第19話[坊や良い子だ]
僕らはダンジョン鬼市で洞窟を抜けた先にあった薄気味悪い場所で小休憩を取っていた。
お化け屋敷とかの雰囲気が苦手な僕は一度VRを外し、気持ちを落ち着かせていた。10分が経過し、そろそろ戻るかとまたゲームの世界へと入っていった。
僕がゲームの世界に戻ると、もうすでに爽真君と師匠と弥生さんが休憩から戻っていた。
麦を囲んで楽しそうに話をしてるのを見て、僕はその場から少し聞き耳をたてた。
「そうそう! 文ちゃんったら、その時にお化けの前でジャーしちゃって! もう文ちゃん引っ張って速攻逃げたよねー!」
(ちょっ! ちょっとちょっと! 待て待て! 僕の話じゃないか!)
僕は急いで麦の話を止めようと立ち上がった。
そんな僕に気付かず話は進む。弥生さんが不思議そうに麦に聞く。
「ジャーって何ですか?」
爽真君が苦笑いしながら弥生さんを止めた。
「そこは、あんまり掘らない方がいいっすよ……」
楽しそうに人指し指をかかげ話しを続ける麦。
「ジャーってのは……ごふっ」
話始めた麦にスライディングアタックして、なんとか話を止めることが出来た。
「おっ、文月殿も戻ったのだな」
服をはたいてる僕を見て師匠が話し掛けてきた。
「お待たせしました。あとはいちさんと皐月さんですか?」
そう聞いた矢先、いちさんが目を空けた。
「俺は今戻ったぜ」
続いて皐月さんも休憩から戻ってきたので、僕たちは先へと進んだ。僕はブルブルしながらも皆に支援を欠かさないよう気を配った。
先ほどの洞窟はキョンスィーと蜘蛛とムカデぐらいしか出なかったのだが、この薄気味悪い場所では他の不死系Mobが数多く現れた。
急に建物の影から現れたりする奴に対して僕は小さな悲鳴をあげていた。
「ひぃっ!」「ひゃあ!」「うぎゃああああ」
結局、最終的には爽真君に飛び付いてた気がする……あんまり記憶にないが。
「ふ、文月さん……標準が合わせられないっす……」
僕は普段の狩り以上に疲れきった状態で最後の場所へと辿り着いた。
そこには元々は真っ赤だったのだろうか、色が抜け落ちた赤錆び色の瓦屋根と所々ヒビが入ったり、穴が空いてる土壁で出来た大きな門があった。
ダンジョンボスが待ち構えてる門の前に皆で立ち止まる。
弥生さんが門を大きく見上げながら聞く。
「大きいですねー! いよいよボスですかー!?」
弥生さんと一緒になって門を見上げてた、いちさんがボスについて説明してくれた。
「そうだ。さっき言った通り、ここのボスは地面設置型のスキルは効かない。近距離の攻撃はあまりしてこないから、気をつけるのは遠距離と魔法だな。こっちの近接も当たりずらいから基本は遠距離攻撃とか使った方がいいかな」
そう言いながら、いちさんは背中にかけていた大きな斧を手に持つと、自分の前へ振り下ろす。
「一応、俺の斧はリーチ3の武器だから当たるけど師匠と麦さんの攻撃は正面から当たらないから、二人は背後から背中に乗ってくれ。俺が前でタゲ取るよ」
武器にはそれぞれリーチ設定がしてある。
モンクの武器は全て0でアサシンの短剣はだいたいが1だ。近接武器だと最長は今のとこ4である。
あと、フィールドボスには無いがダンジョンボスに多く設定されているのが『弱点位置』というものであり、弱点位置に攻撃をヒットさせることで、通常より2~3倍のダメージを与えることが出来る。
ここのダンジョンボスの弱点位置はどうやら背中にあるらしく、前面からの攻撃が当たらない麦と師匠が後ろ側から背中に飛び乗り弱点位置を突く作戦になった。
背中に飛び乗っても範囲攻撃などは当たるので注意が必要だ。
僕は範囲回復がないし、皐月さんの回復薬投げも位置によっては届くらしいがほぼ届かないと思った方がいいらしい。
なので2人は範囲攻撃に気をつけながら背中の弱点を突かないといけない。
ボスの門を開ける前にいちさんが僕に確認してきた。
「七さん『弱点サーチ』持ってたよね?」
「大丈夫持ってるよ!」
『弱点サーチ』はその名の通り、弱点が見えるスキルだ。スキルを付与された相手はMobの弱点を発見するとその位置が七色に光って見える。
ソーサラーにも、似たような弱点を確認出来るスキルがあるのだが本人だけしか見えないので、こういった場合に使用する際は誘導が必要になる。
いちさんは確認を終えると大きく頷き、門の扉を押した。
「じゃあ、行きますかー!」
その後ろで麦と弥生さんが拳をあげ、気合いを出していた。
「おっー!」
門を開くと空が急に黒い雲に覆われ、雷鳴が鳴り響いた。
青い稲妻が雲を横切る中、細長い体を
ゆっくりと僕たちの元へ下りてくる龍は堂々としていて怖いというより、格好良かった。
そして僕たちの近くまで来ると、円を書く様に僕たちの上を一周し、大きな唸り声を上げると共に戦闘が開始した。
黄龍は地面から少し浮かび上がった位置から僕たちにむけ攻撃を仕掛けてきた。
いちさんが前の方に立ち、斧での近接攻撃をしながら黄龍のタゲを取ると、その後ろから皐月さん、爽真君、弥生さんが遠距離で攻撃を加えていく。
その間に麦と師匠は黄龍に気付かれないよう後ろ側へとまわった。
黄龍の背後へと辿り着いた師匠がグローブをはめ直しながら麦に尋ねる。
「よし! これから背へ飛び移るが問題はないな?」
麦はスキル情報を確認しながら答えた。
「おーけー! サーチ切れるのが後8分だから、急いで弱点みつけないとね! さぁ私に着いて来るが良いぞ!」
そう言ってキメ顔で師匠の方を見るが、師匠はもうすでに黄龍の背へと飛び移っていた。
師匠が背から落ちないよう上手く《縮地》を使って移動する後を、麦もクネクネする背中の上をヒョイヒョイ進んでいった。
すると、背中の半分を過ぎた辺りで師匠が弱点を発見した。
「小娘!あったぞ!」
「おっおっ! じゃあ支援切れるまで攻撃していきますかー!」
皐月さんが龍の背中を攻撃してる二人を目を細めて確認する。
「無事に弱点発見したみたいですねぇ。私達も頑張りましょう」
その後も背中の二人は敵の範囲スキルを避けた拍子にミスって落ちたりとかは少しあったが、特に危うくなることは無かった。
前方で戦っている僕たちも皐月さんの回復があったので安定していた。
弥生さんが敵のHP情報を確認すると。
「もう少しで瀕死エフェクト出そうですねー!」
その言葉に僕は安心した。
「順調ですね! このまま最後まで安定していければ……」
瀕死エフェクトが出る残りHP10%の時点になると急に龍が大きな唸り声を出しながら、うずくまる。
その光景にいちさんが違和感を感じる。
「あんな風になったか……?」
「あれは……」
皐月さんが言葉を発しようとした瞬間、黄龍は体にオーラを纏い始めた。
皆がオーラを纏った黄龍を口を開けて見る中、弥生さんが震える手で黄龍を指差した。
「あ、あれって! もしかして『エンパワー』ですか!?」
『エンパワー』とは、ボス系にのみ設定されていて、低い確率でMobが瀕死になった時に発動する。
オーラを纏い始め、通常の3~4倍の強さへと進化を遂げる。その時にしか行わないスキルなどもある。
まさかのエンパワーに当たってしまい皆が一瞬攻撃を躊躇したが背中の二人は違った。
「もうすぐ、倒せるんだから諦めちゃダメだよー! 攻撃の手を休めるなー! 文ちゃんも杖で叩けー!」
「小娘の言う通りだぞ! 私が残り半分ぐらいは削ろう」
そう言うと、師匠は自分に気を溜めていった。
師匠の周りを気の塊が囲う。師匠はその気の塊を自分の中に一斉に取り込むと、師匠の全身が赤くなる。
そしてスキルを発動した師匠の後ろを黒い炎が包んだ。
黒い炎から鬼神が現れ師匠と重なり、鬼神と重なった師匠が拳を腰の方まで引いて構えると……。
【
重く素早い拳が黄龍の体を貫いた。
『慈讖神鳴橈祖示』とは通称オヤジと呼ばれ、残りのMP全てを使って防御力無視の強烈な一撃を打つスキルだ。
MPの量によって攻撃力が作用されるが、MPMAXの状態で通常攻撃の100%上乗せと、単体の攻撃ならこれ以上強いスキルは無いだろう。
その変わり打った後のペナルティも重いものである。
下へ落ちていく師匠が麦にむかって、拳を突きだし叫び声をあげた。
「あとは頼んだぞ!」
麦は拳を受け取ると自分の胸を強く叩き、そっと呟いた。
「アディオース……戦友」
師匠の必殺が決まり、弥生さんが直ぐに黄龍のHPを確認する。
「あと残り3%です!」
その言葉に皆は最後の力を振り絞って一気に攻撃を与えていく。
「うおおおおおおおお!! 麦飯高速あたーっく!!」
しかし、倒れる寸前で黄龍は背中に麦を乗せたまま、急に空高くへと舞い上がった。
皆の攻撃がどんどん当たらなくなっていく。爽真君の放った矢が龍をかすめた。
「くそっ! これじゃ攻撃当たらないっすよ! あと少しなのに」
皆が空高く昇っていく龍を何も出来ず見上げていると、皐月さんが微笑みながら話し始めた。
「あれはエンパワー特有スキルを放ってきますねぇ。皆さん個々に距離を取った方がいいですよぉ」
その言葉に僕は皐月さんへ聞き返す。
「どういうことですか?」
「黄龍が放とうとしてるスキルは、ランダムターゲットで一人に即死級の強烈なのを打ってくるのですがぁ。意外と範囲があるので避けるのも困難ですし、離れてないと巻き込まれて、一緒になって横たわる事になりますよぉ」
「えっ……」
いちさんが頭を掻きながら皆に指示を出した。
「被害は少ない方がいいか。今のメンバーじゃ防げないってことですもんね? 皆、急いでバラバラに離れよう!」
そう言って皆が別方向へ体の向きを変えた時、上から麦の悲鳴が聞こえた。
「うぎゃあああああああ! もう落ちるぅぅぅ! 落ちる前に最後一発だけでも喰らえぇぇぇぇ!」
麦が必死に黄龍の背中にしがみつきながら短剣を突き刺そうと持ち上げる。
僕の目にはその姿が一瞬……でんでん太鼓の少年と重なって少し感動した。
麦が短剣を突き刺すと黄龍は暴れ、麦は振りほどかれた。
落下する麦に黄龍は狙いを定め接近してくる。
黄龍がランダムターゲットで選んだ相手は麦だった。落下しながら麦が叫ぶ。
「こんな落ちてる時じゃ避けれんがなあああああああ!」
(ここからじゃ《アトラクト》も届かない……!)
僕が歯を食い縛りながら上を見上げてると、師匠が僕を持ち上げた。
「えっ? 師匠!?」
「文月殿…………行ってこおおおおおい!!」
そう言うと師匠は僕を空へと投げた。
「うわあああああ!」
プレイヤーがプレイヤーを投げる際、重量やパワーの関係、制限などあるがここでは省こう。
黄龍の目が光り、口に青白い光の塊がたまっていく。それを見た麦が頭を抱えながら体を丸くした。
「ぎゃあああああああ! もうダメえええええ!!」
体がまだ上にむかって進んでいく途中、僕は麦との距離を見ていた。
(よしっ! ここだっ!)
その瞬間、黄龍が麦にむけて口から青白い雷を放った。
【
そして僕もほぼ同時に麦へと《アトラクト》を放つ。
【
青白く鋭い雷はギリギリのところで麦の体をかすめた。
勢いよく飛んできた麦を抱き止め、僕らはそのまま落下。高所から落下する僕と麦は二人して涙目で絶叫した。
「ぎゃあああああああああああ!!」
黄龍も最後の攻撃をしようと僕らを追って空から急降下してくる。黄龍と僕らの距離が縮まった瞬間……。
【チャージアロー】
凄まじい速さの矢が黄龍の額を貫き、黄龍は雄叫びとともに地上へと落下していった。
黄龍を倒した爽真君がガッツポーズをする。
黄龍が倒れた後も僕らの落下は止まらず、地面があと僅かと迫った。
もうダメだと目を瞑ろうとした、その時だった。僕らは薄紫色のモヤに包まれた。
【
弥生さんが僕らの落下地点に、地面から少し浮遊するスキルを使ってくれ、僕らは地面すれすれの所で浮いていた。
「最近、沼地行くから取っておいたんですよー! 役に立って良かったー!」
皐月さんは拍手しながら近寄ってきて、その後ろでは師匠が腕を組ながら嬉しそうに頷いていた。
「皆さんお疲れ様でしたぁ! 被害が出なくて良かったですねぇ!」
「二人とも、なかなかの動きであったぞ!」
僕と麦はフワフワと浮きながら、お互いに目を合わせてから皆にむけピースした。
凄くハラハラドキドキのダンジョン攻略だったが、とても楽しかったと心から思えたのであった。
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