第28話[海底スマイル]
僕は鷹の人達と一緒に、夏イベント限定のダンジョンに挑むべく、ダンジョンの入り口があるイスアンダム島の南マップ2を目指して進んでいた。
イスアンダム島の南側は海岸になっており、その先の南マップは海である。
と言っても、浅瀬をずっと進んで行く感じなので、水は膝下までしか浸からない。
入り口に向かって歩いてる間も敵は出現したのだが、貝取りイベントに燃える麦とえーさんが率先して敵に飛び付いていた。
『貝取りイベント』イベント限定Mobを倒すと、一定の確率で手に入る『磯ノミ』を、イスアンダム島南マップに散らばっている『貝』に使用して、貝を採取するというイベントだ。
貝を10~100個集めることで、それぞれの数に対して限定装備が貰えるらしいのだが……。
今回、『貝の取得数』ランキングがあるらしく、上位10名に特別な衣装が配布される。
麦とえーさんは1位に貰える『~の誕生』という、大きな貝の上に乗ってる様に見える、足の衣装装備が欲しいらしい。
しかも取得者特権で、装備名の『~』の部分に取得者の名前が追加されるらしい……。
Mobの奪い合いをする麦とえーさん。
「なんとしても麦飯の誕生をやりたい! えーさんには悪いが今回は負けられ……って! ちょいちょい! 《縮地》反則っ! まってぇぇぇぇ!」
えーさんに
そんな二人を尻目にマップ2を進むと、ダンジョン入り口の渦が見えた。
ロマさんがMobを必死に叩く二人に呼び掛ける。
「おーい二人とも! ダンジョン入り口着いたからパーティー戻れよ! 置いてくぞ」
そして麦とえーさんがパーティーに参加したのを確認して、ホークさんがダンジョン入り口を開く。
「上級でいいな? 行くぞ」
普通のダンジョンは最初から難易度設定がしてあるのだが、夏イベント限定ダンジョンは初級、中級、上級が入り口で選択出来るようになっている。
今回は僕以外が鷹のメンバーという、心強いメンツなのだ。
タンクとして盾の勤めをするのがホークさん。タンク兼アタッカーとしてマイラーさん。
前衛アタッカーが麦、えーさん、ポポちゃんだ。
ヒーラーが僕とロマさん。
ヒーラー兼サポーターとして、あの僕が感動をも覚えたイケメンファーマシストの『ハーゲン』さんが入る。
サポーターはこころさんとダーハルさんのダンサー二人。
そして最後に、後衛アタッカーがデスさん、花音さん、伝心さんの総勢13名で挑む。
ダンジョン内へ侵入すると、そこは水の中だった。どうやら海底を歩いて進むようだ。
アクティブスーツやグローブからは水の中に居るような感覚が伝わってくる。勿論、呼吸は普通に出来る。
水の中で麦が呼吸出来るのか心配になり、直ぐに麦の方を見るも、麦は平然と立っていた。
僕は麦に近寄り小声で聞いた。
「麦ちゃん平気なの? その……呼吸とか」
「大丈夫みたいだねー! ダメだったら、すぐダンジョン出ようかと思ったけど、普通に息できるよ! さっき南マップの水に突っ込んだ時は、息出来なかったのに……
「じゃあ体が浮く感じも、僕らと一緒っぽいね」
「そうだねー! 少しだけフワっとした感じがあるぐらい!」
このダンジョンはフワフワと浮くわけでは無いのだが、なんとなく体が浮いてるような不思議な感覚の場所であった。
今までアクティブスーツを着けていなかったから、そこまで体感していなかったが、こんな感覚を味わえるのかと、改めて関心してしまった。
(アクティブスーツのおかげなのか、脳の錯覚なんだろうか?)
「皆、揃っているな。では進むぞ」
ホークさんの言葉で、僕らは前へと歩み始めた。
歩き始めて直ぐに、最初のMobが現れる。そのMobに皆は一瞬、目を奪われた。
麦が目を輝かせながら、そのMobに近づいて行く。
「うわお! キレイだねぇー!」
僕らの前に現れたのは、キラキラした鱗をつけた美人の人魚だった。
皆がその美しさに見惚れる中、人魚に容赦無く突き刺さる槍。
「マーメイドオオオオオオ!」
その光景に悲鳴をあげる麦。ホークさんがMobのターゲットを取ったのだった。
ロマさんが僕の隣で呟く。
「こんな時アタッカーじゃなくて良かったと思うわ。俺、あんな美人攻撃できねぇし」
(確かに……)
しかし、美人だったマーメイドの顔は攻撃を受けると、一気に形相が変わった。
輝いていた鱗の輝きは失われ、手には水掻き、上半身と顔にまで鱗が現れ、顔は見る影も無く怪物化していた。
その人魚の変わりように、ショックを受ける僕とロマさんの前で、麦も両手を顔にあて叫ぶ。
「はっ、半魚人やーん!」
「ネキ、ええから攻撃しぃや」
人魚の変化にショックを受けてる麦に、平然とツッコミをいれるポポちゃん。
(人魚も半魚人だよな……)
怪物化した人魚をすんなり倒し、先へと進んで行く。
所々から現れるMobを取りこぼす事なく、上手にタゲを取っていくホークさん。
ホークさんが取ったタゲを『カポカポ』と叩く、麦とえーさん。
どうやら、海女さん衣装についてる桶が、武器の衣装らしいのだが……。音まで再現されていて、麦とえーさんが桶で攻撃する度に、カポカポと周りに音が響いていた。
(うっ、うるさい……)
きっと本人達以外の皆も、そう思っていたのだろう。ロマさんが遂にキレる。
「お前ら、さっきからカポカポうるせぇんだよ! 今、貝取り関係ねぇんだから桶取れよ!」
すると、えーさんと麦が桶を抱えながらロマさんに訴えかける。
「磯ノミ……」
「そうだよ! 磯ノミが取れる確率アップだよ!」
その反論にロマさんは頭を抱えてタメ息を吐くと、僕の方をチラリと見てから麦達を説得した。
「はぁぁぁ。後で文月が貝取り手伝ってやるから。今は外せ」
「えっ!? 僕っ!?」
麦とえーさんは僕の方を見て、少し不満げな表情を浮かべつつも、仕方なく桶の衣装を取った。
(何その顔……僕の手伝いじゃ不満ってこと……)
その後も順調に敵を倒しながら進んでいると、僕の後ろに居た伝心さんが話し出した。
「今回の水着『水属性に追加攻撃と攻撃耐性10%』ってずいぶん良い効果ついてますよね!」
爽やかな笑顔で話す伝心さんの前を、歩いていたロマさんが続けて話す。
「そうだな。まぁイベント盛り上げてぇんだろ。それによって、水着ガチャも回されるしな。イベントでしか使わねぇのに」
このゲームの課金要素は、主に月のアカウント代と衣装装備である為、衣装に興味の無いロマさんみたいなタイプだと、課金してまで衣装を揃えるのが理解できないようだ。
衣装装備について呆れながら話すロマさんの後ろから、こころさんが可愛く声をかける。
「こころの水着はガチャのだよぉ~」
こころさんの言葉に一瞬固まるロマさん。しかし、すぐに持ち直し、後ろに向けて話しかけた。
「えっ……。いや、水着ガチャ最高だよな! そこら辺の奴らと被らねぇし! ……何より似合ってるぜ」
少し照れながら「似合ってるぜ」と、振り返ったロマさんと目が合ったのは、こころさんでは無くダーハルさんだった。
「ハハハハハッ! お誉めいただき! ありがとうございぃぃぃマッスルゥゥゥ!!」
「……おめぇじゃねぇよ」
(ロマさん……報われないな)
奥へ奥へと、進む度に敵は多くなっていたが、安定した構成だったので皆は余裕そうだった。
麦がマイラーさんの乗っている竜を撫でながら、マイラーさんに質問する。
「ところでダンジョンボスなんなのー?」
「NPCの情報だと『闇から現る七色の邪神、頭叩けば滑り落ち、足を叩かば憤然す、怒りの矛先足へ向く』らしいぞ」
マイラーさんの言葉に顔を難しくする麦。
「なんのこっちゃ」
「結局のとこ、まだボスの情報が回ってないってことだ!」
マイラーさんは「ガハハ」と笑って、麦の頭にポンっと手を置いた。
「中級のボスは巨大ウツボやったらしいけどなぁ」
そう言ったポポちゃんの頭をモフモフする麦。
「ほぉー!」
僕は「闇から現る」という言葉の意味を考え、隣に居たハーゲンさんへ疑問を口にした。
「闇から現るって、マップ暗闇なんですかね?」
「暗闇があっても大丈夫なように
ハーゲンさんはそう言うと、僕ですら惚れてしまいそうな眩しい笑顔を向けてくれた。
(い、イケメンだなぁ……声もイケボだし……)
そんな話をしながら敵を倒して行くと、気付けばダンジョンの奥へと辿り着いていた。
ダンジョンの奥には、海底神殿がそびえ立っていた。
神殿の大きな扉の前に立ったホークさんが、後ろを振り返って皆を見る。
「きっとここがボスだろう」
ホークさんの言葉に、皆の間には緊張が走った。
それぞれに自身強化スキルをかける間、僕とロマさんも支援をまわした。
ハーゲンさんも中が暗闇でも大丈夫なように、皆に《光苔》をかけていた。
皆の準備が終わると、ホークさんが重厚感ある扉をゆっくりと開いた。
(上級ダンジョンのボスか……初めてだけど、大丈夫かな……やっぱ強いのかな……)
正体が分からないボスとの戦いが、静かな海底神殿で始まろうとしていた。
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