無稽な話に流石のコトハも付いていけなかった。


「どういう意味だよ?」

「きさらぎ駅というのを知ってるかな」

「あ? あー……なんか存在しない都市伝説の駅だっけか? 都市伝説……フォークロア……じゃあ陰謀論級か?」

「そうとも限らない、人を死に巻き込む都市伝説は人々の破滅願望の表れだ。希望論級の線も捨てがたい。というか、世界を塗り替えるレベルの力を陰謀論級は持たない」

「世界を裏から蝕む毒じゃなかったのかよ」


 パーシヴァルは辺りを警戒しながら。


「陰謀論級はくだんのレプティリアンや宇宙人と言った現実の直線上にある幻想なんだ。それによって力は弱い」

「なんとなく分かった……希望論級は?」

「一番厄介だと言っただろう。人々の願望が世界を塗り替える程に達する驚異は幻想級イマジナリークラスよりも恐ろしい」


 ごくりと固唾を飲み込むコトハ、自分の置かれた状況に今更、恐怖した。


『まもなく、一番ホームに列車が参ります、黄色い線の内側までお下がり下さい』


 ガタンゴトン、ガタンゴトンと音が近づいて来る。

 しだいに遠くから光が見える。電車だ。

 しかし。そこでコトハは視界をパーシヴァルに塞がれた。


「見るな、

「はぁ!?」


 電車が到着する音がした。ドアが開く音。そして――


「そのまま目を瞑っていてくれ、決着を付けて来る」

「おい説明しろって!」


 コトハは目を瞑ったまま問う。


「こいつは致死性の高い幻想結界だ。内側から壊すにはしか手はない」


 弓を引く音と自動扉が閉まる音がした。パーシヴァルが行ってしまう。コトハは――


星の座ゾディアック獅子無双レオウルト


 黄金のガントレットから生えた爪でドアを切り裂き電車に乗ろ込んだ。目を瞑ったまま。


「なにを!?」

「もう怖くねぇ……ようは目を開けなきゃいいんだろっ!?」


 ガリガリガイガリガリガリガリガリガリッ!!


 爪で車両を手あたり次第に破壊するコトハ。呆れるパーシヴァル。


「君は……馬鹿なのかい?」

「何が幻想だ……形あるなら壊せばいい!!」

「まるで猛獣だね」

「ああ、猛獣の王様だ」


 コトハが起こす破壊の嵐は全車両を巻き込んだ。

 パーシヴァル決死の一撃は未発に終わるかと思われた、その時。


「困るなぁ、僕の傑作なのに」


 声がした先頭車両、目を瞑ったままのコトハには確認出来ない。しかし、パーシヴァルは確認した。それを。


「はっ!? なんだぞれ!?」

「違うよ」

「違うのかよ! なんなんだよ!」


 コトハが一人混乱している。その時、車内アナウンス。


『次はきさらぎ、きさらぎ、終点です』

「まずい! 着いたら死ぬぞ!」

「死ぬ死ぬばっかだな! 死にゲーかよ!」


 そこで笑いと拍手が起こる。


「いやあ例えが面白いねぇ君、そう此処は僕が作った即死ステージなんだ」

「誰なんだよテメーは!?」

「自己紹介がまだだったね疑似人格オルターエゴ二律背反アンチノミー、親しい魔聖は僕の事をオルアンと呼ぶし、僕もそれを気に入っているよ」

「オルターエゴ……アンチノミー……? 人の名前じゃねーな、それに魔聖だって?」

「グエルベリーの魔女、希望論級アポカリプスクラスであり、我らが星の円卓ゾディアック・オブ・ラウンズの仇敵……その似姿、疑似人格……お前はバックアップか!」

「そうだね、グエルベリーの魔女は君達、星の円卓に倒された。何年前だったかな」


 そこで電車の速度が落ちる。それはつまり。


「まずい、もう駅に着くぞ!?」

「こいつごと、駅を破壊する――」

「やってみろ!」


 コトハは目を塞がれて気づかなかったが、既に射手聡明サジタリウスイントを発動していた様子のパーシヴァル。

 彼女は弓を引く。


「単純な技こそ、極める事で多大な力を発揮する――超隕石光ギガ・メテオライト


 瞼越しにも分かる光芒、それは辺り一面を包み込んだ、吹き飛ばされるコトハ。

 そして――


「あーあ、今回は僕の負けかぁ、次、またやろうよ」


 そんなオルアンの声がコトハには聞こえた気がした。


「はっ!?」


 目を覚ますとそこは、自室。朝の五時。

 

「……巻き込まれても。結局この時間に起きるのかよ」


 そんな風に総括して、朝の支度を始めるコトハ。彼も丹力は中々のものだろう、

 死と隣り合わせの世界にあって、なお日常に戻ろうとするのだかあら。

 疑似人格オルターエゴ二律背反アンチノミー、彼は被造物による被造物。人造ならぬ魔聖造の魔聖。少し、昔話をしようか。星の円卓が壊滅に追いやられた脅威、グエルベリーの魔女についての最後の戦いの物語を。

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