第25話[結果発表]

 最後の回のレースを鷹に持っていかれた僕らが、戻った先で他の城の最終コールを聞いていると、最後の最後に流れたのはわんわん警備保障のコールだった。



 驚いてる僕たちの元に、帰ってきたトチギさん達三人と花音さん。


 爽真君が僕らの元に両手を挙げ、駆け寄ってきた。


「やったっすよ! 城持ちっすよ!」


 その爽真君の後ろからは、ミストさんに怒られながら困った顔をしてるトチギさんも歩いてきた。


「トチギさんったら、貰った高級回服薬を最後まで使わないんだもん!」

「…………」


 更にその後ろをのんびり歩いてくる花音さんを見て、僕は目を丸くする。


「花音さん居ないと思ったら、そっちに合流してたんですか!?」


「はい」


 素っ気なく返事しつつも、口角が少し上がった花音さんの肩を、ミストさんが抱き寄せハキハキと教えてくれた。


「もぉっ! 花音さん凄かったんだからっ! 私目ん玉飛び抜けるかと思っちゃったよ!」



 どうやら、一人城から追い出され僕らの元に戻ってこようとした花音さんは、途中でトチギさん達と出会い、僕たちの方が防衛してるならってことで合流して最後のレースを走ったみたいだ。


 キレッキレの花音さんの妨害を目の当たりにしたミストさんは感激したらしい。


 そして節約家のトチギさんが麦から貰った高級回服薬を最後の最後に使い、魔石まで無事にたどり着き、魔石割りに参加。割り勝つ事が出来たのだ。


 わんわんは今までも割る回数は少ないものの、ラスト勝ち割って城を取った事が何回かあった。

 だが、やはり最後城が取れると喜びも一入ひとしおである。



 ギルド最高記録のコール数を大幅に超えた7回を割り、更にラスト城まで獲得した皆は、興奮が覚め上がらないまま結果が貼り出される『掲示板』へと向かった。



『掲示板』各街数ヵ所に設置されている。臨時パーティーの募集やギルドメンバーの募集などが、主に貼り出されている。


 好きな内容を投稿出来る為、イベントの告知など貼る人もいる。

 貼り出した内容は各掲示板に共有され、どこの街からも同じ内容を見ることが出来る。



 レースの集計結果はレースが始まった初期は無かったのだが、レースが盛んになっていくと『コール数かぞえ隊』なるギルドが現れた。


 かぞえ隊のメンバーがコールを数え、その結果を掲示板に貼り出してくれるようになったのをレーサーは確認しに行くのが、今や当たり前となった。



 皆が喜びに浮かれながら掲示板へと向かう中、俯いたまま動かない麦。


 僕はそんな麦の様子が心配で声を掛けた。


「麦ちゃん? どうしたの?」


 すると、麦は少し間を置いてから口を開いた。


「私……レースする前、文ちゃん達のこと手伝うって言った時……。正直、レースなんてって思ってたんだ。攻撃力強い私ならバンバン割れちゃうだろう、割れなくても運ゲーだしって……。私の独壇場でいけるんじゃないかって、すごい舐めきってた」


 俯いたまま、声を震わせて麦は話し続けた。


「でも実際やってみたら魔石にさえ触れないし、全然割れなくて……。ただ走ってるだけじゃない事とか、アタッカーの裏で支えてくれる人達の大事さとか……見えない部分が色々見えてきて……実際割ることが出来た時、すごく嬉しかったし、すごく楽しかった……」


 話し続ける麦は、震える拳を強く握りしめていた。


「でも……。他のすごいレーサー達は、一人で割ったりとかしてたのに……あんな大見得きった私は、結局一人で割ったのは無いんだよね……それが恥ずかしくて、すごく悔しい」


 僕は震える麦の肩を抱き寄せ、宥めるように言った。


「麦ちゃん……そんな風に思ってたんだね。ありがとう教えてくれて」


 そして顔を上げた麦に正面から、笑顔で自分の想いを伝えた。


「僕たちは全然そんな風に思っていないよ! 麦ちゃんや花音さんが居たから、こんなに多く割ることが出来たんだよ! 僕らだけじゃ無理だった。それに麦ちゃん十分すごいよ! 一日でトップレーサーと張り合えるぐらい魔石に着くの早くなったし! 僕は麦ちゃんがわんわんに参加してくれて本当に良かったと思ってるよ。わんわんのコールいっぱい鳴らしてくれて、ありがとう!」



「文ちゃん……」


「さぁ! 僕らも掲示板見に行こう!」


 そう言うと、麦はいつも通りの元気いっぱいの顔に戻った。


「うん……うんっ! ワンコの名前が刻み込まれたとこ拝みに行こうー!」



 そして僕たちが掲示板の前に着くと、いつもはそこまで人が集まることのないナウルークの掲示板前に、強豪レーサー達が顔を合わせて、ずらりと並んでいた。


 次回の紅白戦出場者を決める為、イニーナさんの居るナウルークに集まったのだろう。


 強豪レーサー達はイニーナさんと女性アサシンを中心に話し合っていた。


 前の方に立って話しを進めていたのはレーサーギルド『Wildcat tailワイルドキャットテイル』のマスター、『キレマス』さんだ。


 僕たちが掲示板前に近づくと、キレマスさんが話してる声が聞こえてきた。


「もう参加が決定してるギルドを抜いて、順当に行くとコール8回のMiGミグか。じゃあ、これで決定でいいかな? イニーナさん」


 キレマスさんは横に居たイニーナさんへと確認する。


(くっ……7回も割ったなら、いけると思ったが。正宗さんのとこが一歩リードしてたか……)


 ギルドの皆もキレマスさんの声が聞こえていたみたいで、さっきまでの浮かれた顔は一気に沈みきっていた。


 僕らがキレマスさんの言葉に、掲示板の結果を見ずに去ろうとすると、イニーナさんが口を開いた。


「待て。ミグは出来たばかりだな。何人だ?」


 正宗さんが前に出てきて答える。


「うちは5人だ」


 その言葉を聞いたイニーナさんが掲示板の結果表に一瞬目をやり、


「人数が少ないな。数合わせに次のギルドを足せ。それで決定だ」


 そう言って掲示板前から颯爽と竜に乗り立ち去った。



 キレマスさんが結果表をまじまじ見る。


「えーっと、次って言うと……わんわん警備か。今日はよく鳴らしてたもんね! わんわん警備の人って、ここにいるー?」


 キレマスさんが額に手を当てながら、周りを見渡す。


 その言葉に僕らは集団の後ろで大声を出し喜んだ。

 犬彦さんは力強くガッツポーズをし、ミストさんは飛びはねて喜び、爽真君は衝撃のあまりキョロキョロとしていた。

 その横でトチギさんも小さくガッツポーズを取った。


「よっしゃああああ!」

「やった! やったー!」

「まじっすか!? こんなことって!」


 僕も皆と一緒に喜びの声を上げた。


「やった! やったんだ! 僕たち! 紅白戦に出れる時がきたんだ!」


 そう言って後ろを振り返ると、麦と花音さんが喜ぶ皆のことをすごく嬉しそうに見ていた。



 集団の後ろではしゃぐ僕らに気付いたキレマスさんが、近寄ってきて僕たちに質問してきた。


「あー、いたいた! その感じだと、紅白戦の話しは知ってるみたいね。じゃあ聞きます! 次のレーサー紅白戦、参加しますか!?」


 僕らは声を合わせて、参加を受け入れた。


「あぁ! 参加するぜ!」

「もちろん! 参加!」

「参加するっす!」

「参加したいです!」


 トチギさんも大きく頷いていた。

「…………」


 そして僕らと一緒に麦も答えた。


「はいはーい! 麦ちゃんも参加しまーす!」


「じゃあ詳細は追って連絡しますね。マスターさん連絡方法をお話したいのでこっちで……」


 キレマスさんに呼ばれ、犬彦さんは話しに行ってしまった。

 残された僕らが喜びながら掲示板前を去ろうとした時だった。


 後ろから正宗さんに呼び止められた。


「おい、犬。よく参加できたもんだな。だが、次回違うチームになったら容赦しねぇ」


 麦が正宗さんを指差しながら大声で言い返した。


「あっー! ウンコ坊っちゃん! 今日はやられたがっ! 次は容赦しねぇー!」


「やめろっ! 正宗だ! ったく、ふざけんなよ……」


 正宗さんは少し顔を赤らめながら、ぶつぶつ言って僕らの前を去って行った。


 正宗さんが去った後、爽真君が皆の前に立ち提案を持ちかけてきた。


「じゃあ、せっかくっすから取った城で記念写真でも取ります?」


「おっ! いいねー! でも、その前にちょっと鷹のたまり場いってきていい?」


 麦がそう答えると、ミストさんが爽真君とトチギさんの腕を掴んで笑顔で答えた。


「大丈夫ですよ! 私たち先に行って待ってますね!」


 僕は麦と花音さんの助っ人を許してくれたホークさんに一言お礼を言うため、麦と花音さんにくっついて鷹のたまり場へと向かった。


 その途中、花音さんが麦に真顔で話しかけた。


「麦さん。レース確かに参加してみたら楽しかったです。ですが、次回は……」


 花音さんがそこまで言うと、麦は花音さんの方を見て、少しだけ微笑んだ。


「うん……そうだね。今日きてくれて、ありがとねカオちゃん」


「いえ……」


 花音さんは下をむきながら返事をした。


 僕はそのやり取りに少し違和感を感じたが、鷹の事かと思い、特に聞こうとしなかった。


(そういえば……Gv中に会った鷹のメンバーと麦ちゃんが話した後も、麦ちゃん少し様子変だったな。なにか、あったのかな?)


 そして鷹のたまり場に着くと、鷹の人達は笑顔が無いまま座り込み、少しピリついた空気だった。


(なんだこの空気感……Gvの後って、いつもこうなのかな? 来る時ミスったかな……)


 わんわんは割れない日でも、Gv後は皆でわいわい話していた。

 だから想像もしてなかった光景に僕はビビりながらも、麦の後を着いて鷹のたまり場を通っていた。


 たまり場の奥に居たホークさんの前に辿り着くと、ホークさんは僕らに顔を向けた。


「戻ってきたか。バケットと途中で会って、話しは聞いてるな?」


 その言葉に麦が無言で頷く。


 すると、ホークさんは立ち上がり「奥で」と言って、たまり場の奥にある細道へと連れてかれた。


 少し無言が続き、僕は気まずい空気に耐えられず、口を開いた。


「あ、あの……ホークさん! 今日は麦ちゃんと花音さんを助っ人に出してくれて、本当にありがとうございました! おかげで念願だった紅白戦の出場が決まりました!」


 ホークさんは僕に目をむけると顔は真顔のまま、


「そうか、良かったな。……だが、悪いが。次回、麦をそちらに貸すことは出来ない」


 その言葉を聞いた麦がホークさんへと掴みかかる。


「えっ!? なんで!? なんで!? 私ひとり抜けるのもダメなの!? そもそもホークさんが……」


 言い掛けた麦は、掴みかかった手をほどいた。


 ホークさんは少し眉をひそめるも、麦の肩に手を置いてから、その場を立ち去った。


「そうだな……。だが、これは決定事項だ。悪いな」


 鷹の事だし聞かないようにしていたが、麦の俯く姿を見て僕は麦に聞くことにした。


「麦ちゃん、どういうこと? 何かあったの?」


「…………」


 無言の麦を心配していると、横からロマさんがやって来て話しかけてきた。


「ホークさんを悪く思うなよ。俺ら幹部で決めたことだ」



 ロマさんが事情を説明してくれた。


 鷹はKの城を二年以上、連続保持し続けていた。

 しかし、今回のGvで普段ミスをしないホークさんが不調だったらしく、ここぞという所でミスをしてしまった。


 鷹は防衛していた城を取られてしまい、他のKの城へと攻め込んだが、ホークさんの不調は直らなかった。


 足並みが揃わなくなっていた鷹は、Kの城を攻め落とす事が出来ずに、Qの城を落とす事になったのだった。


 しかし、Qの城1つでは採算が合わないので、少数精鋭を散らばせて、他の城も取りに行かせたそうだ。


(それでJ4に鷹のメンバーが来てたのか)


 そして鷹内部で今回の失態を「幹部がレースなんかで遊んでるからだ」と、麦になする人も現れたそうだ。


 その事態収拾を含め、次回のGvは麦の鷹参加が幹部内で決定されたらしい。



「そんな……麦ちゃんは関係ないじゃないですか」


「関係ないと言えなくなるのが、幹部なんだ。それは麦も良く分かってるはずだ。今は皆のモチベーションを上げてやる事を考えねぇと。メンバーが抜けていったら、それこそ鷹は多大な被害を受ける。だから、わりぃが次回は自分達でなんとかしてくれ」


 言い返せなかった。


 麦の気持ちを考えると、言い返したかった。

 しかし、鷹を大事に想ってる麦の気持ちを、踏みにじる事も出来なかった。


 黙ってる僕らの前から、ばつの悪そうな顔でロマさんは去って行った。



 麦は今回レースで自分の不甲斐なさを痛感し、次回に挽回しようと意気込んでいた。

 だが、大手の幹部という立場が、麦から名誉挽回のチャンスを奪った。



 僕たちには無いプレッシャーを麦が背負っていることに、初めて気付かされたのであった。


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