第18話[ネタスキル]

 チャンロウ北にあるダンジョン鬼市きしで暗闇の中からピョンピョンと可愛い音がしてきた。


 皆の反応を見るに敵であることは分かるのだが「こんな可愛い音を立ててやってくるなんてウサギか何かかな?」と、僕は軽い気持ちで待ち受けていた。


 すると、段々と暗闇から『それ』が近付いて来た。

 『それ』はどう見てもウサギとかの可愛い小動物ではなかった。


 人の形をしているが明らかに精気は感じられず、全身黒い服に身を包み、長い爪を生やした両手を前にピンと伸ばして両足で同時に跳ねて向かってくる。


 暗闇から姿を現した『それ』に僕は声をあげる。


「キョ、キョンシー!?」


 すると、透かさず師匠がMobにむかって拳を突き立てながら叫んだ。


「文月殿! 違うぞ! こやつはキョンシーでは無い! キョンスィーだっ!」


「…………はっ? キョンスィーって……」


 僕はふざけた名前につい力が抜けた。


 いちさんがフッと笑いながらも斧をキョンスィーに振り下ろす。


「このゲームのネーミングセンスは適当だからな」


 

 麦も居るし、そこまで難易度が高くないという事もあって、すんなりと一体目を倒した僕らはダンジョンの奥へと進んで行った。


 ダンジョンに入ってから30分以上は経過しただろう時に僕らの前に壁が広がった。


 皆が立ち止まる後ろで、僕は皆の間から前方の壁の方を見る。


「あれっ? 行き止まり?」


 すると、いちさんは僕の方を振り返り、担いでいた斧を下ろす。


「いや、行き止まりじゃないよ。ちょうどダンジョンの半分だ。ただこの先がこのダンジョン一番の死にポイントかな」


 その言葉に弥生さんが不安そうに聞く。


「どういう事ですか?」


「この先の道はこの壁の端にありますぅ」


 皐月さんが指差す方を見ると、確かに行き止まりに見えた壁の隅の方に道が見える。しかし……。


「なんか、あの道狭くないっすか?」


 爽真君が眉間にシワを寄せて、いちさんに聞く。


「あぁ、そうなんだ。一人ずつ縦になって進むしかない。でも、問題はそこじゃないんだ」


 小さな岩に座りこんでナイフをジャグリング代わりに投げていた麦が口を開いた。


「そこの一本道抜けた先に、よくMobが溜まりまくってんだよねぇー!」


 どうやらダンジョン経験者の人達の話では、人が一人入れるぐらいの細道を進んで行くと急に広い空間に出るらしい。


 だが、このダンジョンの設定なのかそこにMobがよく溜まってるらしく、抜けた瞬間に大量のMobに襲われるそうだ。


 なので進む順番を決めてから行こうと立ち止まってたらしい。



 いちさんが皆を見回してから、顎に手をやり考え込む。


「んー、とりあえず麦さん先頭で、その後ろに師匠で七さん挟んで俺がいいかな? で、手前で溜まってる場合は麦さんに一匹ずつ釣って来てもらって殲滅してって、ある程度減ったら皆で前出るか? 時間かかるか……」


 すると、皐月さんがニコニコと手を挙げる。


「私に作戦があるのですがぁ。その為には麦飯さんのプレイヤースキルが必要になりますぅ」



 皐月さんの作戦はこうだ。


 麦が敵を引き付けながら歩き周り、その間に皐月さんが『炎の絨毯フレイムラグ』と言って地面の2平方メートル範囲に炎が立ち上がる薬をバラまく。

 その上に麦が引き付けた敵を誘導する。


 フレイムラグの上では攻撃を受けている間ある程度の足止めが効くので、足止めしてる間に範囲魔法や遠距離攻撃などで皆でタコ殴り……というのを数回繰り返せば直ぐに殲滅できるとのこと。


 麦はその作戦を聞いて、皐月さんに親指を立てて賛成した。


「トレインねっ! 麦ちゃんに任せてちょっ!」



 そんな麦に皐月さんと師匠が注意を促す。


「敵の攻撃受けて足が止まった瞬間に蒸発しかねないので気をつけてくださいねぇ」


「あとクモの巣だな! この先は蜘蛛も数多くいるぞ!」


 麦は岩からピョンっと立ち上がり、ナイフを僕にむけた。


「不死には《気配消失》も効かないからねー! 麦ちゃんの腕の見っせっどっこっろー! 文ちゃん手厚い支援よろしくねー!」



 と、言うことで一本道を進む順番は『麦・僕・皐月さん・師匠・いちさん・爽真君・弥生さん』になった。


 ついでにこのゲームはダンジョン内のリポップがないので、ここまでの狭い道で取りこぼしが無ければ、後ろから襲われる心配は無い。



 さっそく決めた順番で狭い一本道を突き進む。細道は15メートルほどの短いものだった。


 細道を抜ける手前で麦が止まった。


「おぅおぅ! 溜まってそうな音してるねぇー!」


 そう言われて僕も耳を澄ましてみる。すると幾重にも重なったピョンピョンの音と、カサカサと多分蜘蛛だろう音が聞こえてきた。


「なんか……この音……すごい、いっぱい居ない?」


 手前に見える範囲でも結構居そうなのに、見えてる以上に明らかに多い音の数に僕は少しビビっていた。


 そんな僕の胸に麦は拳を当て笑った。


「手厚いの頼むよ! 文ちゃん!」


 僕が支援を麦にかけ直してる間、皐月さんも皆に《光苔》をかけ直す。


 準備が整った麦が手筈通り敵の溜まっている所へと突っ込んで行った。


 ナイフを投げて敵のタゲを取りながら、上手い具合に敵の間をすり抜け敵を集めて行く。

 集めた敵も纏まるように上手に歩く速度を調整しながら、そこら中を練り歩く麦。



 麦が手前の敵を集め、手前が空いたところへ皐月さんが《フレイムラグ》を広げ、皆も前に出て戦闘態勢をとっていた。

 こちらの準備が整ったのを確認して僕が麦に声を掛ける。


「麦ちゃーん! いいよー!」



 すると、暗闇から直ぐに姿を現す麦。

 後ろに大量のキョンスィーと蜘蛛を引き連れながら来る姿はある種、恐怖映像だった。


「ちょっ! 連れてきすぎじゃない!?」


 焦る僕の横で皐月さんがニコニコしながら拍手をする。


「さすがぁ麦飯さんですねぇ! お上手ですねぇ!」


「へいっ! 一丁上がり!」


《フレイムラグ》に満遍なく乗るように敵を誘導する麦。敵が《フレイムラグ》に乗ったのを確認して皆が一斉に攻撃を始め、敵は殲滅されていった。



 倒し終わると弥生さんがフーッと息をついた。


「今ので、どのくらいですか?」


 弥生さんの質問に麦がスクワットしながら答えた。


「んーっと、奥見た感じ三分の一ってとこかなー! あと二回ぐらいで終るよ! はいはいっ! 次いくよ!」


 さっき褒められたのが嬉しかったのか、やたら元気な麦に僕が支援をかけ直すと、麦はウキウキとまた闇に消えてった。


(麦ちゃん……浮かれてるなぁ。大丈夫かなぁ……)


 浮かれた麦の姿を見送りながら、僕は少し不安に感じていた。


「もう少し前に出ましょうかぁ」


 皐月さんに言われ、皆は少し前の方に移動して先程のように態勢を整えた。

 そして麦へ声を掛けると、また大量の敵を引き連れて暗闇から麦が登場した。



「またイッパイ引き連れてきたっすね」


「しかし本当、麦さんトレイン上手いなー!」


「麦さんカッコイイです! アタシもアサシンなっておけば良かったかなぁー!」


 皆の褒め言葉に明らかに喜んでるのが分かる麦。


 《フレイムラグ》の近くまで来て、格好つけようとしたのか……。蜘蛛が吐いた糸を避けるタイミングで飛び上がると空中で一回転し着地。


「あっ…………」


 しかし、着地点ミスって《フレイムラグ》の手前に着地してしまった麦。


 しかも、その着地点には運悪く避けたはずのクモの巣。クモの巣に捕まって動けない麦。そのすぐ後ろからは大量の敵。


「あぅわわわー! やっちまったよおおおおおお!」


 涙目の麦に戸惑いをみせる皆。そんな中、僕は咄嗟に麦に向けてスキルを放った。


引き寄せアトラクト


『アトラクト』はパーティーメンバーを一人自分の元へ強制的に引っ張るスキルだ。敵に囲まれた時などに使えたりする。


 だが、まだ高レベルキャラでもスキルツリーが全部明かされていない状態のこのゲーム内では、重要とされずに他の自身強化スキルや支援スキルを優先される為、ネタスキルの一種にされている。


 やたら無闇に支援が陣形崩してまで引っ張るのもよく思われていないのもあり、取得する人はほぼ居なかった。僕も実際、初めて狩りで使用した。


(やっと使える場所がきたよ……)


 敵に捕まる寸前のとこで麦を引っ張ると、それに釣られて敵が《フレイムラグ》へと突っ込んでいった。


(やっぱり『浮かれる麦にいい事なし』だったな)


 最近、思い出した事の一つだった。



 その後も広間に残ってる敵を倒し終え、また少し狭めの洞窟を抜けると今度は町らしき場所へと出た。


 町へ出ると暗闇が解除され少し明るくなり、周りが見えるようになった。

 よく見るとチャンロウの街並みに似ていたが明らかに雰囲気が違った。


 明るくなったとは言え辺りは薄暗く、立ち並ぶ建物は全てが廃墟だった。

 どこからともなく風の抜けるようなヒューカタカタという音が鳴っていて、とても不気味な場所だった。



 僕は震える手を必死に抑えながら、皆に支援をかけ直すと列の一番後ろに居た爽真君と弥生さんの間に入った。


 そして、ついポロリと言葉が出てしまう。


「はぁ……帰りたい……」


 それが爽真君に聞こえてしまったみたいで爽真君が心配そうな顔で僕に声を掛けてくれた。


「どうしたんっすか? もしかして、自宅じゃないんすか?」


 爽真君のその言葉に僕は口に出ていた事に気付き慌てる。


「えっ!? いやっ! 違う違う! ちょっと別のこと考えてて! ごめんごめん!」


 そのやり取りを見ていた麦が目を丸くして近寄ってきた。


「文ちゃん! もしかして、まだお化け怖いの!?」


 皆の視線が僕に注がれる。僕は恥ずかしさで顔を赤らめながら皆にむかって否定した。


「はっ、はぁぁぁ!? い、いやいやいや! まさかっ! 違うよっ! やだなぁ麦ちゃん! それは子供の時の話でしょ!」


 すると、僕の足を見て麦は更に絡んでくる。


「えっ!? でも文ちゃん足ブルブルだよっ!?」


「ちっ、違うって! トイレ! ちょっとトイレ行きたいなーって焦ってただけだからっ!」



 そんな僕と麦の間にいちさんが割って入った。


「まぁまぁ。一旦、小休憩しましょうか。敵きたらアレなんで順番に」


 皆が賛成する中、麦が皆の前方に行き地面にあぐらをかいた。


「私休憩いらないから皆行ってきちゃっていいよー! 一、二匹ぐらいなら私一人でなんとかなるし!」


「じゃあお言葉に甘えて、皆少し休憩しようか!」


 いちさんが皆にそう言って、少し休憩を取ることになった。


 僕も麦に「行ってくるね」と声をかけ、直ぐにVRを取った。

 目の前が見慣れたリビングになると僕は一安心した。


「ふぅー…………あんなリアルに怖くする事ないのに」


 正直、キョンスィーが出てきた時点で少しビビってはいたのだが……。


 狭めの洞窟内で皆で固まって歩いていたし、あの音でキョンスィーが現れるのは分かったから、さほど怖くなかった。だけど、あの雰囲気は本気で怖い。


 僕は昔からお化け屋敷が苦手なのだが、さすがに23歳にもなって恥ずかしくて皆には言えない。


「あの先、行ける自信ないなぁ……はぁぁぁ」


 誰も居ないリビングに僕のため息だけが響き渡った。


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