第21話[レース開始]

 チーム旧暦の狩り中に、僕らのギルド『わんわん警備保障』へのGv参加を約束したまま、Gv当日まで姿を現さない麦。

 そんな中、Gvの時間が刻々と迫っていた。


──攻城戦 一時間前──


 僕らはギルドのたまり場に居た。すでにギルドメンバーは全員揃っていて、支度も終わり皆で座って話していた。


 爽真君がソワソワしながら僕に訊ねてくる。


「麦さん今日来れないんっすか?」


「ごめん……僕も今、実家帰ってて状況が分からなくて……。約束してたのにごめんね……」


 僕は申し訳なさに皆の顔が見れず俯いてた。


「無事なことは分かってるんでしょ? なら、何か事情があるんじゃない! 大丈夫! 私達だけでいつも通り頑張ろうよ!」


 そう言ってくれたのは、ギルドメンバーの『MISTミスト』さん。黒髪ショートの女性プリーストだ。さっぱりした性格で付き合いやすい人だ。


 犬彦さんが腕を組ながら微笑みかける。


「まぁ、そう言うことだから。宜しく頼むぜ、トチギさん」


「…………」


 無言で頷くアサシンの彼は『トチギ』さん。

 無口な人だが、穏やかで僕らの中で一番レベルとプレイヤースキルが高い。うちのギルドの中で魔石を割るのはほとんどがトチギさんだ。


 僕ら五人がわんわん警備保障のメンバーだ。


 皆でどこの城から回るか話し始めると、そこへ目の下に隈を濃く刻み込んだヨレヨレの状態の麦が登場した。


「やぁ、皆のもの! 遅れてすまない!」


「麦ちゃんっ! 今まで何処行ってたの!? ……っていうか、なんでそんな顔やつれてんの」


 麦の姿を見たミストさんが、爽真君に疑問を口にする。


「目のクマなんて衣装装備あったっけ?」


「さぁ……麦さんっすから、持ってそうっすけどね」


 犬彦さんが麦に近寄り手を差し出した。


「初めまして。俺がこのギルドのマスターの犬彦だ。今日は来てくれて、ありがとう」


 麦は差し出された手を握ると、


「やぁやぁ! よろしく! 今日は存分に活躍しちゃうよー! 皆もよろしくねー!」


 そう言って皆に握手をして回った。


「麦ちゃん一体、何してたの?」


 麦に聞くと、麦は自分のコンソールをいじりながら返事した。


「いやぁギリギリまで頑張ったけど間に合わなかったよー!」


「えっ? 何が間に合わなかったの?」


「そんなことより! これっ! 遅れたお詫び! 皆で使って!」


 僕の質問に軽くスルーして、麦が皆に配ったものは高級回服薬とそれぞれに装備やアクセサリーだった。


「装備は使えそうなら使って! 使えなそうなら、使わなくていいからー! 回服薬は使い切ったら教えて! まだまだ、あるから!」


 爽真君が目を見開きながら配られたものを凝視する。


「いや、これ……いいんすか?」


 犬彦さんは麦に渡された武器を装備しながら、麦に感謝を伝える。


「俺は有り難く使わせてもらうぜ。こりゃ、城の一個でも取って返さないとな!」


 皆はビックリしながらも喜んでいた。そんな皆を見て麦も満足そうにしていた。



「麦ちゃん、有り難いんだけど僕は回服薬いいよ。プリだし」


 と言って、僕が麦に回服薬を返そうとすると麦はそれを拒否した。


 そして僕の前にズカズカと歩いて来て、


「かあああああああ! これだから文ちゃんはっ! プリでも死なないように回復叩くんだよ! どうせ今までヒールで耐えようとかしてたんでしょ!? 文ちゃんのへなちょこヒールじゃ生き残れないから! 生き残って、妨害するとかアタッカーが死なないように支援しなきゃ! プリの一番の役目は死なないことだから! アンダースタンっ!?」


「えっ……。あ、はい」


 もの凄い剣幕で捲し立てられた。


 僕と麦のやり取りを見て苦笑いする犬彦さんが、皆にむけて提案をする。


「麦さん来たから、せっかくなら二手に分かれてみるか」


 その提案に麦が手の平を突きだし、待ったをかける。


「あっ! ちょい待って! もう一人、助っ人で来るよ! 今、準備してこっち向かってるから!」


「えっ? 助っ人って?」


 僕が麦に聞き返すと、一人の人物が花屋の影から登場した。

 その人物が麦にむけ話し掛けた。


「麦さん、来ましたよ」


 単調なトーンで声を掛けてきた相手に、僕は目を丸くする。


「花音さん!?」


 いつも以上に目が座った状態で登場したのは、鷹のソーサラー花音さんだった。


「いやぁ! カオちゃん! 良く来た! まぁとりあえずくつろぎたまえっ!」


 そう言って麦は花音さんをたまり場の奥へ誘導すると、花音さんは少し口をへの字にしながら僕の隣に来て地面へと座った。


 不機嫌そうな花音さんに僕は恐る恐る話し掛ける。


「花音さん、なんか巻き込んでごめんね……麦に無理言われて来たの?」


「いえ、お気になさらず。デスさんにお願いされたので仕方なく来ました。レースに参加したことがないので勝手が分からず、不安になっているだけです」


 と、素っ気なく返された。


(やっぱ参加したことないと不安になるものなのかな? 麦は全然そんな事なさそうだけど……っていうか、デスさんって誰だろう……?)


 そんな花音さんの肩をポンっと麦が叩いた。


「まぁまぁ! そんな顔しないで! きっと、いい経験になるよー!」


 花音さんは冷たい目で麦を見ると、少しだけタメ息を吐いた。

 そんな様子を見て僕は慌てて話しを変えた。


「ま、まぁ! これでメンバー揃ったってことで、どうします? 二手に分かれますか?」


 すると、犬彦さんが腕を組ながら考える。


「そうだなぁ……。まずは自己紹介でもするか」


 それぞれの特徴を軽く説明し、話し合った結果。三つのグループに分かれる作戦になった。


 僕と麦のペア。トチギさんとミストさんのペア。犬彦さん、爽真君、花音さんのトリオ。


 いつもより多くの数を割る為に前半はなるべく分かれて行くことにした。


 犬彦さん達トリオはたまに発生する空き砦や小人数での防衛など、抜け目を狙って城を巡り、その間に僕らペアのグループがレース会場をそれぞれに分かれて狙うことになった。


 作戦も決まり、僕らは勢いをつけるため円陣を組むと犬彦さんが大きな声で叫ぶ。


「皆、協力してくれた麦さんや花音さんの為にも、念願だった紅白戦出場のチャンスをこれで掴むぞ!」


「おーっ!」



 攻戦城の城は大きな城があるエリアをKingキング、中ぐらいの城が集まるエリアをQueenクイーン、小さいのがJackジャックと分けられている。


 それぞれのエリアに配置されている城には数字が設定されており、K1~4・Q1~5・J1~6となっている。『J3へ行こう』となったら、小さい城の3番を意味する。


 各街から、それぞれのエリアへのワープゲートが設定されている。

 デルンは集中しやすい為、普段のたまり場とGv時のたまり場が違うギルドは多々ある。


 僕らのギルドはナウルークがセーブポイントになっていた。



 麦から受け取ったアイテムも含め、準備し直した皆が揃うとGvエリアへのワープゲート前へと移動した。


「じゃあ俺らはとりあえずJ6辺りでも行ってみるか。爽真、足頼む」


 犬彦さんがそう言うと爽真君がスキルを使い移動速度を上げた。

 プリの移動速度を上げるスキルとは違い、アーチャーのはパーティーにしか出来ないが、自分以外の移動速度を上げれるのはプリと弓だけだ。


 そして僕と一緒に皆に支援を掛けるミストさんが、


「私達はJ1から行きますね!」


 そう言う彼女の隣でトチギさんも頷く。


「皆のもの!健闘を祈る!」


 皆に向けて敬礼した手を挙げた麦が一言告げると、エリアへの移動が可能になるGv開始5分前になり、皆はワープゲートへと入って行った。


「麦さんも宜しく頼むっすよ!」


 皆がワープゲートへと入ってく中、花音さんがゲート前で立ち止まると振り返り、麦にむかって吐き捨てるように言った。


「麦さん割らなかったら、ホークさんに言って二度と私への命令権が行使できないようにお願いしますからね」


「カオちゃん目がマジだよ!」


 そして僕たちも最後にゲートに入ると、辺り一面草木に囲われた道の上に出た。

 木の上からはJ2の城の頭が見えていて、目の前には案内看板も立っている。



 僕らはまだ何処から行くか決めていなかったので麦に問う。


「じゃあ僕たちは何処から行こうか?」


「Jの城なんて久々すぎて中忘れちゃったなー、文ちゃんにまかすよ!」


「えっ、大丈夫……? それじゃあ、J4でも行こうか」


 小さい城は大きい城に比べ、城を取得した時の宝は大した物では無いが、魔石がある部屋までのルートが短く、障害も少ない為レースに適していた。

 

 J1~6までの城はそれぞれ中の作りは違うものの、どれも大体魔石の部屋まで同じぐらいの距離だ。

 だが、4だけは少しだけ道が長い為、レース会場の中では人気が低い場所だった。



 僕は最初はなるべく人が少ない所を狙って麦に感覚を掴んでもらおうとJ4の城を選んだ。


 僕らがJ4前に着くと、同じくアサシンとプリのペアがすでに待機していた。僕はそのアサシンに見覚えがあった。


「あれは……確か、『戦槌』の……」


 僕の声が聞こえたみたいで城前で待機していたアサシンがこちらを振り向く。


「どこの坊っちゃんか知らねぇが、戦槌は解散したぜ。知らないってことは大したギルドじゃねぇな」


 そう言ってアサシンは鼻で笑い、顔を正面に戻した。そのアサシンにむかって僕を押し退けて麦が近寄る。


「どこの坊っちゃんが存じませんが、戦槌なんて! 大したことないギルド! 存じませんけど! どこぞの坊っちゃんは自分が有名人にでも、なったおつもりかしら? おーほっほっほっ!」


「ちょっ! 麦ちゃん!」


 麦の安い挑発に苛立ったのか、アサシンは麦を睨み付ける。


「……てめぇ誰だ?」


 麦はふんぞり返るとアサシンにむけ指をさし、言い放った。


「ホークスネストの麦飯さんを知らないなんて言わせないぜ! 坊っちゃん!」


 その言葉を聞いたアサシンがたじろぐ。


「なっ、ホークスネストだと……なんでこんな序盤にJなんかに居んだ」


 更にふんぞり返った麦が自信満々に答える。


「ふっふっふ。今日は鷹じゃなくて犬なのだ! 坊っちゃんと同じレーサーという訳だ!」


「何言ってっか、いまいち分かんねぇけど……要は鷹が取りに来るわけじゃねぇんだな。レース相手ってんなら俺の敵じゃねぇな」


 しかめ面していたアサシンがまた前を向き直すと、麦がアサシンの顔を覗き込んだ。


「ん? 敵じゃねぇって、仲間になってほしいの? 悪いねぇ! 今日はワンコに先約されてんだ!」


「違げぇよ! 敵として認識できないぐらい雑魚だなって意味だ!」


 それを聞いた麦は拳をアサシンにむけ、大声で言い返す。


「なっ、なんだとぉ! このウンコ坊っちゃん!」


 アサシンは少し顔を赤らめながら麦の拳をはたく。


「やめろ! 下手な呼び名で呼ぶな! 俺は新しく出来たレーサーギルド『MiGミグ-25』の『正宗まさむね』だ」


 麦と正宗さんがやり取りしている間にも、続々とレーサーっぽい人達が集まってきて、僕らを入れて12人の集団になっていた。

 僕らは集団の先頭で正宗さんと肩を並べて立っていた。


 正宗さんがこちらを睨み付けてくると。


「おい犬。簡単に割れると思うなよ」


 それに対し麦があざけ笑うようにして言い返す。


「おー怖っ! おー怖っ! レース初めての麦ちゃんが割っちゃったらゴメンなさいねー!」


「止めなよ麦ちゃん……」


 麦が正宗さんと一触即発の中、僕は麦に伝えなければいけない事があるのに話すタイミングを逃して集団の前で困っていた。


 すると間もなく開始の合図が鳴る。


──ゴーン、ゴーン


 僕らの命運を賭けたGvが大きな鐘の音とともに始まったのだった。

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