第三章
第26話[パラダイス]
僕は今……楽園に居ますっ!!
この前のGvでは念願だったレーサー紅白戦の出場を決めたが、その裏で鷹の失速による、幹部の麦への重責を目の当たりにしたのだった。
その週のメンテから、夏のイベントが始まったのだ。
今、僕が居る『イスアンダム島』は、ハワイやサイパンなど南の島をモチーフにした所である。
毎年行われる夏イベントの時に、イスアンダム島で解禁になるのが水着の『衣装装備』だ。
『衣装装備』通常の装備とは別枠に衣装装備枠があり、そこに装着すると、通常装備よりも優先されて表示される。
通常の装備同様に頭から足までの装備があるが、基本は効果が付いていない。
つまり、対人戦などにおいて装備を敵に知られたくない場合に、隠す目的で装着されるのだ。
だが、オシャレを楽しむ為に使用されてる場合の方が多い。
(いやぁ~こころさんの水着姿はやっぱ最高だなぁ~。花音さんもポポちゃんも可愛いし。何より……アバターとは言え、ホークさんの水着姿が見れるなんてっ! 今回のイベント当たりだな!)
通年の衣装水着は他の衣装同様、装備に効果は付いていないのだが……。今回の水着には効果が付いてるのだ。イベント期間中のイスアンダム島だけにはなるが。
その為か、普段は水着衣装など装備しないであろうホークさんの様な人でも、着用してる人が今回とても多いのだ。
そして……その幸せな光景が目の前で繰り広げられる中、僕は右をそろりと見た。
僕の右側には、黒光りのマッチョが際どい水着を着けて、ポーズを決めている。
彼は鷹の男性ダンサー『腹筋6LDKダーハル』さんだ。女性ダンサーばかりが目立つが、実は男性ダンサーもちゃんと居るのだ。
しかも、アバターは色々と選べるはずなのだが、男性ダンサーは何故か黒光りマッチョが多い。もはや伝統に近い。
「ハハハハハハハッ!」
そんなダーハルさんが、白く輝く歯を見せながら僕に笑いかける。
(あっ……暑苦しい……)
僕は苦笑いしながら、今度は左側にそぉーっと顔を向けた。
すると真夏のバカンスに居るとは思えない、負のオーラがこちらにまで漂ってきた。
黒いマントを被り、マントのフードを深く被って、青白い顔をした彼は、鷹のソーサラー『デス』さんだ。
(うっ……未だに、この人の雰囲気に慣れないな……)
デスさんが僕の視線に気付き、僕に不気味な笑みをむける。僕はまた苦笑いして、前を向くのだった。
(なんなんだ、この状況……目の前は天国なのに……地獄に挟まれてる……)
僕がそんな事を考えていると、目の前にニヤニヤした水着姿のロマさんが来た。
「よぉ。なに座って見てんだよ。ムッツリめ」
(自分だってムッツリなくせに……)
僕はそう思ったけど口にはしなかった。
少しため息を吐いてから、目の前に座ったロマさんに向かって喋りだした。
「少し、心を休めてるんです。ここのとこ色々と続いたし」
「あぁ、そうだな。そんなに緊張したか?」
「しますよ! 僕みたいな一般プレイヤーが急に鷹の幹部会議なんて……」
──数日前
僕が自分のたまり場で爽真君と話をしていると、もの凄い早さで麦が来たのだ。
「あー! いたいた! 文ちゃん! ちょっと来て!」
「えっ!? いきなり何!?」
「いいからっ! とりあえず来てっ!」
そう言って、麦に無理やり引っ張られ、大図書館に連れて行かれた。
図書館の三階に着くと麦の足は止まり、僕は酔って吐きそうになっていた。
「麦ちゃん一体……うぷっ……なんで、こんなとこに?」
「ん? ホークさんが文ちゃん連れて来いって言うから!」
「えっ!? ホークさんが? なんで、わざわざ図書館なの?」
「鷹の幹部会議は、いつも図書館の個室でやんだよ!」
図書館は各階にテーブルが置いてあり、そこで本を読むことが可能なのだが、同じく各階に個室も用意されている。
ロックがかかるので、ゆっくりと本を楽しみたい人達が利用したり、聞かれたくない話をする時に使用される。
ついでに個室にはモニターがあるので、動画を楽しめたりもする。
僕は、突然の爆弾発言にすごく驚いた。
「はっ!? 幹部会議!? えっ、ちょっ! どうゆうこと!?」
「あーっ! あそこの部屋だ!」
麦は僕の質問など気にもせず、奥にあった個室へと向かう。
(ちょっと待て待て! 幹部会議って! なんでいきなり僕が鷹の幹部会議に出なきゃいけないんだ! ……そういえば鷹の幹部って、ホークさんと麦ちゃん以外に誰が居るんだろ? ロマさんがこの前「俺ら幹部」って言ってたからロマさんは居るのかな……?)
いきなり大手ギルドのトップ達が集まる場所に呼ばれ、少しでも顔見知りがいることを祈りながら、麦の後ろに隠れて部屋へと入った。
部屋に入って、一番最初に目に入ったのは、壁に寄りかかったロマさんだった。その横には、見知らぬ騎士の人。
そして、部屋の中央に置いてある三人掛けのソファにはホークさんが座っていた。
その横では、僕らに向けて手を振っているヴィンテージさんが、ゆったりと腰かけていた。
僕はそれを見て安心した。
(良かった……会ったこと無い人は一人だけだな。これなら、まだ……)
そう思っていると、ホークさんが僕らに話しかけてきた。
「来たか。あと一人だ。もう少し待ってくれ。紹介はそれからにしよう」
(えっ……まだ居るの……)
僕らが部屋に到着してから3分後、部屋のドアが開いた。
開いたドアから現れたのは、すごくイケメンのファーマシストだった。
(イケメンだ……あのアバターすごく時間かけて作ったんだろうな。僕なんて、ほぼデフォルトなのに……)
このゲームは結構細かく顔や体型、髪型などのアバター設定が出来る。
本当はアバターをちゃんと作りたかったのだが、早くゲーム始めたいと妻に急かされ、結局ほぼデフォルト状態で始めてしまったのだ。
人を急かした本人はさくっと作っといて、それなりに可愛く出来てたのが、納得のいかないとこだが……。
結局のとこ、アバター作りというのは意外に重要なのだ。
本物では無いにしろ、ゲームの中で『その人』のイメージになってしまうわけだ。やはり、見た目がいいと扱いも良かったりするし。
僕がイケメンファーマシストを羨む目で見ていると、イケメンはホークさんに何か耳打ちをしてから、部屋を出て行ってしまった。
どうしたんだろう?と思っていると、ホークさんが口を開いた。
「そろそろ始めるか」
僕はさっきのイケメンが、部屋から出てしまったのに、始めちゃっていいのか気になって、麦に小声で聞いた。
「全員揃ってないのに、始めちゃっていいの?」
「文ちゃん何言ってるの! もう皆揃ったよ!」
「えっ!? さっきの人、部屋出て行っちゃったじゃん!」
「『はーちゃん』は幹部じゃないから! はーちゃんと一緒に入ってきた人が…………」
麦はそう言うと、誰も居ないはずの僕の後ろを、そおっと指差し、ぼそっと呟いた。
「文ちゃんの後ろに……居るでしょ?」
僕が「はっ」として、後ろを振り返ると……誰も居なかったはずの僕の背後には、死神が不気味な笑みで立っていた……。
「ぎゃああああああああっ!」
僕は衝撃の余り麦に飛び付いた。
「ぷっ! 文ちゃん落ち着いて! 良く見てっ! 生きてる人間だよっ!」
ぎゅっと閉じていた目をそおっと開きながら、勇気を振り絞って、もう一度死神の方に目をやると。
そこには真っ黒なローブに真っ黒なマントと全身真っ黒で、同じく真っ黒な長い前髪を垂らした男性のソーサラーが立っていた。
顔は青白く、精気が無いように見える。一瞬、鎌かと思ったのは、大きな杖であった。
「あっ……ははっ……もう、やだなぁ麦ちゃん! 驚かすような事しないでよ!」
僕はそう言って麦から下りると、男性ソーサラーに近寄り失礼を詫びた。
「なんか、すみませんでした……。普段こんなに驚く事とかないんですけど、昨日怖い映画みちゃったからかなっ! ははっ……」
すると、男性ソーサラーが不気味な笑みを浮かべながらボソっと何かを言った。……が、聞き取れなかった。
「…………ボソ」
「えっ……?」
聞き取れなくて僕が困っていると、麦が横から口を挟んできた。
「初めまして。私は鷹の幹部の『
(えっ……そんな長い話してたのか……。というか、どんな噂になってんだ)
「そ、そうなんですね。初めまして! 文月です。宜しくお願いします」
僕が挨拶をすると、デスさんは怖い笑顔で返してくれた。
(こ、こわい……)
そこへ、もう一人の初対面になる騎士が、こちらへ近寄ってきた。
金髪でツンツン頭のガタイの良い男性騎士は、僕にスッと手を差し出した。
「こっちも挨拶いいか? 初めまして。俺は副マスターのマイラーだ。俺が聞いたのは、どうしようもなくイカれた奴だったけど。まともそうで良かった!」
そう言って、笑いかけてくれたけど……僕は複雑だった。
(なんなんだ一体……鷹内部でどんな話しになっているんだ……。きっと麦ちゃんの旦那ってだけで噂に尾ひれ背びれがついてる状態なんだろうな……)
僕がそんなことを思いながら、マイラーさんの手を握り返していると、麦が悪びれもなく適当なことを言ってきた。
「へーっ! 文ちゃんに会った鷹の人たち、皆そんな風に思ってたんだねー!」
(きっと今ここに居る全員が「お前のせいだ」と麦ちゃんに対して思ってる気がする……)
そこへ、椅子に腰かけたままのホークさんが声をかけてきた。
「紹介は終わったな。では幹部会議を始める」
なぜ此処に連れて来られたのか、なぜ変な噂が流れてるのか、状況が飲み込めないまま、鷹の幹部会議が始まったのだった。
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