第20話[わんわん]

 ダンジョン鬼市きしを攻略した僕らは、ダンジョンで拾った戦利品を分配していた。


 皐月さんがコンソールを操作しながら皆に聞く。


「では、私が相場で全て買い取らせて頂いて、それを分配という形でいいでしょうかぁ?」


 皆が笑顔で頷く。


「あぁ、頼むぞ!」

「皐月さんありがとう! 助かるよ!」


「では計算致しますので、暫くお待ちくださいねぇ」


 皐月さんが戦利品の計算をしている間、僕たちはダンジョンでの話しや普段の生活の事などを話して待っていた。


 そんな中、爽真君が僕の隣に居た麦に近寄り話し掛けてきた。


「麦さん、あの件約束っすよ」


「おーけー! おーけー! 心配するなっ! 少年!」


 そのやり取りを聞いていて僕はなんのことだか、さっぱりだった。


「えっ? 約束って? 何か約束したの麦ちゃん?」


(なんだか、とんでもない事約束してそうだなぁ……)


 すると麦がキョトンとした顔でこちらを見てくる。


「えっ? 文ちゃん聞いてなかったの? うんって頷いてたじゃん!」


「えっ……? なんのこと?」


 爽真君が苦笑いしながら僕の前に座った。


「あー、あの時は文月さんテンパってたっすからねー。次のGvの話っすよ。本当に覚えてないんすか?」


 そう言われて、僕はうっすらとした記憶を思い出した。


(そういや洞窟抜けて小休憩取った後、あの怖い場所を進んでる時にGvがどうのって言ってたような……)



──1時間半前 鬼市ダンジョン内──


 僕は町の雰囲気に完全にテンパっていた。


「ひぃぃぃぃ!」


「す、すみません文月さん……強く抱きつかないでくださいっす……」


 突然物陰から現れるMobに僕は我を失って爽真君に飛び付いていた。

 それを見た麦がニヤニヤと笑いながら爽真君に言う。


「おぉ! 熱いねー! このこのー!」


 爽真君が僕を引き剥がしながら、呆れた顔をした。


「お宅の旦那さんっすけど……」


 すると皐月さんが急に「あっ」と何かを思い出した様に後ろを振り返り、話し掛けてきた。


「そういえばぁ、来月そちらは紅白戦なんですよね?」


 弥生さんが不思議そうな顔をして聞く。


「紅白戦?」


 爽真君がため息をつきながら皐月さんに答える。


「レーサー紅白戦っす。うちはレーサーギルドって言っても弱小なんで、チーム分けに入れないっすよ」


『レース』通常のGvGでは城の中央に設置してある『魔石』ませきを攻撃し、魔石を割ったギルドがその城の持ち主になる。

 割れた魔石はまた復活し、二時間あるGvGの時間中その魔石を守りながら他ギルドから城を防衛するのが通常の流れだ。


 しかし、近年発生したのがレースという割り逃げスタイルだ。レースを行ってる人達のことをレーサーと呼んでいるのだ。


 割った後に城を防衛せず、セーブポイントに戻り、また割りに行く。


 レーサー達が競うものは魔石を割った回数だ。

 二時間のGvGの内、多く割ったギルドに栄光が捧げられる。勿論、最後の時間は城を取るため余計にヒートアップする。


 割った回数が多いからと言って、何かがあるわけでは無いのだが……。

 少人数ギルドでも魔石を割るチャンスがあると言った楽しみと、数多い人数の中で割り勝った時の快感を味わうと中々癖になるものなのだ。


 小規模ギルドなどが防衛に入ったりするが、その防衛網を掻い潜りながら魔石を割るのもまた醍醐味の一つだ。


 城は大きな城が4つ、中ぐらいの城が5つ、小さいのが6つとあるのだが、主にレースは小さい城の方で盛んに行われている。



 そんなレーサー達が年に一度行ってるのが『レーサー紅白戦』だ。


 数多くいるレーサーギルドの中でも強豪ギルド達が集まり、二つのチームに分かれ、チームごとに協力して割る数を競い合うお祭りが紅白戦なのだ。


 まだ今年で二回目だが昨年はとても盛り上がり、それもあってレーサーギルドは更に数を増やしていた。少人数でも楽しめるというのが大きなポイントなのだろう。



 僕と爽真君が所属するギルドもレーサーギルドなのだが、毎回のGvで割れて1~2回の弱小ギルドであった。


 昨年の紅白戦の時も、紅白戦を開催しているトップレーサーギルドから声がかかることは無かった。

 きっと今年も関与する事なく、横から紅白戦を眺めているだけなんだろうとギルドの皆で話していたとこだった。



 俯く爽真君に皐月さんが微笑んだ。


「まだ声掛けてもらってないんですねぇ。それなら、次のGvはチャンスかもしれませんよぉ」


 爽真君は顔を上げ、皐月さんを真っ直ぐに見た。


「どういうことっすか?」


 皐月さんはいちさんに回復薬を投げると爽真君の方を振り返った。


「実はレーサーに知り合いが居まして、耳にしたのですが。先日、割りと上位のレーサーギルドが解散したみたいでしてぇ。その穴埋めに次のGvで出場が決まっていないギルドの中から、数多く割ったギルドを紅白戦の数に入れようか……というお話になってるみたいですねぇ。解散したギルドの人数を考えると、場合によっては二つのギルドにお声掛けする予定みたいですよぉ」


 爽真君は一瞬明るい顔をするも、直ぐに暗い顔へとなった。


「それ本当っすか!?……でも、オレらじゃ多分無理っすね」


 するとMobを倒し終えた麦が、僕の背後から現れたMobに向かってナイフを投げながら話に入ってきた。


「次のGv私手伝おうかー? うちのギルドゆるいから助っ人とか傭兵で一旦抜けるのOKだし」


 その言葉に再び顔を明るくする爽真君。


「えっ、まじっすか!? 麦さん来るなら、もっと数稼げそうっすね! 文月さん、どうっすか?」


「文ちゃん! いいよねっ!? ねっ!?」


 正直、僕は後ろから急に現れたMobにビビってて、よく分かってなかったが「いいよね?」と聞かれたのでとりあえずOKしといた。


「い、いいよいいよいいよ!! いいよおおおおおお!!」



 と、やっと約束の内容を思い出した僕は改めて考えてみる。


(紅白戦出場のチャンスか……でも麦ちゃんレースなんてやった事ないよな? 大丈夫なのか? 人手が増えるのは有り難いけど……)


 うーんっと僕が考え込んでいると麦に背中を思いっきり叩かれた。


──バシィィィン──


「いっ、痛っ!」


「文ちゃんっ! この麦飯さんが手伝うって言ってんだから! 大船に乗ったつもりで文ちゃんはふんぞり返ってれば、いいんだよ!」


 と、自信満々な麦に少し不安を感じたが……。紅白戦に出れるのは憧れていた事だし、チャンスがあるなら挑戦したい。

 麦にお願いすることにした。


「じゃあ、よろしく頼むね。麦ちゃん」


「おぅよっ! 文ちゃん達を夢の舞台に立たせてあげるのが私の夢ですっ!」



 こうして次回のGvに僕らのギルドへ参加することを約束した麦はそれから一週間、所在が掴めなかった。


 酒場や宿にもおらず、鷹のたまり場に行っても姿がなかった。


 鷹のたまり場を見に行った時にたまたま居たロマさんに聞いてみるがロマさんも最近会ってないとのこと。


「つうか、お前ら家一緒じゃねぇの?」


「えっ!? あっ、いや! 僕、今実家に帰ってきてて……」


 ロマさんの思わぬ普通の質問に焦った。


 ロマさんは少し眉をひそめるも、直ぐに憐れむ目で僕を見ながら僕の肩をポンっと叩いた。


「まぁ、たまには一人になりてぇよな。麦に会ったら伝えといてやるよ」


(絶対なんか勘違いしてる……。けど深掘りされても困るし、いいか……)


「は、はぁ……宜しくお願いします……」


(麦ちゃん何処で何やらかしてるんだろう……? 個人メッセージは返事かえってくるけど一言だし……。明日、本当に来るのかな?)


 僕らは友達登録してなかったのでお互いに繋いでるかどうか分からない状態だった。


 なので最初はどこを探しても居ない麦を心配して、個人メッセージを出したのだが、返ってきた返事は「生きてます」の一言だけ。


 その後も何回か送るが、同じ内容の返事しか来ないので何かやってるのだろうと、ほっとくことにした。



 無事であることは確認出来たので平気だったが……あまりにも出会わないので不安になっていった。


 僕はギルドの人達に次回のGvに麦が来ることを話しており、それを聞いたマスターはとても喜んでいた。

 これで来ないとなるとギルドの人達は怒らないだろうが、ガッカリさせてしまうだろう。



「はぁぁ…………本当、麦ちゃん何してんだろう」


 僕はデルンの隅っこにある花屋の裏に一人、腰かけていた。

 この、街の隅の目立たない場所は僕らのギルドのたまり場だ。


 僕は最後にもう一回だけ『明日のGv来れそう?』と麦にメッセージを送っていた。



 僕はメッセンジャーNPCのピクシーに話し掛けた。


「君を追って行けば、麦ちゃんの場所が分かるのかな?」


 ピクシーは微笑みながら空へと飛んでいき、空中で姿を消した。


 メッセンジャーNPCは個々で好きなように設定出来る。デフォルトは白い鳩だ。相手の所に届く時には、相手側の設定した姿になってメッセージを届けてくれる。


(そういえば、麦ちゃんのは手のひらサイズの蝿だったな……なんでか、結構人気なんだよな蝿……)


 ピクシーが消えた空を見上げながら、そんな事を考えていると僕の前に急にプレイヤーが現れた。


──ヒュン


 僕の前に現れたのは狼装備のバーサーカーで、ギルドマスターの『ピタゴラ装置犬彦三号そうちいぬひこさんごう』さんだった。

 どうやら今ログインしたみたいだ。


「よぉ、文。浮かねぇ顔してんな。どうした?」


「あっ犬彦いぬひこさん、こんにちは! いや、ちょっと……仕事の疲れが」


 咄嗟に犬彦さんから目線を逸らしてしまった。犬彦さんは「そうか」と一言だけ言うと、その場に座り込んだ。



 僕と犬彦さんは、もうすぐ三年の付き合いになる。


 僕がギルドに入る半年前、鷹に入った麦は鷹のメンバーとつるむようになっていた。

 その頃は僕も大学が忙しくなり始め、ゲームに繋ぐ時間が短くなっていた。


 そんな中、久しぶりに繋いだゲームの中でギルド募集がすごく増えている事にビックリした僕は、興味本意で一つのギルドに入った。


 それがこのギルド『わんわん警備保障』だ。募集要項が『人を守れる犬になりたい人』だったのに惹かれたのもあった。


 それから、あまり繋がない僕にも優しく色々教えてくれたのが犬彦さんだった。


 リアルでは二回ほど飲みに行ったことがある。二児のパパで前に会った時に嬉しそうに子供達の写真を見せてくれた。


 ゲーム内で僕が結婚してることを知ってたのは僕の周りで犬彦さんだけだった。勿論、死んだことは伝えていないが……。


 少し沈黙が続くと、先に口を開いたのは犬彦さんだった。


「そういや嫁さん、次のGv来れそうなのか?」


「あっ、それが……。多分……大丈夫です……」


「なんだ喧嘩でもしたのか? まぁ来れなくても気にする事ねぇよ。俺らは普段通りやるだけだ。……それじゃ駄目なんだったか。いつもより少しばかり頑張ろうぜ」


 見た目は少しイカつめの犬彦さんは、穏やかな目で僕に笑いかけた。僕は犬彦さんの優しさに釣られて顔が綻んだ。


(麦ちゃん……明日来てくれよ……)


 その後、麦とは連絡が取れないままGv当日を迎えるのであった。


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