第17話[ダンジョン]

 僕たちは旧暦を名前に使っている人達を集めた『チーム旧暦』に、急遽乱入してきた麦を入れて狩りに行くことになった。



 いちさんが手を叩き皆の注目を集める。


「さっ! 麦さんも狩り行くことになったし、何処に行くか決めよう!」


 すると爽真君が弥生さんに話を振る。


「さっき弥生さん、ダンジョン行きたいって言ってたっすよね?」


「そうなんですよ! 久しぶりにダンジョン行きたいなーっと思ったんですけど! 皆さんはいかがですか?」



『ダンジョン』ワールド内のフィールドマップに転々とあり、ダンジョンによって難易度が異なる。

 入場人数の制限が設けられているのも特徴的。


 他のフィールドマップとは違い、中でログアウトすればダンジョンの外に追い出され最初からやり直しになる。


 必ず最後にはダンジョンボスというのが設定されていて、ボスを倒せばダンジョンクリアとなる。


 倒さず帰還スクロールでダンジョンを抜けても、拾ったアイテム等は消えることがない。

 なので、ソロで挑戦してボスを倒さずアイテムだけ拾って街に戻る人も多くいる。



 僕は皆で行けるなら、何処でも良かったので勿論賛成。皆も首を縦に振っていた。


「僕は賛成ですよ!」

「いいのではないかっ!」


 すると皐月さんがポンっと手を叩き、提案を持ちかけてきた。


「でしたらぁ、チャンロウの北にあるダンジョンはどうでしょうかぁ? ちょうど、あそこで素材収集したかったので、ドロップした調合素材を買い取らせていただけると助かりますぅ」


 その言葉に弥生さんが大きく手を挙げて質問する。


「あのっ! アタシ、そこのダンジョン行ったことないんですけど! どんな感じなんですか?」


「オレも行ったことないっす」

「僕も……」


 と、そこのダンジョンが未経験の爽真君と僕も手を挙げた。


 いちさんが笑顔で答えてくれた。


「難易度は中級で、出てくるMobは主に不死型と昆虫型だな」


 爽真君が腕を組み眉をひそめながら、いちさんに問い返した。


「ダンジョンボスは何っすか?」

「龍だ」


 龍と聞いて僕は、よく勇者が倒す方のガタイの良いドラゴンではなく、でんでん太鼓持った少年が乗り回してる方の蛇の様に細長いのを思い描いた。


「りゅ、りゅう? 龍って……動物型になるのかな?」


 直ぐに麦のツッコミが入る。


「文ちゃん! 気持ちは分かるけど違うよ! 悪魔だよ!」


 いちさんは軽く頷き笑った。


「そう。ラストだけは悪魔型だ。だが別段、問題になることはないかな」


「ダンジョン自体もぉ中級ですので、これだけ人数揃っていれば大丈夫ですよぉ」


 皐月さんも手を合わせながら微笑み、皆を安心させてくれた。



「決まったようだな! では、支度をしてチャンロウへ赴くぞ!」


 すくっと立ち上がり倉庫へ向かう師匠に続き、小躍りしながら麦も支度へと向かった。


「チャンロ~ウ~♪ チャンロ~♪ ウゥ~ロォン……ちゃあぁぁっっ!!!!」



──チャンロウ到着──


『チャンロウ』古い中国を思わせる街並みをしており、メインの通りは木製で出来た赤い建物が多く並ぶ。


 何処の建物からも赤い提灯が吊るされている。

 夜に来ると赤提灯がとても明るく照らされ、建物の色も相まって一面真っ赤へと妖艶的になる。


 街全体に食べ物の屋台が多い。



「麦ちゃん! いちいち屋台の前で止まらないでよっ!」


「だってぇ~、どれも美味しそう~」


 屋台の匂いに釣られて食べに行きそうになる麦を引っ張りながら、僕らはチャンロウの北マップへと向かった。


 弥生さんも指をくわえながら屋台の中を覗き込む。


「確かに見てると美味しそうですよねっ! あぁー、アタシもなんだかお腹すいてきちゃったなー!」


 すると、いちさんが立ち止まり時計を確認した。


「もうすぐ11時半か……ダンジョン内は時間も掛かるし、みんな昼飯済ませてからにするか!」


「うむ。では私はそこの荷馬車の上で一度、落ちるぞ」


 そう言うと、師匠は近くにあった馬車の荷台の屋根にトンっと飛び乗り、座り込んで目を閉じた。


 このゲームでキャラが目を閉じている行為というのは、実際に目を閉じてるか、VR機器が顔面から離れたことを意味する。

 なので、街中で目を閉じてるキャラが居ると大半はその場に居ないのである。


 皆がログアウトやキャラだけ残して休憩に行く中、その場には麦と皐月さんだけが残った。


 麦は当然ログアウト出来ないので、皆が落ちた時を狙って屋台のご飯でも食べに行くつもりだったのだろう。


 しかし、一向に落ちる気配の無い皐月さんに困惑する麦。


 口を一文字にして皐月さんを横目で見る。皐月さんに微笑み返される。


「…………」


 微笑み返される。


「……………………」



 無言に耐えられなくなった麦が話し始めた。


「さっ、皐月先生……お食事は?」


「私は遅めの朝食でしたのでぇ。麦飯さんこそ、文月さんと一緒にお食事行かれないんですかぁ?」


 痛いとこを突かれ、咄嗟に嘘をつく麦。


「うっ、私だけ……遅めの朝食でしたので……」


「あらぁ、そうなんですねぇ。先程すごくお腹すかしてらしたみたいですけどぉ?」


 更に皐月さんの痛いツッコミに、汗がダラダラ垂れる。


「うっ……拙者…………ダイエット中にござる……」


 皐月さんが「ほぉ」っと納得して、麦に別の質問を投げ掛ける。


「そうでしたかぁ。それより麦飯さんて、ホークスネストの麦飯さんですよねぇ?」


「なっ、何故それを」


 皐月さんは近くにあった木箱に腰かけると、微笑みを麦にむけた。


「私も『Gv』出てますからぁ。麦飯さん、とても目立ってるのですぐに分かりますよぉ」


『Gv』とは、ギルドvsギルドの略でこのゲームではギルド攻城戦のことを指す。GvGの略。



 麦はGvという単語が出て皐月さんへの興味が上がり、皐月さんの前の地面に座り込むと、前のめりに問い出した。


「ほぉ! 皐月さんはどこのギルドなのかなっ!?」


「ヴォドゥンですぅ」



Vodunヴォドゥン』ギルドエンブレムに山羊の頭蓋骨が使われていることから、通称『山羊』と呼ばれている。

 マスターはソーサラーで後衛職に力を入れているのが特徴。



「おっ、山羊かっ! あそこのマスター濃いよねぇー! そういや、最近は籠城してんねー!」


「そうですねぇ。いずれ戦う時はお手柔らかにお願いしますねぇ」


「おっおっ! じゃあ皐月さんにだけは手加減しちゃおうかなー!」


 二人の距離が少し縮まったところに、昼休憩から戻った爽真君が二人に声を掛ける。


「あれっ?二人とも落ちなかったんすか?」


 大体いつも休憩などを挟む時は僕か爽真君が一番に戻ってくる。

 そして最後に戻ってくるのは、いちさんか師匠だ。今回はいちさんだった。


「お待たせ! んっ? 俺が最後か。みんな準備いいかな? じゃあ出発しますか!」


 皆が昼休憩から戻り、早速ダンジョンへと向かった。



 ダンジョン入り口の洞穴前に着くと、パーティーリーダーのいちさんがダンジョンへの入り口を開いた。

 僕らの目の前には、ダンジョン入場の合図を知らせるカウントダウンの文字が浮かび上がった。


 数字が0になると一瞬目の前が暗くなり、ダンジョンの中へと移動した。



──チャンロウ北 ダンジョン『鬼市きし』──


 ダンジョンへ入ると、岩の壁面に囲まれた少し狭めの洞窟の様な空間が奥へと広がっていた。


 入り口の両脇には、かがり火が一つずつ設置してあり、灯りはそれだけだった。

 3メートル先までは照らしていたが、その先は真っ暗で何も見えない。


 僕の後ろから爽真君が口を開く。


「ここ『暗闇』っすか。オレ『ランタン』とか持ってきてないっすよ」



『暗闇』このゲームでは昼夜があり、昼間の時間帯は太陽が登り明るいのだが夜間は暗くなる。


 と言っても、通常の夜間設定は明かりがないフィールドでも薄暗い程度で、昼間ほどではないがある程度先まで見えるし、特に問題なく過ごせるのだ。


 しかし一部のマップでは暗闇設定がされており、明かりが無いと『暗いとこで目が慣れた』ぐらいしか見えない。


 なので、プリーストの《ホーリーライト》などスキルを使用したり、『ランタン』などのアイテムを使用する必要がある。



 僕は少し戸惑っていた。


《ホーリーライト》を使用している間は、他のスキルと併用が出来ず、他のスキルを使用する間ホーリーライトが切れて周りが暗くなるからだ。


 大体こういった場合は、プリーストが二人で灯りと支援を分担するのだが、プリは僕一人だったので暗闇を照らすアイテムを取りに行った方がいいのか考えていた。


 すると、皐月さんが皆の前に立ちコンソールをいじり自分のアイテム欄からアイテムを取りだした。


 皐月さんの手には淡く白に光るフラスコが現れた。


「大丈夫ですよぉ。皆さんに『光苔ライトモス』しますのでぇ」


 そう言って光るフラスコの中身を一人ずつに掛けていった。


 光る液体を掛けてもらった弥生さんが、光り出した自分の服を広げて感動していた。


「わぁっ! アタシこのスキル初めて見ました! ステキですねー!」



『光苔』はファーマシストが作り出す薬の一つで、一人に対し一つを使用する。

 使用されたプレイヤーは服が光だし、暗闇の中でも15メートル先までハッキリと見えるようになる。使用効果はデフォで30分。



 皆に《光苔》を掛け終わった皐月さんが、僕に対し声を掛けてくれた。


「回復は私もお手伝い出来ますのでぇ、文月さんはバフ支援メインにお願いしますねぇ」


 皐月さんの言葉通り、ファーマシストは回復薬も作ることが出来る。自作や市販の回復薬を自分や他のプレイヤーに使用することが可能なのだ。


 ファーマシストのスキルレベルにもよるが、ファーマシストから投げてもらう方が自分で回復アイテムを使用するより回復量が高かったりする。



 支援一人という事もあり、気に掛けてくれた皐月さんに僕は感謝を伝えた。


「ありがとうございます! 助かります! でも、余裕がある時は僕回復ヒールするんで、あんまり無理に回復薬使わないで大丈夫ですよ!」


「気にしないで大丈夫ですよぉ。有り余ってる物なのでぇ」


 と、本来は回復薬もお金がかかるので、やはりプリのスキルとかで回復するべきなんだろうけど……。


 皐月さんは金銭面で余裕があるのか、前の狩りの時も同様に回復薬を惜しみ無く使用してくれた。

 皆が回復薬分、多く戦利品を渡そうとしても断固拒否され、僕らはそんな皐月さんに甘えまくっていた。


 皆の後ろで皐月さんと会話をしながら洞穴を進んで行くと、遠くの方からピョンピョンと可愛い音が近寄ってきた。


 一番前を歩いていた麦が音の方に短剣を構え、意気込んだ。


「おぉー! 来たよ来たよーっ! さぁ! 一発目ぶちかましてこーっ!」


 その後ろでいちさんと師匠も、斧と拳を構える。



(あの可愛い音なんだろ? ウサギでも来るのか?)


 皆が戦闘態勢に入る後ろで、僕は支援を掛けながら可愛い敵の姿を想像して少し顔が綻んでいた。


 暗く狭いダンジョン鬼市での戦闘が始まろうとしていたのだった。

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