第24話[最後のコール]
僕らはギルド最高記録のコール三回を達成して喜んでいた。麦もレース初めてのコールを鳴らすことが出来て、やる気に満ち溢れていた。
しかし、このままの回数では紅白戦出場に届かない事を、頭の片隅で考えていたのであった。
前半一時間が過ぎ、後半の一時間へと突入した。
僕らは先ほど割ったJ3を離れ、J1に来ていた。
理由は僕らのような弱小ギルドのコールは穴場と思われがちで、コールを聞いた他のギルドが集中しやすいからだ。
本当は麦に合わせJ2・J3・J4を回っていきたいのだが、人が増えてくる後半戦はなるべく柔軟に動く必要がある。犬彦さんも居る今のうちに、麦が走っていないJ1に行くことにした。
──J1前 待機中──
入り口の目の前を取れた麦が鼻の穴を膨らませて、その時を待っていた。
J1のコールが鳴り、一斉に突入。先頭を抜け出しそうになっていた騎士とアサシンを花音さんが抑える。
(さすが花音さん。詠唱も早いし、スキルを出すとこも的確だ。無詠唱魔法も場面によって使い分けてるし)
レースをやった事がなくて不安と言っていた割りに、適応能力が高い花音さんに感心していると、前を走る麦に向けて弓を引いてるアーチャーが目に入った。
僕は咄嗟に体を弓の前に出す。するとアーチャーが放った矢は僕に当たり、アーチャーが舌打ちをする。
「ちっ」
僕は
(カースアローだったのか。良かった麦ちゃんに当たらなくて……)
直ぐに呪い解除のスキルを使うも、遅れを取った僕は入り乱れる妨害の波に飲まれ、城から追い出されてしまった。
HPが尽きる前に見えた光景は、必死に後続を押さえる花音さんの姿だった。
皆より先にセーブポイントへと戻った僕は、その場を動かずに祈った。
(皆……頑張ってくれ……)
続々とGv参加者らしき人達が、セーブポイントに戻ってきてはワープゲートへと急ぎ走る中、僕はJ1のコールを待った。
──『Jack1castle わんわん警備保障』──
そのコールを聞いて、僕は祈っていた顔を思いきり上げた。
「まさか……そんなっ!」
まさかの連続コールに僕は興奮した。周りのレーサーらしき人達も少しザワついた。
「わんわん警備って、今日結構鳴らしてないか?」
「いつも1~2回で俺らと同じぐらいなのに」
セーブポイントから少し離れた場所で皆を待つと、直ぐに麦たちがセーブポイントに帰ってきた。
麦は僕を見るなり、駆け寄って飛びついてきた。
「文ちゃん! やったよっ! 褒めて褒めてっ!」
「すごいよっ! 二連続で割っちゃうなんて快挙だよっ! 本当に凄いよっ!!」
そう言って麦の頭を撫でた。
犬彦さんと花音さんもこちらに歩いて来たので、僕は犬彦さんに向け手を高く挙げると、それに応えるように犬彦さんは笑顔で僕にハイタッチした。
(これで4回……僕たちにしたら本当に快挙だ。でも最低でも後2回か3回は割らないとキツイだろう)
僕たちはそのままの勢いでJ5へ2回行くも割れず、再び行ったJ3で、またも割ることに成功した。
途中、ギルドボイスで爽真君とミストさんが喜びの声を届けてくれた。
「犬彦さん達すごいっすよ! オレもう感動っすよ!」
「もう5回目!? 麦さんと花音さんが入っただけで、こんなにコール数取れるなんてっ! 私達も頑張らないとっ!」
ワープゲートへと走りながら、犬彦さんが指示を出す。
「残り30分を切ったな。またJ3へ行こう。もう結構な奴らが俺らに強力な助っ人が来てるのを把握し始めたから、さっきのコールを聞いて殺到することも無いだろう」
その言葉に調子づく麦。
「おーけー! 犬の旦那っ! うおおおおおおお! やってやんぜえええええええ!」
──J3前 待機中──
僕らは集団の中央でコールが鳴るのを待っていた。
コールが鳴り一斉に入ると、花音さんの妨害が決まり、前に居た半分ぐらいが足止めを食らう。その横を麦と犬彦さんが抜けて行く。
僕も少しだけ妨害を入れると、魔石部屋へと急いだ。
麦と犬彦さんはもう姿が見えなくなっていたので、安心して先を進んだ。
しかし、安心も束の間。凄い速さで花音さんの妨害をすり抜け、僕の横を通り過ぎてく人物が居た。
僕はその人物の後ろ姿を、唇を噛んで見送った。
(出会わないようにしてたのに! 遂に出会ってしまったか……)
麦と犬彦さん、他数名のプレイヤーが一斉に魔石部屋へと着く。
部屋の中央の階段を上った先に、魔石が輝いていた。皆がそれに向かって走る。
麦が階段手前に差し掛かかった時に少し躓き、よろけた。
その上を一人の騎士が飛び越えて行く。その人物は先ほど僕や花音さんを猛スピードで追い抜いていった騎士だった。
麦が飛び越えられた事にビックリして口を開けながら走っていると、麦のちょっと前を走っていた犬彦さんが舌打ちをしながら口の端を上げる。
「ちっ、来やがったか。あの野郎、様子見に来たな」
先頭集団を抜き、一番に魔石を叩き始めた騎士。彼の事をその場に居た全てのレーサーは知っていた。
現在レーサーの中でトッププレイヤーとされている『
彼がレースというものを始め、築いてきたのだ。
イニーナさんに続き、先頭集団が魔石の周りを囲み、叩き始めてから数秒後。
──『Jack3castle Gun bullet』──
J3のコールを僕らはセーブポイントで聞いていた。
麦が悔しがる。
「ぬおおおおおっ! なんだ、あの騎士! 人の頭の上、飛び越えやがって!」
犬彦さんが腕を組ながら笑う。
「あの野郎、まんまと持ってきやがったな」
麦が不思議そうな顔で犬彦さんに聞く。
「えっ? 知り合い?」
それに僕が答え、僕の隣では花音さんが口をへの字にしてボソッと呟いた。
「麦ちゃん。あの人はレーサーのトップの人だよ」
「あの騎士……狙ったのに……」
すると、目の前にあったセーブポイントにイニーナさんが現れた。
実はイニーナさんとGvのセーブポイントが同じなのだ。イニーナさんは僕らの方に冷めた目をむけると、
「期待ハズレだったな」
一言、そう言って颯爽とワープゲートへ走り去ってしまった。
僕らがその言葉に少し固まってると、犬彦さんが僕らの背中を押してきた。
「さぁさぁ! まだレースは終わってないぞ! 奴はきっと別の場所に行くから、もう一度J3に行こう!」
その言葉に僕らは頷き、またJ3へと向かった。
先程、イニーナさんに華麗に妨害を突破された事が悔しかったのだろう花音さんは、キレッキレの妨害を決めてくれ、僕らは6回目のコールを鳴らすことに成功した。
麦が興奮気味に、花音さんを誉めた。
「カオちゃんすごいよ! 後ろにほとんど人居なかったよ! いつのまに、そんなレース上手な子になったの!?」
麦の言葉に、少しだけ口の端を上げて喜ぶ花音さん。
「やっと私の妨害の凄さに、気付いてくれましたか。とは言いつつも、私もやっと慣れてきた感じです」
僕らは6回という、今までにないほどのコール数に喜び調子を上げるも、その後割れないままラスト10分を切っていた。
(一度のGvで6回も割れた。だけど……微妙なラインだ。6回なら、他にも何組かいるだろう……)
僕らにしては十分すぎるほどのコール数だが、あと一押し欲しいところだった。僕らは後一回のコールを目指し、J4へと向かった。
J4の前で待機していた僕は、あとギリギリ走れて2回、もしかしたら最後の走りになるだろうレースの開始を待っていた。
時間もラストに近い為、城の入り口前はギュウギュウ詰めになっていた。
花音さんはむさ苦しい男達に囲まれて、僕らとは少し離れた位置に行ってしまった。
「うっ……なんですかコレは……体が潰れる……」
J4のコールが鳴り、また勢い良く魔石部屋へと向かう。
僕は麦から貰った回服薬を使いながら、妨害網をなんとか生き残り、魔石部屋の前へ辿り着いた。
すると、先に行ったはずの麦と犬彦さん含め、数名が魔石部屋に入らず、入り口前で止まっていた。
「どうしたんですか!?」
僕が犬彦さん達に聞くと、犬彦さんが困った顔で答えてくれた。
「防衛してんだよ。時間が終わりに近付いて、Qが取れなかった奴らがJに流れて来たんだな」
麦もその場で足踏みをしながら、ソワソワとしていた。
「結構、人数居てさー! さすがに数人で突っ込んでも直ぐ蒸発しそうだから、もう少し人数揃うの待ってんだよー! カオちゃんは……って、カオちゃんセーブポイント戻ってんじゃん! やられちゃったの!?」
ログを確認した麦が、花音さんがやられてセーブポイントに戻ってることに気付く。
すると、ギルドボイスで花音さんが透かさず麦に言う。
「五月蝿いですよ麦さん。とりあえず、もう一度そちらに向かいます」
レーサー達が攻めあぐねていると、そこへ麦に声を掛ける人物が現れた。
「あっれー? 麦さん。助っ人行ってるとは聞いてたけど、まさかレースっすかぁ……」
そう言って現れたのは、鷹のエンブレムをつけた、ちょっとチャラい感じのアサシンだった。その後ろにも鷹のメンバーが数名きていた。
話し掛けられたアサシンに向け、麦が驚きの顔を見せる。
「ややっ! バケツくん! 何故こんなとこに?」
「いや、バケットっす。ちょっと……個人通話でいっすかー?」
麦とバケットさんは、個人通話に切り替え話し始めた。なにやら麦は凄く驚いてるようだった。
「と、ゆう訳なんで俺ら行きますねー」
話しを終えたバケットさんはそう言って、魔石部屋の入り口をアゴで指し示し、後ろに居た鷹のメンバーと一緒に部屋へと入って行った。
バケットさん達が行った後も、一点を見つめ動かない麦。
「麦ちゃん……?」
僕が声かけると麦がバッと顔を上げ、僕の肩を掴み凄い勢いで言ってきた。
「後10秒! 10秒たったら私達も突入するよ!」
いきなり言われて、僕は状況が理解出来ず混乱した。
「えっ!? えっ!? なになに!?」
僕は混乱しながらも麦と犬彦さんに支援をかけ直し、支援をかけ直してる合間にも、麦は自身強化スキルを使って突入準備をしていた。その僅か数秒後、麦が叫ぶ。
「はい! とつにゅううううううう!」
そう言って麦は部屋に突入した。それに続き、犬彦さんと僕も部屋へ入った。入り口で待機していたレーサー達も、僕らに釣られ突入をかける。
部屋へ入ると、防衛していたはずのギルドは残り半数以下まで減らされていて、周りでは鷹のメンバーと防衛ギルドが入り乱れていた。
バケットさんが一人で魔石を叩いてる横で、鷹のプリがバケットさんを守っている状態だった。
僕たちは魔石に駆け寄るが、その途中で乱戦に巻き込まれ、僕と犬彦さんが足止めを食らってしまい、一人魔石に駆け寄る麦。
麦が魔石に辿り着き、バケットさんの反対側で魔石を叩き始めると、バケットさんは冷めた口調で麦に話しかけてきた。
「麦さん。レース楽しいっすか? そんなに熱くなれるほど楽しそうには思えないっすけど。所詮は運ゲーでしょ?」
「なっ……!」
バケットさんの言葉に、麦が気を取られた瞬間。
麦は後ろから、鷹のモンクに《オヤジ》を打たれてしまい、一人城から追い出された。
そして……。
──『Jack4castle Hawk's nest』──
城から追い出された僕たちは、セーブポイントの近くで立ち尽くしていた。
Gvの残り時間は2分を切っていた。
急いで行っても、もう間に合わないのが分かっていた。僕らは立ち止まったまま、次々と流れる他のギルドのラストコールを聞いていた。
麦はずっと黙ったまま、俯いているだけだった。
そんな麦の様子を見た犬彦さんは、僕の肩に手を置きながら喋りだした。
「うちが6回も割れるなんてなぁー。今日は祝杯だな! まだ他のギルドの結果が分かってねぇんだ。紅白戦出場は十分ありえるぜ!」
元気がない麦を気遣う犬彦さんの優しさが、僕には伝わった。
「犬彦さん……。そうですよね! 6回なら他のギルドの結果によっては……」
僕がそう言いかけた時だった。
──『Jack6castle わんわん警備保障』──
ラストのコールが鳴っていく中、最後の最後に鳴ったコールは僕たちのギルドだった。
──ゴーン、ゴーン
その最後のコールが流れると共に、大きな鐘の音が攻城戦の終わりを告げるのだった。
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