第29話[グレッラ]

 僕らはダンジョンの奥にあった、ボスの部屋らしき海底神殿へと足を踏み入れるのだった。


 ホークさんが神殿の大きな扉を開き、中へ入って行くと、続いて皆も扉の中へと入って行った。


 中に入ると、部屋の中は──真っ黒だった。


 僕の隣に居たロマさんが自分の体を見る。


「暗闇……じゃねぇよな。《光苔》してるし」


 少し離れた位置からはマイラーさんの声も聞こえた。


盲目ブラインドとも違うな。隣の奴が見える」



盲目ブラインド』とは、状態異常の一種。ゲームによっては暗闇や失明などとも言う。画面が真っ暗になり、自分のコンソール以外のものが見えなくなる。



 麦の焦った声も聞こえてきた。


「なんなのこれっ!」


 状況が分からず、皆がガヤガヤしてる中、一人静かに目を閉じていたホークさんが声を発した。


「油断するな……来るぞ!」


 そう言うとホークさんは、目を開けて皆の前に走りだし盾を構えた。その瞬間。


──バシィィィン


 ホークさんの盾に何かが当たった。その音に反応して、皆は戦闘態勢に入る。


(この真っ暗の中で戦闘が始まるのか……?)


 僕がそう思っていると、前方に一筋の光りが射した。

 光りの筋を中心に周りが明るくなっていくと、僕らの前にはボスが睨みを効かせて浮いていた。


 僕らの前にフワフワと浮いていたのは、七色の足を持った黒い巨大タコだった。


 花音さんが透かさず、モンスター情報でボスを確認する。


「あのボスは『グレッラ』と言って、大型の水属性、種族は魚型です。HP32万。弱点位置は頭の天辺てっぺんに設定されているみたいですね」


 花音さんの説明を聞きながらも、ホークさんはグレッラに攻撃を当てタゲを取り、皆はそれぞれ配置についていた。


「弱点が頭の上なのねー! よっしゃ! 覚悟おおおおお!」


 麦はグレッラに向かって走り出し、足元に着くと頭めがけてジャンプした。


「いや、あの高さはアサシンのジャンプでも届かねぇよ。遠距離か魔法……」


 ロマさんが言いかけた時、麦はグレッラの頭に飛び乗っていた。


「おぉぉぉぉ! いつもより高くジャンプ出来た!」


 喜ぶ麦を見て、花音さんが頷く。


「なるほど。外とは重力関係が変わるようですね」


 ポポちゃんも指を鳴らして、麦を誉めた。


「やるやん! ネキ!」


 麦に続いて、えーさんとポポちゃんもジャンプでグレッラの頭の上に飛び乗る。


「んじゃ! いっちょ、やりますか!」


 麦がそう言い、頭に飛び乗った三人が一斉に攻撃を加えると……。


──ぼぃぃぃぃぃん


 攻撃が跳ね返る反動と共に、三人は弾き飛ばされた。


「なんでええええ!?」


 飛ばされながら麦が嘆く。


 伝心さんが弓を頭に目掛け放ちつつ、花音さんに尋ねる。


「僕の矢も跳ね返ってますねー。HP減ってる?」


 花音さんは簡単な魔法を試し打ちしてから、またモンスター情報を確認した。


「いえ。ホークさんの攻撃以外で、減ってる様子は無いですね。魔法は当たってるみたいですが」


 こころさんが指を頬にあて、困り顔を傾ける。


「じゃあぁ~、頭は打撃効かないってことぉ~?」


 すかさず、ホークさんは皆へと指示を出した。


「なら、打撃組は足を狙え。デス、花音は重点的に弱点を攻めろ。どんな攻撃を仕掛けてくるか分からない状況だ。油断はするな」


 皆がホークさんの指示に従って配置に着く中、ダーハルさんがポーズを決めながら、こころさんへ尋ねた。


「こっころさぁーん! 我らはどうしますかっ!?」


「ん~。とりあえずぅ~『知能よ永遠にメンタリティフォーエバー』にしようかぁ~」


『メンタリティフォーエバー』範囲内のパーティー及び、ギルドメンバーの魔法攻撃アップと詠唱を短くする効果がある。


 ダンサーは単体の場合、デバフスキルが主なのだが、男女のダンサーが揃った場合に出来るのが『ペアダンス』と言って、バフ効果のスキルを発動する事が可能になるのだ。



 二人が踊り出すと、スキルの範囲内になる地面が、薄いオレンジへと色を変えた。


(こころさんが踊る姿は可愛いのに……ダーハルさんに目がいっちゃう……)


 可愛く踊るこころさんの隣で、巧みな腰使いで踊るダーハルさんに目が釘付けになっていると、横からロマさんに話しかけられた。


「おい、文月。お前は後衛を頼む。あんま、こころに余所見してると、麦にキレられんぞ」


 そう言い残すとロマさんは、前の方に出てしまった。

 前に出たロマさんを目で追った先に、冷たい視線を僕に送ってくる麦の姿があった。


(うっ……麦ちゃん地獄耳だな)


 皆が順調にグレッラに攻撃を加えていく中、伝心さんは困った顔をしながら、弓を打ち続けていた。


「それにしても。足がクネクネしてて、攻撃当てずらいなー」


(そういや、麦ちゃんって……こういったクネクネしてるのって、苦手じゃなかったっけ?)


 僕はそう思って麦を見たが、麦は平然と戦っていた。


(あれっ? 平気そうだな……)


 クネクネ系の生き物を、苦手としていたはずの麦が平然としてるのを見て、不思議に感じてると、後ろで詠唱していたデスさんが詠唱を終え……急に杖を振り上げて、大声をあげた。


「ふっ……ふははははははははは! 喰らえっ! このタコがっ!」


【レイジング・サンダー】


 グレッラの周りを荒れ狂う雷が取り囲み、怒涛の雷攻撃がグレッラを襲った。


 その凄まじい威力に関心する花音さん。感動する花音さんの前で僕は驚きで体が固まっていた。


「さすが……凄い威力です!」


(えっ…………デスさんって豹変する系なの……こわっ)


 デスさんの強力な魔法が当たったグレッラは、大きく体を揺らし始め、思い切り墨を吐きながら後ろへ下がった。


 また部屋一面が真っ黒になると、グレッラの居た方向には、ウネウネした足が1本、赤く光っていた。


 赤い光は部屋をフワフワとゆっくり移動する。その間、特に攻撃を仕掛けてくるわけではないグレッラに、皆は警戒していた。


 ゆったり移動しながらも赤い光は段々と強くなっていった。赤い光が一段と強い光を放った瞬間、足は破裂したのだった。


 破裂とともに、僕はHPが0になり横たわっていた。HPが尽きる、ほんの一瞬だけ、前に居たハーゲンさんの姿が見えなくなった。


 僕は何が起こったのか分からず、横たわりながら唖然としていると、麦が叫びながらコンソールをいじってるのが見えた。


「なっ!? 今度はブラインドー!?」


 麦の近くに立っていたマイラーさんもアイテム欄から、ブラインドを回復する『目薬』を使用しながら皆に問いかける。


「全体攻撃か! 結構痛かったな。皆、無事か!? 部屋はまだ暗いのか?」


 マイラーさんの質問に、僕は横たわりながら即座に答えた。


「僕、死んでブラインド解けてますけど、部屋はもう明るい状態に戻ってます!」


 そんな僕の近くにロマさんがやってきて、僕を起こしてくれた。


「文月は一発でダメだったか。今のが物理か、魔法か見極めないと対策も打てねぇな」


 皆が態勢を整え直してる中、デスさんがグレッラを指差し呟いた。


「……ボソ」


「ほんまや、足一本なくなっとんで!」


 デスさんの言葉に皆がグレッラを見ると、赤色だった部分の足が一本、消滅していた。


 僕は自分に支援をかけ直しながら、ハーゲンさんに話しかけた。


「HPが削れると、足が一本ずつ、破裂していくんですかね?」


「そうみたいですね。今のところは、足が破裂する時の大きな攻撃が、厄介なぐらいですが。上級のボスですから、今後もっと強力な攻撃がきても、おかしくありません」


 ハーゲンさんが優しく、僕に返事をしてくれていると、グレッラから何か音が聞こえてきたのだった。


『クレ……クレ……』


(くれ?)


『足くれえええええええ!』


「こわあああああああああ!」


 大きな叫び声にも似た、グレッラの鳴き声が周辺に響き渡ると、グレッラはもの凄いスピードで周りを移動し始めた。


 グレッラの動きに動揺する伝心さん。


「あんなに速く動かれたらタゲが……」


 グレッラがもの凄いスピードで移動しながら、目の前に居るメンバーに、ランダムで攻撃を入れられている状態だった。

 皆に少し混乱が生じるも、落ち着いた様子でホークさんはマイラーさんへ目配せをした。


「マイラー頼む」


「あぁ! いいぜ!」


 マイラーさんはニカっと笑うと、竜に騎乗した状態でグレッラに向かい走り出した。

 そのスピードはとても素早く、誰も追いつけなかったグレッラのスピードに追いつき、剣を振り下ろす。


 グレッラに攻撃がヒットするも、グレッラはそのままのスピードで逃げた。


 しかし、マイラーさんは同じく、猛スピードで追いつき何回か攻撃を加えると、グレッラのターゲットはマイラーさんへと移ったのだった。


 グレッラの攻撃を盾で受けつつも、ターゲットが離れないように距離を調整しながら、ホークさんの近くまでグレッラを引っ張るマイラーさん。


 ホークさんが近寄り、グレッラ目掛けてスキルを放つ。


【神の導き】


 ホークさんの足元から白く輝く光が一直線に放たれ、光の線上にグレッラが乗ると、グレッラは光に釣られホークさんの方へと近寄っていった。



『神の導き』使用者の前方に一直線の光が現れ、その光に当たった敵は使用者の前に強制的に移動させられる。



 グレッラが『神の導き』に乗ったのを確認したホークさんは、天に向かって大きな槍を投げた。


【神の杖】


 投げられた槍は天に消え、数秒後。空から凄い早さで火花をあげながら、グレッラに突き刺さる。



『神の杖』ボスにも有効な移動を不可にさせるスキルだ。槍が刺さったMobやプレイヤーは当分の間、その場に固定される。《神の杖》有効中は槍での攻撃、スキルの使用が出来ない。


 ボスにも有効なので重宝されるが、難しいのはターゲティングではなく、地面設置になる為、敵がその場に居なければ外す。しかも、投げてからタイムラグがあるので位置を予想しなければいけない。



《神の杖》で固定されたグレッラは、睨みを利かせながら、激しい足攻撃を近寄ってくるホークさんへ繰り出す。


 だが、ホークさんは大きな盾で全ての攻撃を受け止め、悠然とグレッラの前に立った。


「さぁ、続きを始めよう」


 タゲを取り直したホークさんの後ろで、皆は士気をあげていた。


(あと足が6本か……僕だけデスペナ祭りになりそうだな……)



 皆が士気を高めてる中、一人だけ嫌な未来を予想してゲンナリしている僕だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る