第22話[レーサー]
僕と麦はペアを組んでレース開始の城をJ4に選んだ。
その先に待っていた対抗レーサーのアサシン正宗さんの一言に、闘志を燃やす麦が城の入り口前を陣取り、僕は伝えたいことを伝えられないまま麦にくっついて入り口前にいた。
するとGv開始を告げる鐘の音が鳴り響きレースが開始した。
城の入り口にあった見えない壁が無くなると、皆が一斉に城の中に入る。
麦が通路の真ん中を突き進む中、同じく前にいた正宗さんは壁の右側を走っていた。
麦はその光景を見て思う。
(あの坊っちゃん、さては麦飯さんが恐ろしくて壁際にいるのだな! でも今日の麦ちゃんはレーサーですから! 攻撃なんてせずにまずは魔石部屋へ向かうんだよーん!)
麦はそんな事を考えつつ、正宗さんが進む方向を見ながら魔石部屋へと向かっていった。
しかし、魔石部屋への距離が近くなるにつれ、段々と正宗さんとの距離は空いていった。
それだけでは無く、後ろに居たはずの他のレーサーにも横から抜かれて行く麦。
(なんでえええええええ!? えっ!? えっ!? 竜乗り騎士に抜かれるのはまだ分かるけど! 何故他の職にも抜かれていくのっ!?)
後続の数人に抜かれた麦が、他レーサーの後を追ってやっとの思いで魔石部屋へ着くと、魔石を先に叩いていた正宗さんが横目で麦を確認する。
すると、口の端を吊り上げ麦に対し言葉を放った。
「遅すぎる」
その一言が発せられた瞬間に、僕と麦はナウルークのセーブポイントへと戻された。
魔石が割れたのだった。
魔石が割れると、割ったギルド以外はセーブポイントへと戻される。
城の中で死んだ場合も同じくデスペナは無いが強制的にセーブポイントへと戻されてしまう。
魔石は打撃のみ有効でスキルや魔法は当たらない。
──『Jack4castle MiG-25』──
僕らがセーブポイントに投げ出されるとともにJ4のコールが聞こえてきた。取ったのは正宗さんだった。
魔石が割れると何処のギルドが何処の城を取ったのかワールド全体に天の声が流れるようになっているのだ。
レースが盛んになってからは五月蝿かったのだろう。Gvに参加しないプレイヤーから苦情がきたみたいで修正が入り、Gv中のコールがカット選択できるようになった。
セーブポイントに戻された麦は地団駄踏んで悔しがった。
「うおおおおおおおおおお! くやしいいいいい! あのウンコ坊っちゃんめっ! 全然追い付けんがなっ! なんでなの文ちゃん!?」
(なんとなくは予想してたけど……やっぱり、こうなったか)
「麦ちゃん……。レースではインコースを狙って行かないと間に合わないよ。レーサー達は城の魔石部屋までの最短ルートを頭に入れてて、そのルートの曲がり角側の道を行くことによって少しでも早く魔石部屋へと着くようにするんだ。トップレーサーにもなると、Jの城には少ないけど障害物の避け位置、飛び越え位置、最適な位置を全て把握してる。対抗が増えれば増えるほど、1~2秒の遅れがレースでは負けに繋がる」
麦は口をポカンと開けた。
「な、なんてこったい……じゃあ、ちゃんとルート思い出さないと話になんないじゃん! ひゃふっ!」
「そうだね……とりあえず僕らはJ2・J3・J4辺りを様子見ながら回ろう! 麦ちゃんならすぐ道も思い出すだろうし、感覚も掴めると僕は信じてるよ!」
そう言って僕は麦の背中に手を当てた。すると、麦は笑顔を取り戻し、走り出した。
「よっしゃああああ! もう一回J4行こう!」
「じゃあ次はもう一個の入り口側から行こうか」
Jの城には入り口が二つあり、どっちかの入り口に人が溜まり反対側は意外に穴という時が結構あるのだ。
ついでにQの城には入り口が三つ。Kには四つと設定されている。
城が大きくなるほどに中も複雑な作りになっていて、入り口によって魔石部屋までの距離が違ったりあるがJはほぼ距離にあたっては違いが無い。
僕らがそんな話をしていると、
──『Jack1castle わんわん警備保障』──
そのコールに僕と麦は目を見合わせた。
「えっ!? あっ! やった! トチギさんだ! 取ったんだ!」
喜ぶ僕の肩を掴みながら目を丸くする麦。
「取れたの!? すごいじゃん! なんで、なんで!?」
「2周目を狙ったんだ。レースは割ってから急いでまた城に向かってもすぐには着けない。だから、待機しといて1回目割った直後を狙って直ぐに割りに行くんだ。表周と裏周と言えば分かりやすいかな? と言っても早い人は1周目割って3周目に間に合うけど、半分ぐらいの人は1周目割ったら4周目に行く。そうやって、どんどん入り乱れて行くんだ。時間が経てば経つほど、人も増えてくるしね」
僕は一息つき、話を続けた。
「そこで狙い目なのは最初の一発目の裏の2周目なんだ。人が少ない時間帯プラス、最近レーサーになった人達はそこらへんの事情を把握してない。自信があるレーサーは他の人達など気にせず一発目から突っこんでいったりするし。2周目は結構、穴場なんだ」
それを聞いた麦は僕の胸ぐらを掴んだ。
「な、な、なんでそれ言わないのおおおお!」
「いや、言おうとしたけど……麦ちゃん正宗さんとバチバチになっちゃって前の方出ちゃったし、2周目行っても割れるとは限らないから……」
麦は僕の言葉を聞くと、僕の胸ぐらを掴んでいた手を緩め、下をむいた。
「うぅぅぅ……くやしいぃぃぃ! 華々しく一回目のコール鳴らしたかったのに! 文ちゃん! モタモタしてないで行くよっ! 私たちも皆にワンコの名前を知らしめよう!」
「麦ちゃん……うん、行こう! またJ4へ!」
そして僕らはワープゲートを通りまたJ4へと来た。
先ほどとは別の入り口に着くと、そこには誰も居なかった。それを見た麦は喜びながら足を早める。
「あっ! 誰も居ないじゃん! ラッキー! 文ちゃん行こっ行こっ!」
「ちょっと待って麦ちゃん!」
僕の制止を聞く前に、麦は城の中へと入って行ってしまった。
(さっき話したばっかなのに……。しょうがない)
僕も麦に続いて城の中に入り少し進むと、予想通りセーブポイントへと戻された。
麦が頭を抱えて叫ぶ。
「がっでえええええええむ!」
「はぁ……麦ちゃん。ちゃんとコール聞いてから突入しないと……」
麦が分かりませんって顔で僕の方を見てきたので、僕は麦に説明する。
「急に中に入っても中で既に誰かが叩いてるだろうから、コールを聞いて割れたら中に突入するんだよ」
「そうかっ! 確かに! そうだよねっ!」
僕は麦に支援をかけ直しながら更に捕捉した。
「レーサー達は常にコールを聞いてるんだ。それで『あそこの城は今コールが止まってるな、防衛入ってるのかな』とか考えながら城を回ってるんだよ」
「へぇー! 疲れちゃうね!」
軽い麦の返事に僕は苦笑いするも助言を続けた。
「いや、まぁ慣れもあるだろうけど……状況は僕が理解して城決めるから、麦ちゃんは入る時のコールだけ気を付けてね」
「おっっけぇー! 文助っ! 頼もしいぞよ!」
(ふみすけ……? まぁいっか。とりあえず次も4行くか。コールを聞いてる感じだと正宗さんもまだJ4に居るっぽいから裏を狙おう)
僕は次に行く城を決め麦に告げた。
「もう一回さっきの入り口から狙って行こう!」
「おっー!」
そうして、僕と麦はJ4を主軸にJ3やJ2なども回った。
Gv開始から45分が経過したが、僕らはまだ一回も割れていなかった。
しかし麦のポテンシャルは高く、魔石部屋に着くまでの最短ルートを確実に掴んでいた。
その頃、犬彦さん達トリオはQ5の城に居た。
こそこそと隠れながら魔石部屋へと進む三人。不思議そうな顔で花音さんが犬彦さんに聞く。
「何故Qなんかに居るのですか? レース会場はJでは?」
犬彦さんが曲がり角の壁から顔を出し、廊下を確認しながら答える。
「ん? あぁ……。ちょっとばかし、様子見にな。今この城を占拠してるギルドだが、結構Pvを楽しむ質でな。割かし強い方だから、段々めげて他のギルドが来なくなるんだ。防衛して誰も来なくなったら飽きて他所いっちまう時があるんだわ」
花音さんが「なるほど」と納得すると三人は魔石部屋の前まで辿り着く。
部屋にはドアがあるのだがドアを開けるといった行動をする必要がない。ドアはただの見映えの為の飾りで、すり抜けられるからだ。
だが、部屋の中にちゃんと入らないと中の様子が分からないようになっている。
音なども部屋の外には聞こえず、人が居ないのか防衛してるのかとか分からない。
この部屋に突入する時が結構ドキドキな場面だったりする。
犬彦さんは自身強化のスキルをかけ直していた。
「ここまでの道のりで占領ギルドの誰にも出会わなかったから、ほぼ間違いなく中は防衛してないだろう」
そう言って部屋に入ろうとした瞬間、中から人が出てきた。
中から出てきたのはアーチャーで、部屋の外に居た犬彦さん達三人を見て慌てて魔石部屋へと戻っていった。
花音さんが犬彦さんの後ろから顔を出して聞く。
「中、居ましたね。行きますか? 移動しますか?」
爽真君が花音さんの後ろから顔を覗かせ、犬彦さんへ弱音を吐いた。
「犬彦さん移動しましょう。オレら三人じゃ無理っすよ」
犬彦さんは入り口に目をやりながら、後ろの二人に待ったをかけた。
「いや、待て。一瞬だったが今のエンブレム……今、占拠してるギルドじゃねぇな。あれは確か少人数のギルドだ。あいつら『狐』だな」
Gv中、城に入ってるプレイヤーの頭の上には拳大の大きさでギルドエンブレムが現れる。
ギルドエンブレムとはそれぞれのギルドの紋章みたいなものだ。デフォルトも多く用意されているが自分で作成するギルドが多い。
花音さんが眠たそうな顔で聞く。
「狐というギルドなんですか?」
すると、魔石部屋の入口に弓を引いて構えている爽真君が答えた。
「違うっすよ。大手だと関係ないから狐って言葉使わないんすかね」
爽真君の返答に少しイラっとしたのか、早口で花音さんが聞き返す。
「なんでしょうか? 意味が分かりません」
犬彦さんが「まぁまぁ」と宥めながら説明をしてくれた。
「狐ってのはな、『虎の威を借る狐』って言葉あるだろ? あれから来てんだが。要は自分より強いギルドが落とした城が無人だった場合に直ぐに落とさず、そのままにしとくんだよ。すると、強いギルドが所持していると思って、そう簡単には攻めてこない。それを利用してギリギリまで落とさずにいる奴らのことを狐って言ってんだ。最近じゃ自分より弱いとこでもやってる奴ら居たりするけどな」
花音さんが「そうですか」と納得してる後ろから、爽真君が少し焦った表情で口を挟んできた。
「それより、早く部屋の中に行かなくていいんすか? 今ごろ魔石叩いてるんじゃ」
焦っている爽真君に笑いかける犬彦さん。
「まぁ待て。あぁいった奴らは自分より弱くて人数も少ない相手なら、自分達で押さえられると思って簡単には割らねぇよ」
花音さんが杖を前に構え、下を向きながら魔法増加など自身強化スキルで自分を強化しながら犬彦さんに問う。
「相手のギルドは何人ぐらいでしょうか?」
「んっと、正確には覚えてねぇが……6~7人ってとこだったかな。そんなに目立って強い奴も居なかったはずだ」
「でしたら、私が先に部屋に入ります。30秒後に部屋に入って来て下さい」
爽真君がその言葉に思わず、何も無いとこへ弓を放ってしまう。
「えっ!? まじっすか? 大丈夫なんすか?」
花音さんは正面を向くと、いつもは眠たそうな目を見開いていた。
「このぐらいしか役立つ所も無いので。狐は鷹の捕食対象だという事を教えてあげますよ」
レース会場とは離れた場所で花音さん達の制圧が開始しようとしていた。
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